第1章 大日本帝国


「ここは帝国大学附属上級病院です。正確には上級病院浜離宮恩寵公園内特別病棟です」 


「お名前は六蜜院杜雄様です。この国の貴族です」


「ロシアからご帰国された際、爆破テロに巻き込まれました。爆破部の破片の一部が後頭部を直撃しましたが、無事取り除くことができました。後遺症等の確認とリハビリのためしばらく入院していただきます」


「あれは旧江戸城。今は国会議事堂です」


 俺はおそらく別の世界の俺に転生(?)したと考えるしかない。

 

 パラレルワールドというやつか。あらゆる分岐で発生する世界。

 

 どこかの分岐で俺のいた世界と別れた世界。江戸城がその証拠だ。築城50年ほどで焼失したはずたが、この世界ではどこかで再建され(もしくは焼失しなかった)、今も現存する。

 

 人もそうだ。主治医はあの海子だ。ただ、苗字が違う。人間性も見えてこない。そこは貴族相手だからだろう。本質は海子のような気もするが、別人と考えた方が良い。世界が違うのだ。育った環境が違う。

  

 そして最も厄介なことは、この「貴族」というふざけた称号だ。剥奪とかないのか。盗みでもするか。


 とりあえず、今は身体を治しながら、この世界を知る必要がある。そして、元の世界に戻れる方法はあるのか、もしくは・・・



 リハビリのために少し歩くことにした。公園を通り抜けて一般病棟内を歩く。色々と知っておきたいこともある。後ろをついてくる海子が邪魔だが仕方がない。

 

 歩くと道が自然に開ける。看護師や入院患者たちは壁を背に立ち、俺が通り過ぎるまで頭を下げ続ける。

 

 俺は迷惑な存在みたいだ。たまには海子の忠告を聞くべきだな


 階段を登り、最上階の食堂に着いた。そこの大型モニターでニュースが流れていた。ちょうど俺が巻き込まれたらしいテロの続報だ。この場にいる人間が離れて、遠巻きから見てくる。病室に戻った方がいいのだろうが、情報は必要だ。少しだけ我慢してもらう。

 

 「六蜜院家当主、大日本帝国海軍提督から総務大臣、大蔵大臣を歴任された六蜜院貞雄様が25日に帝都大学附属上級病院で崩御されていたことを先ほど内閣が発表しました。75歳でした」


 俺の父親らしいが、知らん爺さんだ。気の毒だが、なんの感情も湧いてこない

 

「20日正午、ご子息であらせらる杜雄様がロシアからご帰国された際、空港にお迎えにみえられた貞雄様は、そこで空港爆破テロに遭遇されました」


 この世界の日本はだいぶ治安が悪いらしいな 


「犯行声明はまだ出ていませんが、警視庁の見解では、昨年から続く議員を狙った連続爆破テロと見て間違いないとのことです。次期、陸軍参謀総長に有力視されている六蜜院杜雄様を狙ったのではないかと思われます」

 

 俺を狙った?陸軍参謀総長?ますます訳がわからん


「尚、ご子息の杜雄様は意識不明の重体となっておりましたが、今は順調に回復されているとのことです。え〜では、長年そのお姿を誰も拝見したことがないことで有名でした杜雄様ですが、空港に降り立たれた時の映像を我が社が独自で入手いたしました。独占スクープです」


 死傷者が出ているニュースで、この感じは違和感がある。

 

 とにかく、この世界の俺がどんな人間だったのか知る機会だ


 俺が飛行機のタラップから降りてくる。ド派手な学ランのような軍服を着ている。腰にはサーベル。父親らしい爺さんに敬礼をしている。どっからどう見てもバカ丸出した。この世界の俺は恥知らずらしい。

 

