第7話 「な、なぁ……もしかしてハルカって犬嫌いなの?」
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家まで後もう少し…と迫った時、その叫び声は聞こえてきた。
「うえっ?」
俺は八の字に眉を歪めて間抜けな声を出した。
ソレは明らかに俺の家から聞こえてきて、明らかに俺の知っている人物の声だった。
ここで話を進める前に、ちょっと俺の家が建っている場所の説明をしようか。
て言うのも、俺の家は少し珍しい場所にあって、一応一軒家なんだけど……って言っても賃貸ね。昔々の一軒家だから安く借りれる賃貸ね……で、この家は道路からはすぐには確認出来ない場所に建っているんだ。
どんな場所かって言うと、地元の小学校の校門のすぐ真横に建つ"家と家の間の小道"……とも言えない小さな狭い狭い通路を通った所に建っているんだ。
道路からは、目の前の家と家との隙間を覗かないと俺の家は見えない。
いわゆる下町の住宅街だからこんな感じで、「空いた土地に無理矢理建てた」のか、それとも「昔からあった家の目の前に新たな家が建ってしまった」のか、理由は分からないが、入り組んだ場所に建っているのが俺の家だ。
地元からすると決して珍しくはない立地……つー事は他にもこんな家がいっぱいあるんだけど、宅配便を頼むと、よく「家の場所が分からないんですけど……」って電話が入ってドライバーさんを迎いに行くのも珍しくはない。
宅配なのに宅に届かないんだ……なんてね。
だからこの時も、叫び声だけが聞こえてきてどんな状況かは分からなかった。
ただ、その声には聞き覚え……というか、よく聞く声だから誰が叫んだのかはすぐに分かった。
だけど俺はその声を聞いただけでは
「あ、帰ってきたんだ」
くらいにしか思わなかった。
驚くのは当たり前だから、叫んだ事も特段重要視しなかった。
その声を聞いてすぐ、俺は自転車を降りて俺の家を目の前の家と家の間から覗き込んだ。
すると、俺の目に入ったの木造の茶色い扉が半開きになっているのと、その隙間から金髪に染められた長い髪がそよいでいる状況だった。
「あ、帰ってきた?」
俺はその金髪の主に向かって、聞こえるように大きな声で言った。
今思うと、俺は甘く見ていたんだな。
まさか、彼女があんなにもラッピーを怖がるなんて………思っていなかった。
だから俺は、彼女からの返答が無いことを気にもしないで、扉のすぐ横に自転車を停めた。
サッと前カゴからビニール袋に入った『元気なラピィー』を取ると、扉を手で引いて開いた。
その扉はいつもより少し重かった。
それもそのはず、どうやら彼女はこの扉に寄り掛かっていたみたいだ。
だって、俺が扉を開けると同時に、扉の動きと連動するかの様に彼女が背中から倒れてきたんだから。
「うわっ……とと!」
俺は慌てて彼女を受け止めた。
細身の彼女とはいえ、いきなりだったから受け止めた手がちょっとグキッといった。
「いてっ……な……なに?」
俺は両手の中の彼女の顔を覗いた。
その顔を見た瞬間、俺は思わず
「うわっ!」
っと声に出してしまった。
彼女のその顔はまるで、貞子に呪い殺されたんじゃないかと思う程に蒼白で、口はあんぐりと開かれ、唇は小刻みに震えていたんだもの。
「あわ……あわわわわわわわ……」
彼女は声にならない声を出していた。
「おい……大丈夫かよ。おい、ハルカ!!」
そう、彼女……彼女と親しみを持って呼んではいたが、『彼女』という名前の筈はなく、
彼女の名前は『ハルカ』だ。
そして、ハルカは俺の妻だ。
ハルカは俺の手にしがみついてきて
「あわ……あわわ……」
と何度も喘いだ。
「お……おい! どうした!」
俺がハルカを揺さぶると、ハルカは震える手で玄関にちょこんと座っているラッピーを指差した。
「ラ……ラッピーだよ! ほら、前から話してるだろ? 昔飼ってたビーグルのラッピー」
「ラ……ラッピー?」
「そ……そうだよ、ラッピーだよ!」
ハルカの異変に、気が付けば俺の声も震えていた。
だって、こんなハルカは初めてだ。
いつものハルカは、モデルの様に細い足を颯爽と組んでタバコをふかすハードボイルドな雰囲気の人。
そんなハルカが白目を剥いて震えてる。
異常だ、異常事態だ。
俺は「安心しろ」という意味で、ラッピーの存在をハルカに何度もアピールした。
「俺の可愛い可愛いラッピーだ!」って。
でも、その震えは治まるどころか増していった。
「ラッピー……ラッピー……」
「そうだよ! ラッピーだよ!」
俺はハルカを強引に家の中に入れると、玄関の先で横にならせた。
「水……水……」
「水、水な! 分かった!」
玄関のすぐ先に台所はある。
大股で一歩、二歩進んだ所の左手に、扉の無い入り口があって、そこだ。
俺は急いで台所に入ると、入り口の右手に置かれた食器棚からコップを一つ取って、食器棚とは反対側のシンクの蛇口を捻った。
思いっきり蛇口を捻ったからコップはすぐにいっぱいになって、溢れた水が俺の手を濡らした。
コップに水を注ぐと俺は台所から飛び出した。
ハルカの周りをラッピーがチャカチャカと足音鳴らして歩き回っていて、ハルカの匂いを嗅いでいるのが目に入った。
どうやらハルカの存在が気になるらしい。
それもそうだろう、ハルカと出会ったのは四年前、結婚したのはまだまだ去年だ、十年前に死んだラッピーにはハルカという女性は不思議でならないだろう。
でも、そのハルカ自身ははラッピーに匂いを嗅がれるのが嫌みたいだ。
足を嗅がれればハルカの足は天を舞い、
腕を嗅がれればキン肉マンの肉のカーテン、
髪や顔を嗅がれるとテニスの試合を見てる人みたいに動かして……
「な、なぁ……もしかしてハルカって犬嫌いなの?」
俺はハルカのすぐ横に膝立ちで座った。
すると、ハルカはシュバッと音を立てて起き上がり、俺を盾にするようにして素早い動きで俺の後ろに回った。
その目は怯えているのか、怒っているのか、とにかく、鋭い眼差しで、ちょこちょこ動き回るラッピーを睨んでいた。
「犬……嫌いなのか?」
俺はもう一度聞いた。
「あうぅぅぅぅ……」
ハルカはコクりと頷いて、それこそ犬みたいに唸った。
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