新たな仲間 その1

 カキィン!


「なっ!」


 その剣を受け止める誰かの姿。



「お、お前は……」


 黒髪に黒い装備を身にまとった存在。



「俺の仲間を傷つけるのは止めてもらいたい」


 それはレンであった。



「レン様!」


 正体が蓮だと分かったメルは安心した表情をし、蓮の名を呼ぶ。



「ゼルの怪我を見てやれ」


「は、はい!」


 ゼルが倒れている前に立ち、牽制するかのように貴族の護衛に剣を向ける。


 この状況……一体どうなってんだ?


 ゼルは血を流して倒れてるし、メルは口元を隠しながら泣いてた。それに奴隷商人はただ見てるだけだし……


 蓮は状況を冷静に把握しようと護衛から視線をそらさずに、辺りを探る。



「何故その奴隷を庇う。そいつは貴族様を……」


 貴族? あぁ……そういう事か。


 護衛が放った一言で大体の事を把握する蓮。



「こいつは……ゼルは俺の仲間になるんだ。仲間なら庇って当然だろう?」


「いいのか? お前は貴族を敵に……」


「うるさい。やるなら黙ってかかってこい」


 強気に相手をする。


 さっきの一撃を受け止めてわかった。相手はかなりの格上だ。


 俺はこの短期間で能力をかなり上げたが、よくてもグレード4の中位ぐらいだろう。


 だが、相手は低く見積もってもグレード5には達している。このまま相手をしていても勝ち目は低い。


 蓮は自身と相手との能力差を見極め、これからどうするべきかを考える。


 相手は貴族の護衛だろう。それならば、貴族の安全を最優先にするはず……



 護衛はゼルとメルを一瞬だけ目で追い、すぐに蓮に視線を戻すと。



「……いや、止めておこう」


 抜いた剣を鞘に戻す。



 ……助かった。


 蓮は内心、ホッと一安心し。



「そうか」


 剣を鞘へと戻し、二人の様子を見る。



 ゼルは……息はしてるな。メルも大丈夫そうだ。


 蓮は安心した顔で小さく息を吐き、立ち上がり。


 商人のいる方へと顔を向けると。



「おい、商人」


 鋭い目で睨みつける。



「な、なんでございましょうか」


「一体これはどういう事だ」


「これというのは……」


「ゼルの事だ」


 商人は冷や汗を流しながら、ゼルと蓮とを交互に見る。



「これはですね……」


「言い訳は聞きたくない。俺はゼルとメルをもらい受けると言った。その為に今日は金も用意してここに来たというのに……」


 蓮はゼルへと近づく。



「こんなにもボロボロだ」


「っ!」


 商人は息を呑む。



「どうしてくれるんだ」


「……」


 商人は押し黙ってしまう。



 商人は俺に何も言えないだろう。向こう側の不手際で、客に渡すはずの大事な商品を傷つけてしまったのだから。


 すると蓮は小さく笑みを浮かべ。



「1000だ」


「え?」


「1000にしろと言っている」


 商人は突然の事に何を言っているんだという顔をする。



「1000というのは……」


「二人合わせて1000万ということだ」


「そ、それはいくら何でも」


 そりゃあんまりだよな。2600万という約束が、こんな事で半額以下にされてしまうなんて。


 でもな……



「じゃあ、どうするんだ? 購入予定の奴隷がこんな扱いをされていると他の店が知ったらここはどうなるか」


 商人は苦虫を嚙み潰したような顔をする。


 こう言われるとどうしようもないよな。ここら辺はライバル店が多い。


 もし、こんな面倒なことが外に知れたとなったら、ライバル店に大きく後れをとるもんな。



「せ、せめて1500……」


 まぁ、こう来るわな。


 蓮は分かっていたとばかりに。


「1100」


 最後の交渉に入る。



「1400……」


「はぁ、1250だ。これ以上は許さん」


「わ、分かりました! それで結構でございます!」


 こうして、蓮と商人との交渉が幕を閉じたかと思われた時。



「ちょっと待て」


「……貴族様?」


 待ったをかける声が。



 蓮と商人とのやり取りを見ていた貴族は、急にニヤつき始め、蓮と商人の二人へと歩いていく。



「おい、冒険者。そこの女は私が買うんだ」


 何を言ってるんだこいつ。


