聖女様の物理学 外伝
スティーブ中元
第1話 のぞみんウラン系化合物に挑戦 その1
駆け出しの研究者として一発あてたい気持ちは、私、緒方のぞみにもある。
札幌国立大学の修士課程に入学し、網浜研究室で主として高温超電導体の試料作成を行っているが、研究室では重い電子系も手掛けている。古くから知られている重い電子系超伝導体で、ウランカドミウム11というのがあるが、あまり実験的研究は多くない。私はこれを作りたいと思った。自分の作った高温超伝導体のサンプルは今各種測定中だから、試料制作の方はちょうど手すきだ。
重い電子系というのは、近藤効果という磁気的な力により、低温で伝導電子が重たく見える金属管化合物である。聖女様が大好きな超伝導現象は、ふつうは磁気的な力と相性が悪い。しかし高温超伝導体と一部の重い電子系物質では、磁気的な力と超電導が共存しているように見える。だから新しいタイプの超伝導体として、興味を持つ研究者が多い。
ウランは放射性化合物だから取り扱いには注意が必要だし、核燃料にもなるので厳しく管理されている。化学的にもアルカリ金属みたいな反応をするので、やっかいだ。たとえば切り出したばかりの金属ウランはもちろん金属光沢をもっているが、あっという間に空気中の酸素と反応して真っ黒になる。またカドミウムもイタイイタイ病の原因となる重金属だから、甘い気持ちで扱っていいものでもない。
ちょっと怖い物質だからこそ、若手研究者としてはチャレンジしたくなるわけだ。
「網浜先生、私、ウランカドミウム11、作ってみたいんですけど」
「え、緒方さん、ウランやりたいの? 放射線、怖くないの?」
「怖くないと行ったら嘘になりますけど、あまり調べられてない物質も手掛けてみたくて」
「ほほう」
「サンプル作り、いろいろ挑戦してみたいんです」
「わかった、椎名くんと相談してみて」
椎名さんは博士課程の一年目(D1)である。
私が札幌に来て間もない頃、椎名さんはウランと亜鉛の化合物を作ろうとしていた。とにかくウランと亜鉛を一緒に溶かし、X線でできたものを調べたところ、
「ウランゼロ、亜鉛いちだ_!」
と叫んでいた。ウランと亜鉛がまったく化合していないという意味だ。そういう経験があるから、網浜先生は椎名さんを指名したのだろう。
椎名さんの居室に行ってみると運良く在室していた。
「先輩、網浜先生に相談したんですけど、ウランカドミウム11作ってみたいんです」
「網浜先生、いいって?」
「椎名さんに相談しろって言われました」
「うーん、カドミウムは融点が低いから、引き上げ法では難しいだろうな」
引き上げ法とは、チョコラルスキとも言われ、材料を高温で溶かしてそこから単結晶を引き上げていく方法である。研究室には高温ガスで溶かすアーク炉と、IHヒーターみたいな方法で溶かす高周波炉の2つがある。椎名さんの言っているのは、どっちの方法で結晶をつくっているあいだにカドミウムがどんどん蒸発してしまうだろうということだ。
「とりあえず、石英ガラス管に封入して溶かしてみれば?」
椎名さんはそう言って席を立ち、私を実験室に連れて行った。
「ウランはこないだ切ったのがあるから、それを使うといい」
小瓶の中に油漬けになった金属ウランを金庫から出し私に見せながら、
「この表に、持ち出し日時とか用途とか、必要事項を書き込んでね」
と、ウランの管理についても教えてくれる。
「石英管は、これだな」
手渡してくれたのは直径が1センチメートルほどの管だが、先端が尖った形に封じてある。
「運がよければ、この先端から結晶成長するかもしれないよ。まぁ一発ではまず無理だろうけどね」
椎名さんに一通りのことを教えてもらって必要な薬品、材料、道具類をそろえるのにあっちこっちを行ったり来たりしていると、廊下で岩田明くんに出会った。明くんは札幌国立大の同期だ。
「あ、のぞみん、忙しそうだね」
「うん、新しいサンプル作ることになった」
「どんなの?」
「ウラン系化合物」
「覗いていい?」
私としては嬉しいが、明くんの都合は大丈夫だろうか?
「明くんの研究は大丈夫なの?」
「あー夜自宅で頑張りゃなんとかなるよ」
「そうなんだ」
聖女様の仕事ぶりを見ているととてもそうとは思えないが、明くんと一緒にいれる誘惑に負けた。
「じゃ、暇なときは見に来ていいよ」
「今暇」
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