第24話 この感情の名前は

 華とはぎこちないまま修学旅行を終え、家に帰ると「おかえり!」と嬉しそうなすずが抱きついてきた。

 その元気な声に、俺の心はすぐに暖かい何かで満たされる。


『好きな人と接するときって、もっと幸福感とか高揚感とか……なんかない?』


 突然、いつしか航太が言った言葉が脳裏を過ぎる。

 違う、これはそんなんじゃない。絶対に違う。

 聞こえるはずもない航太の声に、俺は必死に否定の言葉を並べた。



 月曜日、登校するといつものように校門で華が待っていた。

 挨拶をし、二人暫く無言だった。

 なんだか気まずくて俺が目を合わせられずにいると、「放課後、話したいことがあるの」と華が口を開いた。


 別れ話だ、と瞬時に察した。


「……分かった」

 なるべく平静を装い返事をすると、華は優しく笑い「約束ね」とだけ言って去って行った。


 華が別れを告げるのも無理はない。いくら幼い妹を優先するといっても、クリスマスをドタキャンしたり、記念日や誕生日を忘れるような男はどんな女も嫌だろう。


 華に笑顔でいて欲しくて付き合ったのに、全然笑顔に出来なかった。

 傷付けるだけ傷付けた、これは俺の罪だ。


 放課後までの短い時間で自分を戒め、俺は覚悟を決めた。


      *


 放課後、華から屋上へ来てほしいと連絡が来た。

 連絡に気付き屋上へ向かっていると、航太が「待ってるから、一緒に帰ろうぜ〜」と俺の肩を叩いた。

 何か気付いているようだ。


 階段を上り屋上の扉を開けると、風に長い髪を揺らし空を見上げる華がいた。

 俺も同じように見上げてみると、朝の青空から特に変わらない澄み渡った夕空が広がるだけだった。


「こんなに晴れてるのに、これから雨が降るんだって」

 帰るとき気をつけてね、と明るく話す華。


 これからきっと別れの話をするというのに、華は変わらない。明るく優しい、思いやりのある人。

 思えば俺は、華に憧れていたのかもしれないと今更思う。


「ハルくん」

 華は変わらない笑顔のまま、俺の名前を呼んだ。

 あぁ、今から別れの言葉が出る。それなのに俺は、悲しいという感情すら抱かない。

 最後まで酷い男だ、と自分で自分に嫌悪していると、華が言葉を続けた。


「私ね、ハルくんの好きな人……知ってる」


……は?


「……ハルくんの好きな人、知ってるの」



 予想していた言葉とは全く違う、意味不明な言葉に俺は思考を停止させた。

 俺が驚いて固まっていると、華はさらに続けた。


「私、ハルくんがすずめちゃんを優先しても全然嫌じゃなかったよ」

 その声に反応するように俺の停止していた思考がまた動き出し、華の言葉を逃さないようしっかりと聞く。


「すっごくすずめちゃんのことが好きなんだなって思ってた…………“お兄ちゃん”として」

 華の声は優しいままで、だからか次に続く言葉に検討もつかない。


「ハルくんの優しいところが好き。

ハルくんの笑顔が好き。

ハルくんの声が好き。

他の女の子には見せない姿を沢山見せてくれて、私はハルくんの特別なのかなって思ってた」


 そうだよ、華は特別だった。

 どの女よりも尊敬していたし、大事にしたいと思っていた。

 結局それは叶わなかったが、他の女に対する気持ちとは明らかに違う。


 なのに、なんで俺は華を好きだと思えなかったんだ?


「……でも気付いたの。私は特別じゃない、ハルくんの特別は他にいるって」


 華が真剣な顔をして俺を見る。


「ハルくん」


 言うな。


「ハルくんの好きな人……」


……言わないでくれ。



「すずめちゃん、だよね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る