 蓮は不機嫌そうな表情を浮かべる。



「商人よ」


「はい」


「私にはいくらで売ってくれるんだ?」


「その……」


「私にはいくらで売ってくれるんだと聞いてるんだ」


 すると商人は蓮をチラッと見て、助けを求める視線を送る。



 こいつ……


 蓮は使えない商人に代わって、貴族に話しかける。



「貴族様……でしたっけ。あの子たちは俺が買うんです」


 一応、相手が貴族だという事も忘れずに対応するか。一歩も引く気は無いが。



「あの男の方はどうでも良い。女の方だけ置いてゆけ」


 駄目だこいつ。話にならん。


 蓮が呆れた表情で貴族と話を続けると突然。



「私は今、手持ちが少なくてね。どうだ。300で売ってくれないか?」


 商人へと顔を向け、話し始める。



 またバカみたいなこと言いだしたぞ。



「さ、流石にそれは……」


 商人もそこまで少ない金額は流石に回避したいのか、露骨に嫌な顔をする。



「いいのか? 私も目撃者の一人であるし、何より貴族……」


 言ってることは無茶苦茶だが、万が一にも商人が折れたら困る。ここは助けてやるか。



 蓮は二人の間に割り込み。



「言ったな商人。相手が貴族であろうと、初めに金を持ってきた奴にこの子を売ると」


「……言いました」


 商人は首を縦に振る。


 そして蓮は貴族へと視線を移し。



「貴族様は金持ってるんですか?」


「な、何を言って……」


「俺は今すぐにでも1250万用意できます。貴族様はこの金額を今、全額支払えるかと聞いているんです」


 ゼルを引いたらもう少し安くなるだろうが、それでも1000万という額は大金だ。貴族でさえ、そう易々と出せる額じゃない。


 蓮は相手に出せないと分かっていてこの質問をする。



「ぐっ……」


 貴族は言葉が出ないのか、ただただ蓮を睨みつける。



「……早く手続きをしろ。金は用意してある」


「い、今すぐに!」


 商人はやっとここから解放されるといった様子で、その場から逃げるようにいなくなる。



「おい、冒険者。そんなことが許されると思うか? 私が誰だと……」


「貴族様なんだろ? 自分で言ってたじゃないか」


「き、貴様……」


 貴族は顔を茹でタコの様に顔を真っ赤にする。



 この世界は確かに貴族有利な世界だ。だがな……


「ははっ……いいか。貴族だか何だか知らねぇが、用があんなら冒険者ギルドを通して俺に言え」


 俺が貴族ごときに臆する訳がないだろう。



「……覚えておけよ。いくぞ」


「はっ」


 そうして、貴族は恨みを込めた目で精一杯の抵抗をし、部屋から出ていく。



 この世界でも貴族はめんどくせえな。ただ、金にモノを言わせているだけなのに。


 貴族は自分たちを上級国民と名乗り、一般市民と自分達とは住む世界が違うと思っている奴らが多い。


 あいつらは代々、強力な者を血筋に取り込み、優秀な人材を厳選していく事で権力と力を守ってきた者達だ。もちろん、そのお陰でステータスが非常にいい子供達を輩出しているのは確かだが、そこ子たちはいずれは親の後を継ぎ、家を守っていくだけの道しか存在しない為、またこのループは繰り返されてしまう。


 ほんと貴族ってのはしょうもない奴らばっかりだ。



「レン様」


 後ろから声をかけられる。



「なんだ」


 声の方へ振り向くとそこにはメルが。



「ゼルを救って頂きありがとうございます」


「礼はいい。どうせ、後で払ってもらうからな」


「はい」


 冷たくあしらう蓮。しかし、メルはそんな事関係なさそうに、誰もが惚れ惚れする笑顔を見せる。


 そんな笑顔を直視した蓮は。



 まぁ、たまには人助けも悪くは無いか。



「っ!」


 いつも間にか自分も笑みを浮かべている事に気が付く。


 時間を食っちまった。早くダンジョン攻略に移らなければ。



 蓮も別に人に興味が無いわけではないのだ。ただ、夢中になりすぎると、周りが見えなくなるだけで。



「商人と手続きをしてくる。お前はゼルと一緒にここにいろ」


「お待ちしております」


 こうして蓮は部屋を後にし、一階へと降りていくのであった。

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