第6話 澄鳴家
「ささ、どうぞこちらへ」
と俺が通された場所は、見事な和式の大広間だった。
長机がその大広間の真ん中に置いてあり、長机の上にはすでにお茶菓子が置いてあった。あれが霊でも食べれるお菓子なのか?
部屋を見渡しながらふよふよしていると、「こちらにお座りになられて下さい」と正道さんからそう言われ、俺は指定された座布団の30cm上に浮く。
こうしないと、机のせいで澄鳴家の方々の顔が見えないからね。座っている状態じゃないけど、すべてはお菓子のため。しょうがないしょうがない。
俺はこの部屋に入ってきた人が全て着席してから話を始める。
「で、俺に話があるとそこのお嬢さんから聞いているのだが、どんな話だ?」
今回俺は思念を音波にして、辺りの人に聞こえるように喋る。
「今回お越し頂きました理由は、第一に貴方様がとある魂であるかどうかを確かめる為でございます」
“貴方様”って……なんか仰々しいな。ここで遜っても意味はないか。ここは少し横柄な態度で行こう。
「へぇ、因みにどうやって確かめるんだ?」
「後に別室で確かめて頂きます。申し訳ございませんが、これ以上はまだ言えません」
「そうか」
別室か。その部屋にトラップが仕掛けられているかもしれない。一応警戒しておいた方がいいかな?
「……そして第二に、貴方様を保護するためでございます」
「ん? 保護?」
「はい。上からそう仰せつかっております」
おいおい、上ってどこだよ。なんかきな臭いぞ。
「保護なんてされたくないんだが」
そう言うと、周りに居るご老人方の視線が鋭くなった気がした。
正道さんはそれを気にすることもなく、穏和な表情で話を続ける。
「いえいえ、無理にとは言いません。上も保護というか、貴方様に力を貸していただきたいのだと思います」
「力を貸す? 俺が何故力を貸さないといけない?」
「見返りはあります。例えば、受肉……とか」
「——へぇ」
興味はある……がしかし、これは自分の手で成し遂げれそうなことの範囲内だ。態々見返りとして受け取るまでもないだろう。
「力を貸す貸さないは置いといて、そもそも何の為に俺の力を借りるんだ?」
「それは……」
言葉に詰まる正道さん。これは何かあるな?
「いえ、もう正直にお話いたしましょう。少し長くなりますが、どうかお聞きください」
「わかった」
正道さんはいつの間にか机の上に配膳されていた湯呑を持ち、少し啜ると話し始めた。
「ダンジョンが出現する前、我々霊能力者の家系は古来から妖や悪霊などと言った者達を退治して生計を立ててきました――」
正道さんの話によると、霊能力者は妖怪退治や悪霊を成仏、祓うと言ったことを生業に生活を古来から続けてきたそうだ。その過程で政府とも関係を持ち、立場を確固たるものにしたそうだ。
だが、ダンジョンの出現によって探索者という名の強者たちが多数生まれた。これによって霊能力者の立場が揺らいでいるそうなのだ。
そして今から約一年前、水無月家――各霊能家系を纏める立場にある一族――に神託があったそうだ。
『異なる世界から強大な力を持つ魂が五柱降臨する。心して備えよ』
と。
それを聞いた水無月家はその五柱を味方に付ければ、名誉挽回出来るのでは? と考えたそうだ。
うん。なんというか浅はか。それくらい自分らでなんとかせぇよ。と思う。
あんた等もダンジョン潜って、お得意の霊術でコツコツ魔物倒せばええやんけ。
それを伝えると……正道さんは苦笑いしながら答える。
「うちを含め、一部の名家は貴方様の言った通りに励んではいますけどねぇ……その他の頭の固い方々はそれをなされないんですよ」
「あぁ、なるほど」
やっぱりいるのか、そういう頭の固い連中は。
「あの、非常に申し上げにくいのですが、もう既に上の方々に最低でも王霊級の魂を発見したと伝えてしまったのです。なので……ここで力をお貸しすると言って頂かなければ、神無月家や他の名家の方々も血眼になって貴方様を探すと思われます」
「……」
なんで伝えちゃったかなぁ……。まぁ元をたどれば安易に未羽さんに見つかったのが悪いんだろうけど……どうすっかな。
「ですので、何卒我々にお力をお貸しください……」
そう言って俺に向かってその場にいた全員が頭を深々と下げてくる。
「……わかった。あくまで少し力を貸すだけだ。何か力を借りたいことがあれば、念話で話してくれ」
「……! 有難うございます!!」
俺のその言葉を聞いて、周りの雰囲気が少し緩和した気がする。
もしかしたら、俺の言葉にこの家の命運がかかっていたのかもしれない。そう考えると未羽という少女に少し申し訳なくなる。
俺が彼女に見つかったからこんなことに。と考えてしまった。
さて、もう話も落ち着いたことだしお菓子を味合わせてもらいますかっと。
俺は念力で机の上に置いてある菓子器の中から一つお菓子を取ると、自分の前に持ってきた。
梱包を破り、内容物が明らかになった。それは梱包に描いてあった満月のようにまん丸の餅だった。それから密度の高い霊力を感じる。
なるほど、食べ物に霊力を混ぜて霊物化させているのか。その手があった。目から鱗である。
魂に明確な口がないので、取り敢えず齧り付くイメージで餅を俺に近づけてみる。
