第27話 連休中の大学

 四月も終わりに近づくと、連休をどう過ごすかというのはどうしても話題にのぼる。榊原先生の授業のあと、いつものM1仲間との昼食で、恩田さんが神崎さんたちに聞いていた。

「聖女様とかのぞみとか、連休どうするの」

 緒方さんが尋ねる。。

「うーん、私は少し北海道の観光したい。真美ちゃんいいとこ知らない?」

「富良野とかいいよ。そんなに遠くないし」

 結局連休中に女子でドライブに行くらしい。

 緒方さんが言う。

「去年なんかさ、聖女様、ずっと研究室にいたんだよ。ま、実際に勉強できたわけじゃないけど」

 そこからは去年、若手の学校のために連休を潰して奔走した話になった。

「でさ、六月にはその上高地の宿に下見に行ったってわけよ」

「なるほど」

「聖女様ったらさ、ついたら早々にぬいぐるみ買ってんだもん、あれはウケた」

 緒方さんの暴露に神崎さんは言い訳する。

「リサーチだよリサーチ」

「欲しかったんでしょ」

「リサーチ」

「欲しかっただけでしょ」

「うん」

 明が口をはさむ。

「聖女様はさ、その緑のカッパを抱きしめながら『浮かれてんじゃない』とか怒ってたよな」

「うるさい!」

 しばらくみんなでワイワイ盛り上がっていたが、恩田さんが疑問を挟んだ。

「緑のカッパは自分で買ったとなると、ピンクは誰に買ってもらったの?」

 神崎さんは答えず逃げていった。

 恩田さんはなぜか僕の目を真っ直ぐに見つめていた。

 

 ゴールデンウィークに入った。とりあえず大学に行く。

 入学以来実験に忙殺され、勉強が大幅に遅れていた。つい先日も実験機材にトラブルが出て一日中榊原先生と修理していたことがある。そのとき先生が言った。

「唐沢くん、こうして作業していると仕事している気になるよな。だけど僕たちの本当の仕事は物理だからな」

 そうなのだ。実験をすることが目的なのではない。僕たちは自然科学を研究している。実験を通して物質の性質や、現象の原因を探るのが本来の仕事だ。

 だから本来の物理をやる時間を連休中に取り戻したかったのだ。

 

 研究はブラックだという人もいる。そうだと思う。

 もちろん体や心の健康を損なうまでやるのはおかしい。

 だけど僕は世界に出しても恥ずかしくない研究がしたい。

 駆け出しの僕が世界に追いつくには、多少の無理はしかたがない。

 そもそも研究は競争だ。どんなに良い研究をしても、他人に先を越されたらその価値は大幅に減じてしまう。

 

 無理しない競争なんてあるのか?

 

 だから死なない範囲で、僕は無理をする。

 神崎さんから影響を受けていることは否定しない。

 だけど良い影響を否定する必要は無い。

 

 えらそうなことを言ってしまったが、要は遅れを取り戻すため大学に出た。一日中デスクワークができる機会は貴重だ。だれにも邪魔されず勉強できた。

 

 研究室のドアがいきなり開いた。誰だと思って振り返ると明だ。

「やっぱいた。女子と昼めしに行こうぜ」

「女子来てるの?」

「少なくとも聖女様はいるだろう」

「それもそうか」


 明と二人で池田研に行くとどの部屋も電気が消えていた。

「いねぇな」

 そう言うと明は、

「おっかしいなぁ、絶対聖女様出てると思ったんだけどなぁ」

と言った。同感である。

「しゃあない、コンビニ行こうぜ」

 階段を降りていたら、後ろから声をかけられた。

「こんにちは」

 神崎さんと緒方さんだった。なんでも書庫で文献を漁っていたそうだ。

 コンビニへの道々、東京にいる健太と木下さんの話題になった。緒方さんが、

「SNSで聞いてみよ!」

と言ってスマホをいじり始めた。

 ちょっとして返信がある。

「うわ、あいつらデート中だよ」

「最悪!」

 みんなで大笑いした。

 

 学内には草地がたくさんあり、ピクニックはどこでもできそうだ。

 青空の下、みんなで座り込んで昼食を食べる。おいしい。

「春だねー」

 誰かが言う。

「春を二回迎えた感じだね」

 また誰かが言う。

「来年は、一回だけだけどね」

「そうだ、写真優花たちに送ろう!」


「書庫で良い論文あった?」

 神崎さんに聞いてみた。

「えー、自分で探さなきゃだめだよー」

 そう言う割には、どの論文誌の誰の何の論文がどうしたとか、しばらく力説された。

「結局教えてんじゃん」

と緒方さんに笑われた。


「男子もドライブ行くでしょ?」

 ランチを食べながら、神崎さんに誘われた。神崎さんは僕を覗き込むように聞いてきた。

「おー? 行く行く!」

 僕が答える前に明が答えた。

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