第19話 澄鳴家にお泊り
いつもの大広間に着き、円卓を囲んで一服。
思うんだけど、こんな広い部屋に円卓一つって……他の部屋でも良くない?
「本当にようやってくれた……これで儂のバカ息子も安泰じゃ」
真之介さんはそう言ってお茶を啜る。その隣で正道さんが頷いている。
正道さんそれ、頷いたら真之介さんの息子をバカだって認めている様なものだけど……大丈夫なんだろうか?
「では明日、ダンジョン省に行って選抜の登録をしましょう。疲れてらっしゃる所申し訳ございませんが、こういうのは早い方がいいので」
「あ、俺疲れてないので配慮は大丈夫ですよ」
「さ、流石でございますね」
正道さんは少し頬を引き攣らせながらそう言う。
「今晩は、当家に泊って行ってください。うちは露天風呂もありますし、きっと感じてらっしゃらない疲れも取れますよ」
感じてない疲れは、疲れではないのでは? と思いながら俺は取り敢えず頷いておく。
「では、竜真殿が泊ると家の者に周知、そしてお部屋の準備をしてまいります。少々こちらの部屋でお待ちください」
そう言って足音も立てずに正道さんは襖を開けて出て行った。
「して、A級ダンジョンはどうじゃった?」
「う~ん、魔物がそんなに強い印象はなかったですね。今回A級ダンジョンに潜る以前、この世界に転生してからすぐの時はC級魔物すら倒せなかったんですが、今だとスキルや力の使い方が大分わかってきたからかA級相手にも全然余裕でした。S級は分かりませんが」
俺がそう話すと真之介さんは頷き、口を開く。
「ほうほう、そうか……まだホームページに合格者一覧が載ってないから分からんのじゃが、何人合格したんじゃ? 有望そうな人材はいたかの?」
「俺を含めて六人合格でした。五人共結構有望だと思います。特に三谷洋治と加奈さん、青井陽向君が強そうでしたね」
「そうかそうか、三谷洋治と言えば『侵氷』かの?」
『侵氷』……洋治そんな二つ名付いてたんかい。
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も、一回省横の探索者用闘技場で手合わせしたことがあるからのう。あの時もA級に匹敵するほど強かったが、今はもっと強くなっているんじゃろうなぁ」
「そうなんですね」
「まぁ、近頃ホームページに竜真殿らが戦っている映像がアップされると思うわい。それで確認しようかのう」
ホームページにアップされるのか。名前は公開されるって話だったけど……俺の戦ってる映像も公開されるのか? されるとしたら厄介ごとが増える気がするぞ……。
その後もこれからの事を話し合ったりして、正道さんが出て行って15分程した頃、正道さんと未羽さんが部屋に入ってきた。
未羽さんは俺を見るなり、「竜真君、こんばんは」と言って寄ってきた。そして横にあった座布団にちょこんと座る。
「お待たせしました、お部屋の準備が出来ましたよ」
と正道さん。
「分かりました、有難うございます」
俺は頭を下げて立ち上がる。すると未羽さんも立ち上がった。何故に立ち上がる必要が? と思い見ていると「私が案内する。付いてきて」と言うので納得。
「未羽、頼んだよ」
背後で正道さんがそう言った。それに未羽さんは頷き、襖を開ける。
俺は部屋を出る前に正道さんと真之介さんに向かって会釈する。そして部屋を出ると襖を閉めた。
「こっち」
申し訳程度の明かりが点いている廊下を歩く俺と未羽さん。階段前に着くと未羽さんは続く廊下の方を指さし、「あっちが脱衣所とお風呂」と言って階段を上っていく。
やっぱり口数が結構少ないな。未羽さん。
そう思いながら階段を上る。
二階に着くと左に曲がり、五つ入り口の襖を数えたあたりで未羽さんは襖の前に立ち止まった。
「ここが竜真君の部屋。敷布団は敷いてあるから、何もしなくて大丈夫。そこに浴衣と洗い道具おいてあるから、お食事前にお風呂に行って」
「え、俺匂います?」
疑似の肉体だから老廃物とかでない筈だけど……匂うのか?