「——美味い!」
餅特有のもちもちとした食感に、中に入っていた餡子が相まって非常に美味しい。これだけでここに来たかいがあったという物だ。今までこの世界に来てからは、食べ物なんて一回も口にしたことがなかったからな。本当に感動している。
「それはそれは、お気に召されましたか? 宜しければこちらにあるお茶菓子、全て差し上げますよ?」
「それは本当か?」
「はい、本当でございます」
俺は透かさず異空間収納を開け、念力でお菓子をひょひょいと入れていく。
それを澄鳴家の面々が目を見開いて見ていたが、そんなこと気にせず入れる。
「貴方様は異空間収納までお使いになられるのですね……」
「何、大したことではない」
「流石でございますね……」
正道さんはなんか知らんけど、若干引き気味の様だ。口角が引き攣っている。
その後ダンジョンについての話を少しし、俺は思い出したかのように別室でとある魂かどうか確かめる話を切り出す。すると正道さんはバツの悪そうな顔で頭を掻く。
「実はそのとある魂というのは、先程の話にも出てきました五柱の事なのです。なので貴方様が五柱である確認を取るはずだったのですよ」
そこまで喋ってから正道さんはお茶を啜り、話を続ける。
「ですが、ここまでの言動で確信いたしました。貴方は五柱の一柱であると。――ですので確認は不要です。力をお貸し頂けると約束して頂けましたし、いつお帰りになられても構いません。もし泊って行かれるのでしたら、誠心誠意おもてなしさせて頂きます」
そう言って正道さんは微笑んだ。
正直、おもてなしの内容が気になったが、ドアノブとの約束を反故にする訳にはいかない。帰らせてもらおう。
「いや、帰らせてもらおう。先約がいるのでな」
「分かりました。……
「いや、それには及ばない。俺は転移で帰る」
「なっ……分かりました」
“転移で帰る”と言った瞬間、この場に居た人たちが目を見開き声を漏らすが、そんなの気にせず、術の構築に取り掛かる。
――座標指定完了。……魔法陣の構築完了。
「では皆さん、また今度」
俺がそう言った瞬間、その場に居た全員がすっと立ち上がり俺に向かって頭を下げる。
そんな中俺は主の自宅前に転移した。
視界が変わり、そこには見慣れた主の家があった。辺りは薄暗い。
ふよふよと玄関のドアを通り抜け、玄関の中に入る。
おや、主の靴がない。俺の方が早く帰ってきてしまったようだ。
先にある壁を通り抜け、ダイニングに入る。キッチンから料理をしている音が聞こえてくる。夕飯の準備だろう。
ダイニングの壁に掛けてある時計を見て驚く。今の時刻は18時30分近くだった。
この時間に主が帰っていないのは珍しい。友達と遅くまで遊んでいるのだろうか?
まさかダンジョンに行ったんじゃないだろうな? 少し嫌な予感がするぞ。
俺は俺を中心に主の気配を探る。そして徐々にその範囲を東京都全体に伸ばした。
……やはり気配を感じられない。よし、東京都内になる全てのダンジョン内の気配を探るぞ。
――いた。
場所は家の近くのE級ダンジョン……の二層だな。進行方向は一層への階段に向かっている。これは家で待っていれば、一時間以内に帰ってくるな。
……前世の俺が騒がしい。俺はまたそうやって大切な人を失うのかと。
そんな思念と共に前世の記憶の一部の靄が晴れる。
嫌な予感が増した。
時々デジャヴを感じる時にこうやって、記憶を思い出すことがある。その度に俺は記憶を覗いた。
だが今回は覗かず、直感を信じて主の元へ行こうと思う。
俺は転移魔法陣を構築して、E級ダンジョンへ飛ぶ。そしてダンジョンの中へ入った。
打たれた野球ボールもびっくりの速さで俺はダンジョンの中を直走る。するとすぐに二層への階段を見つける。
その階段を降りようとした瞬間、奥から明るい声が聞こえてきた。――主の声だ。
よかった……。嫌な予感大外れじゃねぇか。ふぅ、本当に良かった。
俺は暗闇の奥から姿を現した主の姿にぎょっとする。主の姿は擦り傷、かすり傷だらけだった。
なんて痛々しい……。横の友達らしき少女もいくつものかすり傷を負っている。
今すぐ治してあげたいのも山々だが、それをすると俺という存在がばれてしまうかもしれない。ここは二人に殺菌魔法でもかけて、しっかり親御さんに叱ってもらうのがいいだろう。
その後は二人とも更衣室に入り、テントで借りていたであろう探索者用の防具? を返却しそのまま帰路に着いた。
返却した際に防具の損傷が酷かったので、修理代を請求されたみたいだったが、彼女らの手には魔石があったので、それを換金した値段と相殺になるだろう。
帰宅すると、お母さまが鬼のように主を叱っていた。もちろん先に手当てをしてからだが。
お説教の中盤からは、お母さまが少し涙ぐみながら主を叱っていた。子思いのいいお母さんだ。素晴らしいと思う。
俺はそんな説教を横目に、スマホの中へ戻った。やっぱりここが落ち着く。
今日一日色んな事があったが、最後にドアノブとのダンジョン探索が待っている。それまで俺は前世の姿の実体化の練習でもするとしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます