2.栄光の勇者はなぜじめじめした暗いダンジョンを攻略しなければならないのか?

 ですが、この「時間の経過とともに技術が進歩していく」という設定は、ファンタジーというジャンルとは、実はあまり相性がよくありません。なぜならば、ファンタジー世界の基本とは「昔はよかったなあ……。でも、今はもう……」なのだからです。


 ファンタジーというジャンルの元祖は何か? という問いに対しての答えはいろいろあると思いますが、まずは、誰でも思いつく代表的な作品として「指輪物語」について見てみましょう。

 この作品の世界においては、基本的に、人間たちの文明は衰退しています。王国はかつての栄光を失い、王の血筋を継ぐ者も去り、魔王や魔族たちの侵攻にさらされて危機に瀕しています。ドワーフの地下王国もすでに滅び、人間よりも強大な魔力と優れた技術を持っていたエルフたちは、この世界を見捨てて西方へ移住しようとしており、彼らの技術を受け継ぐ者もいません。高度な魔法を使えるのは、白いひげを伸ばした、年経た魔法使いに限られています。


 つまり、「指輪物語」の世界においては、高度な魔法や技術は、基本的に「現在ではもう入手困難なもの」になっているのです。


 この世界観ですが、作者であるトールキンが、中世ヨーロッパをイメージしたからだ、という説もあります。それはつまり、実際の中世ヨーロッパにおいて、古代ローマの文明が「過去に滅亡した栄光」だった、ということです。


(ヨーロッパの歴史における「中世」の定義については諸説あるようです。一般的には「西ローマ帝国の滅亡に始まり、東ローマ帝国の滅亡に終わる」時代であり、「キリスト教に教化されたゲルマン民族が、古代ローマ文明の文化を継承する(例えば、カロリングルネサンス)形で興した国々の歴史」というところでしょうか?)


 この「昔には高度な文明が存在していたが、それはすでに滅亡しており、今はその技術は入手困難である」という設定が、実はファンタジーというジャンルにおける「基本」の一つである、と言われています。


 たとえば、魔王を倒さんとする勇者が強大な武力を手に入れるためには、古代の滅びた王国の残滓である地下迷宮に潜り、そこから「今ではもう作れない技術の結晶」である魔剣を発掘するしかないのです。「高度な技術は過去に失われてしまって、現代の鍛冶屋はもう誰も魔剣を作れない」のですから。だからこそ、危険を冒しても迷宮に挑む価値がある、ということになります。技術が失われていないのであれば、魔剣は必要に応じて(魔王が攻めてきている世界なのですから)生産されているのが自然です。お金さえ出せば、誰でも強力な魔剣を刀匠から買えるはずなのですから。


 このパターンの変形としては「地の果てに隠遁しているある老人だけが、魔剣を鍛造する技術を今でも保持しているから、そこまで旅して頼むしかない」とか、「魔剣を作る技術はまだあるが、今ではもう材料が手に入らない。古代には存在したというオリハルなんちゃらとかアダマンなんちゃらとかさえ入手できればなあ!」とかでしょうか。どれも、ファンタジー小説やRPGなどで、誰でも見たことのあるストーリーでしょう。


 このパターンは「知識」についても同様です。ファンタジー世界においては、高度な知識もすでに失われ、今では誰も知らない「太古の謎」になってしまっている、という設定がよくあります。あるいは、世界の誰かが知っていても、通信や出版の技術がないため、それを入手するのは極めて困難である、といったところでしょう。


 だからこそ、「何百歳も長生きした、白いひげをたくわえた老魔法使い」が、偉そうな顔をしていられるのです。そして、主人公は、苦難の旅を経て、地の果てで隠遁生活をしている彼の元へ赴き、教授を乞い願うしかない。「世界を構成する重要な秘密」や「失われた古代の魔法」を知っているのは、もはや世界中でも彼しかいないのですから。


これに関してですが、「葬送のフリーレン」のアニメ後半の「一級魔法使い試験編」では、一級魔法使いになれば、大魔法使いゼーリエから古代の高度な魔法を一つ教えてもらえる、という設定が出てきました。そのためであれば殺人も辞さない、というキャラクターまで出てきましたが、この「誰も知らない古代の魔法を独占している年経たエルフが、山積みになった古文書をバックにふんぞり返っている」という構図も、イノベーションとは相容れません。人間の世界で魔法の技術が進歩していき、数千年の後には失われた古代の技術をも上回ってしまうのであれば、大魔法使いゼーリエであってもいつかは時代遅れの古代人になってしまうからです。

(3年に一度は一級魔法使い試験が行われ、その度に数人の合格者が出ている、とすると、ゼーリエの独占している古代魔法の知識も、どんどん世間に流出していることになるような気もしますが……)


 もし、ファンタジー世界が、現代と同じように「出版や通信技術によって、誰でも高度な知識にアクセスできる」世界観であり、そして「魔法という技術にもイノベーションが起きるので、古い知識はすぐに役立たずになる」という設定だったら、どうなるでしょう? 店で買える「最新鋭の技術で生産される武器」のほうが威力が高く丈夫なのに、あなたはわざわざ古代の魔剣を求めて、危険な魔物たちが跳梁跋扈するダンジョンに、命を懸けて挑むでしょうか? 気難しそうな顔の老魔法使いは、今となっては歴史の一部でしかない古代の知識の対価として、勇者にクエストを依頼することができるでしょうか?


(蛇足ですが、漫画「孔雀王」では、主人公の孔雀が悪霊を退治するために「古墳から発掘された七支刀」を武器として使う、というシーンがありました。この漫画の舞台は現代ですが、密教の僧侶が悪霊や妖怪と戦うファンタジーだから、古代の魔剣が(近代兵器よりも)価値を持つ、ということになるのでしょう。「Fate」シリーズでも、「古代から召喚されたキャスターのほうが、現代の魔法使いよりもずっと高度な魔力と技術を持っている」というシーンがありました)


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