第24話 マッシュルームの好きにはさせない

 猿山を超えてペンギン山……。

 氷山をイメージして作られたそこは、周囲に流れるプールが作られている。

 ペンギンたちが次々に階段を登り、高台から水へダイブしていく。


 おっ、一羽、水面で腹を打ったな。

 ダイビング失敗することってあるんだ……。


「迎田くん! エサをやろう! そろそろエサやりの時間だぞ!」


「おお、了解です!」


「瑠偉! エサやりだって! 一緒にエサをあげよ!」


「へいへい。女子はペンギンが好きだねえ」


 むっ!!

 向かってくるあちらのカップル!

 逆方向から移動してきていた、美来とマッシュルームではないか。


「ぐわっ」


 マッシュが俺を見て目を剥いた。

 俺も腕を振り上げたポーズで体を大きく見せて威嚇する。


「何やってるんだ迎田くん。あ、茸田くんか。奇遇だな」


「あ、ああ祐天寺さん。暑いね。大丈夫? 彼、気遣いできてる? これさ、女性も使える肌に優しい汗拭きシートが……」


 馴れ馴れしく接近してきたマッシュの前にスライドして挟み込まれる俺。


「いやあ、優しいなあマッシュ先輩、ありがとうございます! ちょうど汗が止まらなかったとこなんすよ」


「お、お前にあげるんじゃない!! やめろ! シートから手を離せ! うわあ、汗が流れ込む……!!」


「ぐへへへへ……!!」


「なんてやつだ! まるで俺の行動が読まれているかのようだ。こんなやつは初めてだ……。美来の言ってた情けない幼馴染と本当に同一人物か……?」


 俺はな、一度全てを失ったことで、生まれ変わったのだ!

 NTRの気配を感じれば鬼となる。

 マッシュ、貴様の墓標がこの動物園だ!!


『ハルキ! 怒りのメモリーだけでは美しいメモリーエネルギーは生まれない。バトル。そしてエンジョイだ! バトル&エンジョーイ!!』


 俺はハッとする。

 ダミアン、なんて至言を口にするんだ。

 全くその通りだ。


「先輩、エサをやりましょう、エサ!」


「ああ! やるぞ!」


 向こうでは美来が、「生魚さわれなーい」とかかわいこぶっている。

 マッシュが引きつった顔で生魚をつまんでペンギンに投げつけているではないか。


 いいかマッシュ、その女はな、一緒に釣りに行ったらイソメを鷲掴みして海にばらまき、食いに寄ってきた魚を網でゲットして鷲掴みにする女だぞ……!!

 猫を被っているのだ。


「俺が魚を投げ……」


「私がやる! そら、ペンギンたちよ! エサだぞ!」


 大変楽しそうに生魚を掴んで投げつけるなつみ先輩。

 ペンギンがナイスキャッチ。


「俺も続きますよ! せいっ!」


 あっ、また同じペンギンが!


「次は私が……あっ、あのペンギン上手いな……。他のペンギンが食べられないじゃないか」


 俺と先輩はムキになって、生魚を投げつけた。

 二人同時に投げると、キャッチが上手いペンギンが迷ってどちらもゲットできないことに気付いた。

 ここからは俺と先輩のチームプレーである。


 もらった魚が空っぽになった辺りで、俺たちは大変満たされた。


 生臭くなった指先を、動物園が用意してくれたアルコールティッシュで拭う。


「今のは良かったな。あのペンギンはきっと要領がいいのだろう。だが、なまじ他よりも賢かったために二兎を追うマネをしてしまった。他のペンギンたちは、近くにほうられる魚しかみていなかった。余計な賢さは不幸になるのかも知れないな」


 なんか寂しそうに言いますね。

 クラスで頭が良い者特有の疎外感を覚えているんだろうか。

 先輩、そこまでクラスで成績よくなかったって聞いてるけど。


『あれは浸っているのだ』


「言うなよダミアン! ほら、先輩がちょっと変な汗かきながらそっぽ向いたじゃん」


「む、迎田くん、ちょっと小腹が空かないか? 動物園の中に食事ができるところがあるらしい。一緒に行こう」


「あ、行きましょう行きましょう! 俺がエスコートしますよ……。動物園の地形はスマホにダウンロード済みなんで! じゃあマッシュ先輩! 美来! さようなら! さようなら!!」


 大声で叫びながら、俺は先輩の手を引いてペンギン園を離れていったのだった。

 最後に見たマッシュは、しょんぼりしながら腕をアルコールティッシュで拭いていたな。

 で、なぜか美来が睨んでいた。


 振ったはずの俺が夏休みと青春と新しい恋をエンジョイしている様が気に入らないか……?

 おかしい。

 俺は母の兄……つまり伯父の家に遊びに行った時にNTR作品の洗礼を受けた。

 そこで危うく脳を破壊されかけたのだが、その作品群では、主人公を振った女たちは皆、主人公に対して無関心みたいな感じになっていたような……。


『ミクからハルキへのメモリーエネルギーを感じるな。ハルキ。以前ダミアンに、人間は一度しか感情を変更できないと言っていたが、そうではないのかも知れない。人間は感情を決定せず、保留しながら表向きだけ変化させているのではないか?』


「ダミアンが深いことを言ってる!!」


「ダミアンは賢いロボットなんだな……。ああ迎田くん。食事は冷やしそばでいいかな? もう暑くて暑くて」


「そうしましょうそうしましょう」


 結局ダミアンの言葉を深堀りする暇などなく、俺と先輩は日陰になった売店に飛び込み、そこで冷やし蕎麦を買った。

 ネギときゅうりとハムが載ってる。

 冷やし中華じゃないんだぞ?


 だが冷たくて美味い。

 付け合せにコーラを飲んだ。

 先輩は冷茶を飲んでいる。


「カフェインが入った飲み物は水分補給に不適とネットで読んだけれど、でもカフェインは美味しいよね……」


 なんか言い訳してる!

 でも、そういうところも好きだなあと思う俺なのだった。

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