第7話 聖母様の物理学~その2
明くんに了承を伝えると、早速明くんはSNSを始めた。
『4月◯日 ついに聖女様が北の大地に降り立った。みんなで聖女様を守り、応援しよう。ただし我々は聖女様に存在を知られてはならない。陰ながら聖女様の学問を、青春をバックアップするのだ!』
初めはフォロワーが私とのぞみママ、そして優花ちゃんしかいなかった。
はじめの二三日はフォロワー数は伸びなかったが、一週間ほどしてフォロワー数が40人ほどになった。札幌だけでなく、扶桑の関係者もポツポツと加わっているようだ。スマホでフォロワーにどんな人がいるかみていると、私の配偶者、つまり杏の父の克彦さんに話しかけられた。
「ねぇ、雪帆さん、雪帆さんがフォローしてるSKD聖女様親衛隊って、なんかのアイドル?」
「あ」
「ん?」
「それね、明くんがやってるの。杏を応援するんだって」
「なんで教えてくれないの?」
「ごめん、忘れてた」
「ひどいなぁ」
眼の前でフォロワーが一人増えるのを見た。克彦さんはスマホを弄りながら、
「明くんって、杏が好きなのか?」
「ううん、明くんはのぞみちゃん」
「じゃ、なんでやってるんだ?」
「明くんに言わせるとさ、ほっとくと杏も修二くんもほっといたら永遠にくっつかないかも、ってね」
「あぁ、それはあるかもしれんなぁ」
「でしょお、でも、明くん、面白がってるだけかもね」
「そうか?」
「うん、杏ってさ、けっこうポンコツじゃん。恋愛もポンコツっぽいよ」
「俺はいいけどな」
「だめよ、どうするアラフォーなっても家にいたら」
「俺はいいぞ」
「私は嫌。それよりさ、そのころに独身のままあっちこっちの大学行ってたら心配だと思うよ」
「ああ、研究者だとありがちかもなぁ」
「でしょう。だから修二くんを逃がしちゃだめなのよ」
『4月◯日 まもなくゴールデンウィークだが、おそらく聖女様は物理漬けの日々であろう。皆のもの、邪魔をしないように。』
5月の連休について、杏からは帰らないとの連絡を早々に受け取っていた。だから明くんにはその情報をあらかじめ伝えてあった。そしてそのゴールデンウィーク中は、親衛隊の明くんの投稿は止まっていた。しかし、杏の動向は杏だけでなく、のぞみちゃんや明くん、そして修二くんからいろいろとメールなどで伝わっていた。明くんはストーカー対策で、あまり詳細な杏の行動はわからないようにぼかしてくれている。
ただ、満開の桜を前に立つ杏の後ろ姿の写真を添付したメールには、
「これだけは親衛隊にUPしていいですか?」
とあった。克彦さんに聞いてみると、
「これくらいならいいんじゃない? 場所も特定できなさそうだし」
というので、明くんにOKを出した。
なお、克彦さんはスマホの待受にした。
ついでに、
「のぞみちゃんのはないの?」
と聞いてみたら、
「それは僕だけのにします」
というので、のぞみママにだけは送るように伝えた。
「ねぇ、雪帆さん」
スマホをいじって親衛隊をチェックしていた克彦さんが話しかけてきた。
「お盆休み、あいつきっと帰ってこないぞ」
「あ、それもそうね」
「帰ってきたって暑いだけだしな」
「そうねぇ」
私はその事自体は予期していたので、いまさら何を言っているのだろうと思った。
「雪帆さん、お盆休み、札幌行こう」
「いいわね。ホテル取れるかしら?」
「杏のところに泊まればいいよ。飛行機だけ押さえれば大丈夫だよ」
「じゃ、予約急がないと」
というわけで夏は北海道に行くことになった。
6月になった。あっちでは「雑誌会」とかいうイベントがあるそうだ。なんでも論文をしっかり読んで、その内容をみんなの前で発表するらしい。将来的に学会発表等の練習になるのだそうだ。杏はメールで、勉強中にお菓子を食べすぎて太ったと伝えてきていた。それなりに大変なのだろう。親衛隊メンバーも、杏の好物のハンバーグカレーをみんなで食べて頑張っているらしい?
その中で、気になる投稿があった。
『6月◯日 雑誌会も近い。聖女様の活躍を期待しよう! ただし、我らは秘密の存在であることを忘れてはならない。慎重に行動されたし』
という明くんの投稿に、
『ノゾミンに気をつけろ! 隊長がスマホやってると鋭い視線を送っているぞ』『マミちゃんも危ない。一緒に殺人光線を送っている。隊長はしらないだろうが、ヤツは怒らせるとヤバい』
これはのぞみちゃんや真美さんが親衛隊の存在を察知しているのかもしれない。杏の悪口を書くような人はいなかったが、なにか彼女たちの気に入らないこともあるのだろう。これに対し明くんは、
『了解した。仁王様達には最大の注意を払う』
と返していた。明くんはのぞみちゃんのことが好きらしいから『仁王様』は照れ隠しなのかもしれないが、真美さんにはまずい。
もしかしたらのぞみちゃんと真美さんはキャラが被っているのだろうか。
私は失礼にも、杏の両隣に激怒するのぞみちゃんを二人並べた様子を想像してしまった。ひとりののぞみちゃんは口を開き、もうひとりは口を閉じている。
一応、明くんには注意するようメールしといた。
雑誌会当日、明くんは雑誌会の会場から、リアルタイムで様子を投稿すると言っていた。今どきの子だなと思う。
『雑誌会初日である。聖女様と名誉隊員SKは並んで着席している。頑張れSK!』
杏のとなりに修二くんが座っているらしい。がんばれ修二くん!
『聖女様の質問第一号は、原子核関連であった。専門外でも躊躇なくぶっ放している!』
『聖女様質問第二号は、宇宙論であった。俺のときはお手柔らかに』
親衛隊長の正体がバレないかな?
『本日の昼食は、安定のハンバーグカレーである。発表にも期待したい』
杏は好物のハンバーグカレーを食べて、気合をいれているらしい。
『質疑応答で聖女様逆襲! 網浜教授ピンチ!』
杏は何をやっているのだろうか?
夜になると杏からメールかなにかあるかと思っていたのだが、何もなかった。杏はイベントごとがあると必ず連絡を寄越してきていたので、ちょっと意外だった。克彦さんにそれを言うと、
「自分の発表が終わって飲んでるんじゃない?」
と気楽だった。
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