第2話 ダンジョンでの邂逅

 空中に留まりながらステータスを凝視していると、真下を人が通っていった。恐らく……というか確実に探索者だろう。


 おおっと、そうだ俺はステータスを眺めに来たわけじゃない。魔物を狩りに来たんだった。


 洞窟のような空間の中、その探索者はナイフを一本ずつ両手に警戒しながら歩いている。

 俺はその後ろ姿に付いていきながら索敵していた。


 魔力を薄く周りに広げるように伸ばして索敵をする。

 今広げている魔力の薄い波が、魔力ある物や生物にぶつかることでその存在を探知できる。

 これは薄っすら残っていた前世の知識の一つだ。俺はこれを《探知魔法》と名付けた。


 すると前方に反応があった。数は二体。その二体とも微弱の魔力反応だ。距離は前方15m。探索者の男も魔物らしき二体も動いているので、接敵するのは直ぐだろう。


 と、思っていると探索者の男が立ち止まった。魔物の足音に気付いたのだろうか?

 すると探索者の男が固唾を飲み込む音が聞こえた。


 そんなに緊張することかな? まぁ、命のやり取りをしているのだから当然か。


 すると向こうの暗がりから魔物が現れた。


 緑色の肌に尖った耳、醜悪な顔。そして小柄な体形。そしてその手にはナイフが一本。

 ダンジョンの最弱魔物と名高いゴブリンではありませんか。それが二体。


 探索者の男はそれを見て、露骨に警戒を緩めると「なんだ、ゴブリンか……」と一息吐く。 


 先に動き出したのはゴブリンだった。

 二体のゴブリンは探索者の男に接近すると飛び掛かるようにナイフを振るう。男はそれを横に避けつつ左側のゴブリンの腹を裂いた。黒煙が噴き出る。


『ギギャァアアアア』


 腹を裂かれた方のゴブリンはそう断末魔を上げながら地面に横たわり、黒煙になって霧散した。


 それを見て怯んだ残ったゴブリン。その隙を見逃さず探索者の男はゴブリンの首を切断する。

 首を切断されたゴブリンはふらつき倒れ、黒煙になって霧散した。


 おお、滅茶苦茶緊張してた割に鮮やかな戦闘だった。あと少し……小一時間程この探索者の戦闘でも見ていようかな。実体を手に入れた時の勉強にもなるだろうし。


 ふと探索者を見ると、屈んで何かを探しているようだった。恐らく魔物を倒したときにに落ちる、魔石という物を探しているのだろう。

 落ちているとは限らないが、この薄暗い洞窟の中魔石を見つけるのは困難だろう。


 ……どれ、手伝ってやろうかな。


 先程の探知魔法を発動し、魔石を探す。魔石は基本的に少なからずとも必ず魔力を持っているのでこの魔法で探知できるのだ。


 狙い通り、直ぐに見つかった。


 見つけた魔石を念力を使って男の元へ転がす。すると男がその音に気付き、飛びつくように魔石を取っていた。

 そして「今日の昼飯代ゲット!!」と頬ずりまでしていた。奇妙な人間だ。


 ……もしかしてこの探索者――いや、それを思うのは失礼になるだろう。


 すると探索者は頬擦りを終えたのか、また新たな魔物を求めて歩き出した。

 俺もそれに合わせて探知魔法を使った。


 するとすぐに反応があった。微弱な魔力を五体ほど感知したのだ。

 魔力を広げて直ぐ反応があったという事は、直ぐ近くにいるという事。探索者の男は……気づいていないようだ。


 さて、どうなる……?











《side:探索者の男》


 俺は今日もD級ダンジョンに来ていた。が、今日は少し趣向を変えて、今朝未明にできたばかりの方のD級ダンジョンに来ていた。

 なぜならネットの情報によると、できたばかりのダンジョンの方が魔石のドロップ率が良いらしいからだ。まぁ、眉唾なんだけど。


 俺は今日仮設されたばかりの更衣室で、探索用の服に着替えナイフを装備し更衣室を出た。

 そして、仮設テントにいる職員に探索許可証――探索者カード――を見せ、ダンジョン内に入っていく。


 初めてのできたばかりのダンジョン探索だ。それもD級。俺の実力じゃこれが限界だから慎重に進まなければ。


 するとすぐに接敵した。流石はできたばかりのダンジョンだ。魔物の湧きがいい。

 固唾を呑んで10m先の暗がりを見つめる。すると現れたのはゴブリンだった。


「なんだ、ゴブリンか……」


 と一息吐き、構え直す。


 するとゴブリンは連携もせず飛び掛かってきた。それを左のゴブリンから腹を裂き、まずは一匹目を倒す。

 次に仲間がやられる姿を見て怯んだ、もう一匹目のゴブリンの首を落とした。


 するとゴブリンの首の切断口から黒煙が噴き出る。これは血の代わりなんだそうだ。二匹のゴブリンが黒煙に変わる。これが血だったり死体とかそのまま残っていた場合を想像すると吐き気がする。


 さて、魔石魔石っと。


 薄暗い地面を手探りで探していると、石の転がる音が聞こえてきた。

 もしかして……! とそちらを向くと、紫色の小さな魔石が俺の方に向かって転がってきていた。


 俺はその魔石に向かって飛びつく。


 あのネットの情報は本当だったのか……!! 