「違うそういう事じゃない。浴衣に着替えてからお食事に来てってこと」
「ああ、なるほど」
「じゃ、またお食事の時間になったら呼びに来るから。……あ! あと、最初会った時悪霊呼ばわりしてごめんなさい……。じゃ」
そう言って未羽さんは歩いて行ってしまった。
俺もほとんど気にしていなかったことなのに謝ってくれた。律儀な子だなぁ。
そう思いつつ、俺は部屋に入る。
中はやはり畳の和室。備え付けであろう、机と椅子が端に置いてあって、物置の襖の真近くに敷布団が敷かれていた。そして布団の上に浴衣とタオルと桶。桶の中にはシャンプーとリンス、石鹸とボディータオルが入れてあった。
取り敢えず、何時にお食事の時間が来るか分からないし、早めにお風呂に入っておいた方がいいだろう。
そう思い俺は、桶と入浴セットと浴衣を持って一階に降りる。
一階に着くと右に曲がり、廊下を歩く。すると『脱衣所・浴場』と書いた控えめな看板があったので、男の文字が書いてあった方の暖簾をくぐる。
脱衣所の中は誰も人がいなかった。露天風呂にも人の気配はない。
俺は服を脱ぎ、棚のかごの中に畳んで入れる。そうしていると廊下側から人の気配が近づいてきた。
気配からして真之介さんか? だったらこの姿を見られても大丈夫か。
そう思いながら服を畳む。すると暖簾が捲れた。
「おお、竜真殿じゃない……か?」
真之介さんは俺の姿を見て、桶を落とした。
「お前さん、女だったんか……?」
真之介さんは震える手で俺を指さしながら、そういった。
まぁ、男のアレが生えてなければそんな反応にもなるわな。
「いや、男ですね。厳密にいえば無性ですけど」
「あ、ああ……なるほどなぁ。そうじゃった、竜真殿の身体は疑似だったのう」
「はい。別に男のブツを生やすことも出来たんですが、生殖能力は要らないかと思って生やしませんでした。特に老廃物も出ませんし」
「そうか……そうか」
「ではお先に俺は入ってます」
「ああ……」
服を畳み終わった俺は真之介さんにそう言って、脱衣所の奥の曇りガラスでできた引き戸を開け、露天風呂のある外に出た。
そして体を洗い流すシャワーがあるところに行き、風呂椅子に座り蛇口をひねってお湯を出す。
「っ! 冷たっ!」
しまった! そうだ、使われていなかったシャワーは最初からはお湯が出ない。少しは自分と別方向に向けてお湯が出るまで待たなきゃいけないんだった。
本来なら寒さとか暑さとかあまり感じない俺だが、今はお風呂とお湯を全身で感じる為に【環境適応】【熱無効】【寒さ無効】【氷結無効】などなどをOFFにしていた。なので水の冷たさを感じてしまったのだ。
シャワーを溝側に向けて放ち、右手でお湯が出ているか確認する。
お! 出てきた。やっと浴びれる。
俺は風呂椅子に座り直し、シャワーハンガーにシャワーヘッドを掛けお湯を頭から浴びる。
「あったけぇ……」
意外にも気持ちが良かったので、目を細める。そうして浴びていると、がらがらっと脱衣所から真之介さんが出てきた。
「お? 気持ちよさそうじゃな。風呂は初めてか?」
「はい。こんなにも気持ちいいとは知りませんでした」
「そうかい、良かった」
真之介さんはそう言って、薄い壁を挟んだ隣のシャワーを浴び始めた。
俺は一旦蛇口を閉め、桶の中からシャンプーを取り出し液体を手にあける。そして手に伸ばして頭を洗い始めた。
このシャンプーめっちゃ良い匂いするじゃん。
そう思いながら泡立て、シャワーで流す。その後はリンスで同じようにし、洗い流す。そして石鹸でボディータオルを泡立てそれで体中を洗う。そしてお湯で流す。
これで念願の露天風呂に入れる!
俺はうっきうきで足先から露天風呂に入れた。そして全身まで浸かる。
「ああ~気持ちいい~~」
もうほんとこの一言に尽きる。
以前主が、家の浴槽って足伸ばせないから窮屈と言っていたが、ここなら伸ばせるな。ぱっと見、主の家の浴槽15個以上の広さはありそうだ。
そんなことを考えていると、真之介さんが近寄ってきた。
「よっこらせのせぃ」
真之介さんはそう掛け声? を出しながら湯船に浸かった。
「そういえば、竜真殿。何かやりたいこととかないんか?」
「う~ん、特にありませんね。……あっ、主を守ることがやりたいことですね」
「おん、その主とやらは誰じゃ?」
そうか、よく考えれば真之介さんや正道さん達にも主の事は喋ってない。主の事がばれると、色々危険だと思ったからだ。
まぁぼかしてだったら喋ってもいいだろう。
「俺、転生した先がスマホだったんです」
「ほう? スマホとはまた奇怪な」
「そのスマホの持ち主が主です」
「なるほどのう」
真之介さんはそれだけ言って黙ってしまった。
そのまま五分が経ちそうだったので、流石にのぼせるかと思い湯船から出る。
脱衣所に入る前に、身体から水っけを払う魔法を使い、中に入る。
自分の浴衣と服を置いた棚の所へ行き、浴衣と服から下着だけを取り着替える。
「よし」
帯を締め、そういうと俺は服と桶、入浴セットを持ち部屋に戻る。
部屋に戻る途中何人かとすれ違ったが、全員に会釈をし会釈を返してくれた。
部屋に戻ると、椅子に座って異空間収納の整理をする。
ダンジョンに居る時色々採取したからなぁ整理が大変だ。
全て【鑑定】しつつ、種類・レア度毎に分ける。
そんな作業を長いこと続けていると、部屋に人の気配が近づいてきた。
これは……未羽さんだな。お食事に呼びに来たのだろう。
「食事の準備ができたから行こう?」
襖の外からそんな声がした。
「分かりました」
俺は襖に近付き開ける。するとそこには浴衣姿の未羽さんが居た。そしてふわりといい匂いがする。
数秒呆けていると「どうしたの? 行くよ?」と言ってくるので、後に続く。
一階に着くと左に曲がり、少し歩く。すると途中から美味しそうな香りがしてきた。
これは本物の肉体だったら匂いに釣られて、腹の虫が鳴いていたかもしれない。
そう思いながら歩く。
未羽さんが十人以上の人の気配のする部屋の前で立ち止まった。
「お父さん、入るよ」
「入りなさい」
襖を開けると余計料理の匂いが濃くなる。
そこには澄鳴家の方々と、水無月家の真之介さんと護衛の方々が居た。
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