第27話 夢

 私、井上すずめは、たまに幼い頃の夢を見る。


 優しくて暖かい色で包まれた女の人が、幼い私を抱き上げて楽しそうに笑っている夢。


 女の人の顔はいつもボヤけていて、よく見えない。


 小さな私はよく笑っているその人が大好きで、たくさん遊んでほしくて、いつもいつも追いかけていた。


 だけど、いつの間にかその人の姿が見えなくなって、どんなに探してもどこにもいなくて……悲しくなってたくさん泣いた。


 あんまりにも悲しいからその人のことを忘れようと、泣くのも我慢した。


 そうして一人蹲っていたら、後ろから


「すず」


優しくて暖かい、私の名前を呼ぶ声がした。


 その声は、求めてたあの人の声じゃないのになんだか懐かしくて、会いたかったあの人に会えた気がした。


 嬉しくて、すごく嬉しくて、やっと会える!と笑顔で振り向きーー



……夢はいつもそこで終わり。


 夢に出てきた女の人が誰なのか、後ろから私を呼んだ声は誰なのか、謎が解けないまま目を覚ましては、忘れてはならないことを忘れている気がして気分が晴れなかった。


 そして今日も、その夢を見た。


「…………」

 朝、すっきりとしない目覚めに気分が落ち込み、嫌々ながらもゆっくりとベッドから起き上がる。

 隣を見ても、誰もいない。


 小学校中学年までは、夜眠る時はハルと一緒だった。

 夜中に怖い夢を見て泣いていたら、ハルが私を強く抱き締めて「大丈夫、大丈夫だ」と優しい声をかけてくれる。

 その声が、私を抱き締める腕が、暖かくてすごく好きだった。


 だけど、私が高学年になってからは「兄妹でいつまでも一緒に寝てたらおかしいだろ」とハルは一緒に寝てくれなくなった。


 二階のハルの部屋の隣に新しく自分の部屋を与えられ、一人で眠るベッドは酷く寂しかった。

 一人で眠るようになってかなり経つのに、未だに私はハルを求めている。



 朝の支度を済ませ、登校の準備をする。

 今日は高校の入学式、新しい制服にはいつもワクワクする。

 髪を梳き姿見の前に立つと、ピカピカの制服に包まれた私がいた。


 夢のせいで変な気分だったけど、鏡に映った自分の出来が結構良くて気分も上がった。


 完璧な姿でリビングに行けば、

「すず、おはよ」

スーツ姿のハルがいた。


「ハル!」

 名前を呼びギュッと抱きつくと、今日もハルは優しく頭を撫でてくれる。

 そのまま顔を上げるとハルの顔がすごく近くにあって、昔はあんなに大きかったハルが今はこんなに近い、となんだか嬉しい。


 食卓に着き、家族皆で朝食をとっていると

「春樹、あんたちゃんと食べてるの?」

とお母さんが言った。

 ハルはそれを流すように「食べてる」と短く返事をしたけど、確かに少し痩せた気がする。


 去年から、ハルはこの家を出て一人暮らしを始めた。

 ずっと一緒にいてくれると思っていたのに、案外簡単に決めてしまって悲しかったのを覚えている。


 一人暮らしなんてしたらきっと私に会ってくれなくなる、そう思っていたけどハルは頻繁に会いに来てくれた。

 やっぱりハルは私のことが大好きなんだ、と天狗になる。


「今日の入学式、俺も行くから」

 朝食の場で、突然ハルが言った。

「え!?ハル来るの!?」

 私が驚いて勢いよく立ち上がると、ハルはクスッと笑って「有給取ったから、行くよ」と優しく笑った。


 その瞬間、私の脳内はお花畑に変化する。


 幸せを噛み締めながら朝食を終えると、お父さんが「保護者は後から行くから、先に行ってなさい」と私に家を出るよう促した。

 それを聞いたハルが「俺もすずと一緒に行くよ、久々の母校だし見物がてら」と言い、私達は二人で家を出た。


 私が入学した高校はハルの母校だ。その高校を選んだ理由は簡単、ハルが通った場所だから。

 大好きなハルの見たもの、聞いたもの、感じたことを知りたくて、そこにした。

 それを友達に言ったらちょっと引かれたけど、気にしない。


 ハルと二人で歩く通学路は、何だか懐かしい。

 そういえば昔、幼稚園の送迎を高校生のハルがしてくれてたっけと思い出す。


 手を繋いで、小さな私の歩幅に合わせて歩くハルが、大好きだった。

 今では手を繋ぐこともなくなったけど、あの手の温もりを忘れることはない。

 ハルとの思い出はたくさんある、どれも色褪せないかけがえのない記憶。


「……制服、似合うな」

 私が思い出に浸っていると、ハルが隣で呟いた。

 そんなことを言われたら、脳内がお花畑な私は調子に乗る。


「……世界一?」


 ニヤリと笑い悪戯心で聞いてみれば、「あぁ、世界一」とハルは当たり前のようにクサイ台詞を吐いた。

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