「今日の昼飯代……ゲット!!」


 俺は一日ぶりの魔石に歓喜しながら頬擦りをする。傍から見たら、うわ何コイツ気持ち悪ってなるかもしれないが、しょうがない。

 俺は専業探索者。そして俗に言う、低級ダンジョンに行き、日銭を稼ぐ低級専業探索者だ。


 昨日なんか五時間潜り続けて、魔石の一個も収穫なし。おかげで昨日の朝飯以来水しか飲んでいない。

 だが今回は、一回の接敵で魔石を一つゲット! 相当運が良いかネットの情報が本当だったとしか考えられない、収穫だ。本当にありがたや。


 さーて、次だ次! この調子でどんどん魔物を倒すぞ!


 俺は気分上々で歩き出した。すると極めて小さな足音が聞こえてきた。


 魔物かっ!? とそちらを向いた瞬間……。


「がッ――」


 横っ腹に体当たりをされ、尻餅をついた。


「痛ってぇ……ひっ」


 俺の目の前に居たのは、ゴブリンより少し強いとされるE級の魔物、灰色の体毛に体長140cmのビッグラットだった。それも五匹。


 俺の脳裏に『死』の文字が浮かんだ。

 瞬間、俺の頭に走馬灯が流れ始めた。




 ……俺が中二の時にダンジョンブレイクで亡くなった父ちゃん。

 その五年後、精神共に疲労した母ちゃんはがんで亡くなった。

 俺には両親は掛け替えのない存在だった。

 

 俺は悲しみの渦に飲まれていた。毎日のように家に閉じこもり、ゲームをし続ける日々。外に出る事もなく、買い物は全て通販で済ませた。

 貯金を削り続ける毎日。貯金は無限じゃない、限界が近づくにつれて俺の精神状態も悪化して行った。

 

 二十歳の夏、俺に中学の同窓会の招待状が届いた。俺にはそれが転機に見えた。参加するにチェックを入れ、久しぶりに外出し近所の郵便ボックスに投函した。


 同窓会前日、美容室で髪を整え、高いものは変えなかったがそれなりに見える衣服を買って同窓会臨んだ。


 同窓会では、どこから噂が広がったのか知らないが、俺の両親が死んだこと、俺が引きこもりな事が知られていた。その所為か俺は同情、憐れみの視線を向けられたのを強く覚えている。


 それでも俺は気丈に振舞った。仲が良かった友達と妙に優しい対応をされながら話し、楽しんだつもりだった。——でも、心の内では楽しくなかった。


 社会で切磋琢磨している元同級生たちが話し合っている様子、俺にはとても眩しく映った。

 

 そして俺は決心した。同級生たちと比較されても劣らない人生を歩もうと。

 貴方たちが精いっぱい育てた子供はこんなに立派になったんだぞと。親に胸を張って自慢できる人生を送ろうと。


 それから俺はハロワで仕事を探し、やっとの思いで仕事に就いた。だけど、失敗ばかり。その度のパワハラに耐えられず、直ぐにその職場を辞めた。


 それからは土木関係の仕事をほぼ日雇いで働き、精神も身体もボロボロになった。

 その仕事も「お前は要領も悪いから」と呼ばれなくなった。


 情けない自分が嫌になった。こんな姿を天国から親に見られていると考えると、余計に情けなくなる。あの時誓った事にひびが入る思いだった。


 それでも俺は生きる為にハロワに通い続けた。


 そんな時、ハロワの職員から俺は探索者の仕事を紹介された。

 命を懸けて戦う職業。俺は躊躇した。でも俺にはもう後がなかった。

 

 俺はなけなしの貯金で、探索者の資格を取る為、受講した。

 結果合格し、一ヶ月でD級までにランクを伸ばした。


 最初は天職だと思った。でも徐々にレベルが上がらなくなり、限界を感じてきた。ここでもダメなのかと、絶望しそうにもなった。

 それでも俺はこの探索者にしがみついた。一日に潜る時間を増やし、頑張った。だけど……。


「くっ……」


 俺はそんな悲しみを乗り越えて、父ちゃん母ちゃんの分まで頑張って生きると決めたんだ。ここで死ぬわけにはいかない。必ず幸せを掴んでやるんだ。

 

