川島恭介の受難
ゆきち
序章:転機
第1話 突然の終わり
人生の転機というのはいつ来るのか分からないものだ。
まあ、分かってたら当然身構えてしまうし、そもそもそれが自分にとって都合の悪いことなら誰だって止めに入る。
だが、それを防ごうとして、自分の許容できるものにしてしまったら、それはもう転機ではない。
転機というのは、自分にとって何か大きなものが変わることを示しているはずだから。
なら大抵の場合、人生の転機というのはやはり、突然来るものなのだろう。
そしてそれは、時に人の積み上げてきた人生を壊してしまうことだってある。
だからきっと、今俺が見るこの光景はまさしく、俺という一人の人間の人生を大きく変える出来事なのだろう。
「恭介君!」
遠くで、聞き慣れた少女の声が聞こえた。
声に振り返ると、突然スポットライトのような光が俺の体を包んだ。
視界は真っ白で、遠くからは花火を打ち上げる音と、人の喧騒が耳に届く。
「……あ」
そして、光の正体に気が付いた俺は短く声を漏らした。
盛大に打ち上げられる花火は大きな音を出して夜空に花を咲かせる。それと混ざるように何かが壊れる音が明るい夜の街に響いた。
気が付けば妙な浮遊感があった。視界は目まぐるしく回り、それは数秒と経たずにグシャリと粘着質な音を立てて止まった。
「が、ああ……あ」
喉に痰が詰まったように、思うように呼吸ができない。だが、それをどうにかしようという気力も湧いてこない。
意識が朦朧とし、腫れたように重い瞼を開けて呆然と夜空に咲く花を眺める。
何故だか、これが最後の光景になるような気がしたから。
「恭介君! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
少女の悲鳴が聞こえた。
そのとき、俺の中でなにか熱いものが込み上げてくるのを感じる。
それが痛みによる熱なのか、感情による熱なのか、今の俺には分からなかった。
「……か」
ぼやける視界を下へ移すと、俺の体に泣いてすがる少女の姿があった。
身体には力が入らないどころか感覚すらない、まるで意識だけがその場に取り残されているような奇妙な感覚。
体を震わせる彼女の頭を撫でてあげたいのに、それが出来ない。
だから、一言で良いから、声を掛けてあげたかった。
安心させてあげたかった。
「……い……だ、よ……」
唯一動く唇を懸命に動かして、言葉になっているのかもわからない音を出す。
ちゃんと言えただろうか。
ちゃんと届いただろうか。
でも、今まで泣いてすがっていた少女が目を見開いてこちらを見ている様子を見るに、きっと聞こえたのだろう。
そう信じたい。
「……け」
少女が何かを必死で伝えようと顔を涙でぐちゃぐちゃにして訴えかけてくるが、もう耳に入ってこない。
人の喧騒も、花火の音もいつの間にか消えている。
それから視界が暗転するまで、それほど差はなかった。
同時に、何か大切なものがどんどんと崩れ落ちていく。
真っ暗な世界の中で、俺を形作っていた光が、割れたステンドグラスのようにひび割れ、崩れ、闇の中へと消えていく。
『嫌だよ、こんなの……』
そんななか、最後にさっきの少女の声が真っ暗で何もない世界を満たした。
その声はとても愛しくて、悲しくて、苦しい。そんな気持ちにさせた。
俺にとって絶対に泣かせたくなかった大切な人。
これからもずっと一緒に居られると思っていた日常。
それをこんな形で失うとは誰も予想できなかっただろう。
そして、失ってから改めて実感する。
俺は本当に彼女のことが好きだった。
でも……。
あの子は一体……誰だったのだろうか。
何故か俺は、好きだったはずの女の子の名前を思い出せなくなっていた。
そして、もう彼女の気持ちを聞き出すこともできない。
それだけが、心残りだ……。
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