稲荷と姫路と俺と
姫路 りしゅう
①稲荷と姫路と俺
俺が
彼女はこれまでに出会ったことのないタイプで、そしてこれから先出会うこともないだろうという確信があった。
出会う前から彼女の噂はよく聞いていた。
俺の所属するサークルに、ヤバい新入生が入ってきたという噂。
前髪ぱっつんの地雷メイク。整った顔立ちに、兎のような柔らかい雰囲気を纏う女子学生。
その風貌に加え、誰とでもテンポよく会話を繰り広げられる明るさを備えている。
これだけ聞くとすぐに囲われて姫ポジションに収まりそうなものだったけれど、彼女はネジの外れた行動を起こすことが多く、ついたあだ名はサイコバニー。サークルのメンバーからは一歩引いた位置で見るのが一番楽しいと評されていた。
俺は進級してすぐに風邪を引いて、しばらくサークルに顔を出していなかったが、それでも彼女の引き起こした『ハーメルンのオカリナ吹き事件』や、『
そんな噂話ばかり聞いていたから、きっと彼女は何を考えているかわからない不思議系女子なんだろうと予想していたのだが、実際に出会って俺は酷く面食らった。
俺は姫路と話をして、生まれて初めて「何を考えているかがわかりすぎて怖い」と思った。
「何を考えているかわからなくて怖い」という人間はこの世に大勢いる。しかし、「何を考えすぎているかがわかりすぎて怖い」という経験は今までになかった。
彼女はその表情や振る舞い、声のトーンや言葉で、自分が今何を考えていて、どう思っているかを雄弁に伝えてくる。そのどこにも嘘はなく、裏表のない百パーセントの気持ちを教えてくれるのだった。
そのせいで、彼女のイカれた行動も、彼女と話していると「まあそんなこともあるか」と思えてしまうのだった。
俺はあまりにもそれが気持ち悪くて、正直に「お前、気持ち悪いな」と言ったらなぜか妙に懐かれてしまった。
「あは、
「やめろ姫路、懐くな。変人がうつるから俺にかかわるな」
それから時折俺は姫路に絡まれるようになった。
「草野せんぱい、暇ですか?」
「今煙草吸ってて忙しいんだけど。見たらわかるだろ」
「四つ葉のクローバー探しに行きましょう!」
「はぁ? 俺たちもう大学生だぞ」
ある日俺は、近所の原っぱで四つ葉のクローバー探しの手伝いをさせられた。
三十分ほど適当に探したふりをしていると、姫路が「あった!」と声をあげた。
「よかったな」
姫路は俺の方に駆け寄って、「せんぱい、プレゼントです」と四つ葉のクローバーを見せてきた。
「プレゼント? 俺に? なんで」
その問いかけを無視して姫路は俺の方に手を出した。
「せんぱい、ツイッター開いてください」
「なんでだよ」
しぶしぶ俺が画面を開くと、姫路はそのスマホを取って、俺のユーザーネーム『草』の後ろに🍀マークをくっつけて、『草🍀』にした。
「何が目的だ?」
「このほうが可愛いかなーって」
「そういうことじゃなく……」
そう言った時にはもう、姫路の手に四つ葉のクローバーはなかった。
「おいおい、クローバー、なくしたのか?」
「ん? いや、せんぱいのユーザーネームの後ろにつけましたよ」
「さっき見つけた葉っぱの話だよ、俺にプレゼントするっていうやつ」
「プレゼントならしたじゃないですか」
「いや、そうではなくて……せっかく見つけたんだから――」
姫路は先ほどの笑顔から一転して、興味なさそうに呟いた。
「見つけた四つ葉のクローバーに価値なんてあります? あれって見つからないからみんなが探すんですよ」
「…………お前、高嶺の花を射止めた瞬間興味なくすタイプか?」
「さあ。私を恋愛的に好きになってくれる人なんて今までいなかったので」
姫路は興味なさそうにそう呟いた。事実彼女は大学生になって三か月ほどたった今でも未だに恋人がいる様子はなかった。彼女はいろんなものに興味を持つくせに飽き性で、目的のものを手に入れた瞬間興味をなくす性格らしい。
見た目だけはいいが、性格上恋人を作るのは難しそうだった。まあ、俺も姫路を恋愛対象に見ることはない。
しかし俺は知っていた。
彼女のことを好いている人がいることを。
今年うちのサークルに入った、姫路と同い年の女子生徒、
稲荷は姫路にずっと片思いをしていて、時々俺に相談をしてきた。
「草野さんはどうやって姫路さんと仲良くなったんですか?」
「姫路さんが心を開いているの、草野さんだけですよ」
「わたしにも方法を教えてください」
「わたしも姫路さんと仲良くなって、できれば恋人になりたいんです」
稲荷は奥手でうぶなタイプだったので、飽き性の姫路とは絶対に付き合わないほうがいいと思っていたが、それをそのまま伝えると「草野さんって姫路さんのこと好きなんですか?」などというあらぬ誤解が広まってしまう可能性がある。
それを避けるために、俺は適度に相談に乗ってやっていた。
できれば早いとこ姫路を貰ってやってほしいな、そうしたら俺が絡まれる回数も減るだろう。
そんなことを思いながら、俺は先輩らしく時々姫路と稲荷を飯に連れて、仲良くなるチャンスを作ってやっていた。
それを活かしているところはついぞ一度も見なかったが。
――それを活かせるような恋愛強者だったら、きっとあんなことにはならなかっただろう。
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