凶暴化 その1

 それからの蓮はいつにも増して、恐るべきスピードでダンジョン周回を続けた。


 常人には考えられないダンジョン踏破回数。


 ダンジョンに入ってはかくれんぼミッションをして、報酬を受け取ったらまた出て。


 これの繰り返し。



 朝昼晩通して周回して周回して周回しまくる。


 駄目なら次。欲しい物が出なくてもまた次……と。


 何が楽しいのか。何が嬉しいのか分からない。ただ、蓮は自分の目的の為に周回をする。



 HP視認のスキルブック。そして、ゼルとメルを仲間にするために。



 そうして何回目か分からない、ルベリックの新緑ダンジョン攻略の時。


『今回の報酬だよ! この3つの中から選んでね』


 かくれんぼ妖精が抱えるアイテム3つを確認する蓮。



 今回はクリアに手間取ったな。早く次に行かないと……


 とうの昔に必要以上の期待は諦め、無心で周回をしていた。



 牙に葉っぱに本か。今回も碌なやつがな……


 蓮はある一点を見つめ、動きを止める。


 本だって?


 

『……? どうしたの? 3つの内から好きなの選んでいいんだよ?』


 妖精が不思議そうに蓮の顔を下から覗き込む。



「あ、あぁ。もらうよ」


 蓮はハッとし、促されるがままに妖精が手に持っているアイテムに手を伸ばす。



 俺が貰うのは……



『本当にそれでいいの?』


「これでいい」


『分かった! また遊んでね!』



 蓮は妖精が去ったのを確認すると、先ほど受け取った報酬――念願のスキルブックをまじまじと確認する。



「やっと手に入った……これが――スキルブック」


 スキルブックを手にして嬉しさを噛みしめる。


 表紙は……HP視認のスキルブックじゃないか。


 一番欲しかったスキルブックでは無く、少し落胆するものの、すぐに気を取り直す。


 でも、このアイテムが出来てきてくれたという事に意味がある。このダンジョンでスキルブックが落ちるという事実さえ確認できれば。


 今回手に入ったのは剣術レベル1のスキルブック。剣術レベル1は駆け出しの冒険者のみならず、中級車の冒険者にも愛用されるほど汎用性は高いし、いいスキル。


 長い間使い続けると上位のスキル、剣術レベル2に進化する可能性もあるし、もう1つのスキルブック。槍術レベル1よりは扱いやすくて、人気もあり高値で売れるだろう。



「なんか安心したな」


 これ一つだけでは目標の金額には遠く及ばないし、目当てのスキルブックが出たわけでも無い。だが、ようやく第一歩を踏めたなと思うと気が楽になった。



 肩の力が抜けた気分だ。


 よし。この調子で周回を続けるぞ。


 こうして蓮は再び、周回に没頭していくのであった。




~それから数日後。ゼル視点~


 ガタガタ騒がしい……。何かあったのか?


 ゼルはいつも通り、奥の部屋で獣人たちと共に鎖につながれながら、店内の騒がしさを感じ取っていた。



「おい、みんな。またあいつらが来たぞ」


「今日は俺らの中から選ばれるかな」


「はははっ。天地がひっくり返っても俺らから選ばれることはないやい」


 みんな何の話してるんだ?


 選ばれる? 一体だれに……


 周りの獣人たちは何か落ち着きがない様子で騒ぎ始める。



「おい! 選ばれるって何のことだ?」


 ゼルは近くにいた獣人の話しかける。



「あぁ、お前には関係ないよ」


 その獣人はゼルを羨ましそうに見ると、興味を無くしたかのように扉のある方へと顔を向ける。


 俺には関係ない? 益々訳が分からな……



「お前さんはもう、主人が見つかったじゃろ。だから関係ないと言っておるんじゃ」


 ゼルは声がした方へと振り向く。


 するとそこには……



「ジルのおじさん……」


 この奴隷館に来て歴が長い羊の獣人。皆からジルと呼ばれる者がいた。



「主人って……あ」


 ある一人の男が脳裏に浮かぶ。


 レンの事か。


 人間にしては珍しい黒い髪と瞳を持つ男。ただの人間なのに、何処か凄味を感じるオーラを放ち、警戒心の強いゼルの心を簡単に溶かしてしまった。



「そうじゃ。私達奴隷にとって主人を見つける事は極めて重要な事。じゃが、それ以上に自分の主人となる者がどんな相手だかも重要なのだ。お前さんにも聞こえるだろう? 外の騒がしさが」


「もちろんだ」


 さっきから慌てた様子の足音が複数、ゼルの耳が捉えていた。


「奴隷商たちが騒ぎ始めるのはたった1つ。金を沢山落としてくれる上客が来た時だけじゃ」


 主人を見つけるのが大事で、上客が来てるか……あ。


 ゼルは一つだけ心当たりがあった。



「お前さんにも分かったか」


「うん」


 金を沢山落としてくれて、奴隷たちが主人として選びたいのはあいつらしかいない。



「貴族が来てるんだね」


「左様じゃ」



 貴族――社会的に特権を持つ者達。貴族は強い者達の血を取り込んでいい血筋を作ってくという伝統があり、貴族=強者というイメージが根強い。



 でも……こんな所に何で貴族なんかが……


 ゼルは耳を澄まし、外の音を聞こうとしたその時。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る