 爺さんが大きく手を広げ、抱擁しようと待ち構える。頼むから、それだけはやめてくれ。 

 俺は爺さんを無視して、ひとり歩き始める。周りの人間が慌てて後を追ってくる。安心した。度し難い恥知らずではないようだ。画面は俺の顔のアップで静止した。


「いかがですか国民の皆さん!あの六蜜家ご出身で、このご尊顔!これからのご動向に注目です」


 こいつらは大丈夫か?この後死傷者のでるテロが起きているんだぞ。いや、考えてみれば、メディアのレベルはいい勝負か。こんなもんだった気もする。

 

 ただ、今、俺の腰の辺りを引っ張る奴がいる。


 

 しまった。ニュースに気を取られていた。キャスターのあまりにものバカっぷりに注意を怠った。六蜜院に近づく女の子に気づかなかった

 

 

 小さな女の子が六蜜院の服を引っ張っている。保護者は?いや、そんな余裕はない。すぐに女の子を引き離さなければ。不敬罪は銃殺だ。

  

 六蜜院が屈んで、女の子に何か語りかける。え?抱きかかえた?知り合い?この子も貴族か?



「迷子になったか」

「お兄ちゃん、イケメンね。私が大きくなったら結婚してあげようか」

「光栄だな。でも、残念ながら、その頃には俺は爺さんだな」

  

「失礼いたしました」

「は?なんでお前が謝るんだ?」


「あっママだ!」

「・・・あの人か」

「そう。降ろして」

「何を仰います、お嬢さま。私がお連れします」 

「お身体に差し障ります。あの私が」

「大丈夫だ。リハビリだって言ったろ」


 六蜜院が女の子を母親の元まで連れて行く。母親は直立不動で待っている。緊張で顔が強張っている。何が起こっている?いや、この場にいる人間が一体何が起こっているのか理解できていない。

 あの母親はどこかで見たことがある。・・・


「あの・・・娘が大変失礼・・致しました。申し訳ございません」

「どっかで会った気がしたのはそういうことか。大きくなったな」

「あの一体・・」

「いや、申し訳ない。知り合いに似てるんだ。お嬢さんとあなた」

「私たち?ですか。そうなんですか。ご貴族の」

「いや昔、世話になった人と娘さんに」

「そうですか・・・申し遅れました。私、黒田重工代表取締役、黒田徳則の妻、黒田美鶴と申します。この度は心よりお悔やみ申し上げます」



 そうだ。黒田重工の黒田美鶴だ。療養中の徳則に代わって実質会社を取り仕切っていると噂される女傑だ。

 

 六蜜院は日本最大の軍事企業の実質No. 1だと分かって?いや、娘が近づいたのは偶然だ。それに記憶喪失も詐称だと考えにくい。あの女の子は勝手に貴族の服を引っ張ったのだ。詐称なら、何かしらの反応をするはずだ。私たちに対する接し方で分かる。完全に貴族としての振る舞いが抜け落ちている。だとしたら・・・・

 

 六蜜院が女の子の頭を撫でている。

「じゃあな、タマキ」


「病室に戻るよ。俺がいると迷惑みたいだしな」

「それがよろしいかと思います。リハビリ室は向こうにもありますので」



「もうタマキ、心臓が飛び出るかと思ったわよ。いい?ちゃんと聞いて。真面目な話よ。貴族の方には、こちらから話しかけてはいけないの」  

「でも、お兄ちゃんはいい人だったよ」

「あの方は・・・特別なのよ。他の貴族、華族の方も同じだと思ってはダメよ。・・・ところで、いつ自己紹介したの?」

「してないよ」

「そうなの?」

 タマキが掛けているポシェットに小さく名前を書いてあるのを思い出した。

「これをご覧になったのね。六蜜院様に名前呼んでもらえたね」


 今まで、何人も貴族、華族に会ってきた。はっきり言って別世界の人間だ。お世辞にも良い人達とは言えない。

 

 初めてまともな貴族に会った。ただ、あの見た目は残念だ。私はつくづくイケメンには反応しないんだなと思う。

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