 物心ついた時からの記憶が涙と一緒に、溢れてくる。




 俺は目の前に飛び掛かってきたビッグラットを斬り捨てて、立ち上がる。

 すると三匹のビッグラットが飛び掛かってくる。一匹を斬り飛ばすが、回避が間に合わなかった。


 二匹のビッグラットが俺の両方の脇腹に噛み付く。


「あ゛あ゛あ゛ぁあああああッ!!」


 痛みに発狂しながら一心不乱にナイフを振りまわす。すると噛み付いていたビッグラットが離れていく。


 あぁ、嚙まれたところから体温が抜けていくのが分かる。

 俺は洞窟の壁にドサッと背を預け、地面に腰をつける。


 俺、死ぬのか。流石にダンジョンの中で孤独死はしたくなかったなぁ……。


『探索者の男、取引をしよう』


 何か頭の中に声が響いた気がする。幻聴か? もう、先は長くないってことだな。


『……聞こえているみたいだな。同意すれば助かる』


 はは、なんか悪魔の取引みたいだ、最期にこんなバカげた幻聴を聞くことになるとは……。

 ……もし、本当だったら……何でもする。助けてくれ……。


『……同意と見做すぞ』


 ……。

 意識が薄れゆく中、俺は光の玉が漂う姿が見えたような気がした。











《side:スマホ君》


『《上位回復魔法ハイ・ヒール》』


 俺は残ったビッグラット達を捻り潰した後、まだ息のある男に回復魔法を掛けていた。


 するとみるみる横腹にある痛々しい傷が治っていく。蒼白になっていた顔色も良くなっていった。

 流石は上位回復魔法だ。


 さてと、男を念力で端に寄せて隠そう。少し可哀想だが、そうでもしないと他の冒険者に見つかって取引がぱーになってしまう。


 端に男を寄せると、隠蔽の魔法を掛けて隠す。


 そして五分後――


「ん……? あれ、ここは? 俺は死んだはずじゃ……」

『おーい探索者の男、俺が見えるか?』

「うわぁあっ! なんだ、これ……頭の中に声が響いてる」


 男はそのまま視線をさ迷わせると、ある一点を見て固まった。魂だけの俺を見てだ。

 男からしたら白い玉が浮遊しているように見えているだろう。


「ゆ、幽霊!?」

『違うわい』

「あっ、貴方がもしかして俺を助けて……?」

『そうだ』


 おぉ、意外と飲み込みが早い。


「え、じゃあもしかして、俺は悪魔か精霊と契約してしまったっ!?」

『それは違う』

「えぇ……じゃあ何よ」

『急に落胆するなぁ、おい』


 なんだ……? この男若干興奮しているのか? 一回気絶して頭おかしくなったか?


『まぁいい。取引の話だ。確か、“何でもする”だったか?』

「あっ、そっか。俺、取引に同意したんだった?」

『そうだ。記憶力がよろしいようで』

「俺、どんな内容の取引を持ち掛けられるんですか……?」

『そうだなぁ、お前のステータスを見てから考えるとする。ステータスを見せてくれ』

「……はい」


 すると男と俺の間にウィンドウが音もなく出現する。


=====

個体名:篠原しのはら和也かずや 性別:男 年齢:21 種族:人間

称号:『■と邂逅せし者』

Lv.18

HP:289/310

MP:120/120


筋力:25

頑丈:18

俊敏:24

体力:31

魔力:12

精神力:48

知力:21

運:23


SKILL 【双剣術/Lv.1】

装備:なし

=====


 男のステータスはっと……。


『へぇ、篠原和也。いい名前じゃないか』

「ど、どうも。……あれ? でもこんな称号持ってたっけ?」


 和也はステータスを覗き込み、称号の部分を指さしながらそんな疑問を口に出す。


『“■と邂逅せし者”……また文字化けか。和也、何か心当たりはあるか』

「いえ、特には……。あっ、もしかしてこれ『魂と邂逅せし者』なんじゃありませんか? 俺を助けてくれた魂さん、めっちゃ魂っぽいし」

『なるほど』


 称号……ネットでは条件を満たすと手に入れることができる、特殊効果のあるもの。と書いてあったが、俺と出会う又は俺の姿が見えればその『■と邂逅せし者』を獲得できるというのだろうか?

 今考えても分から無さそうだな。


『レベル18で能力値は平均より少し上ってところだろうか。ポテンシャルはある』

「そうなんですか?」

『ネット情報だがな』

「魂もネット使うんだ……」


 この和也の場合、精神力が異常に高い。過去に辛いことを経験してきたのだろうか。18レベルでこの精神力は中々だぞ。そしてこの顔、覚悟が完全にキマっている。それでいて生き残ろうとする、強い意思の目だ。


 まぁ、俺は無慈悲ではないのでそんなに死ぬほどの取引を持ち掛けるわけじゃない。だが、覚悟があるのは良いことだ。このまま少し勘違いしたままでいて貰おう。


 双剣術のスキル持ちか。これは育てれば強くなるスキルだ。割と有望な人材なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る