第57話 歯が立たない


「ちぃ!やるしかないか!」


アガスは剣を構え、奴の攻撃を受け流…


「だめや!二手に分かれて避けるんや!」


「フム」


その白き調停者の鉄拳が降り下され、地面に大きなクレーターができた。


それだけではない…



「ちぃ!アリサ、成長阻害魔法は使えるか!?」


「任せてください、ネバグロウ!」


できたクレーターからニョキニョキと生えてきた青の結晶が、彼らを捕まえようとしたがアリサの妨害魔法によりなんとか捕まる直前で阻止できた。


「邪魔やで!全く、とんでもないことしてくるんやなぁ!」


アガスに全力で蹴られ、青の結晶はバラバラに砕いた。その外見から、ただのパワータイプかと思っていたが…その判断は間違いだった、とアガスは心の中で自分の間違いを訂正した。



「ロックバースト!」


「アローレイン!」


「たああああ普通の斬撃!」


二つのスキルと一つの斬撃が白き調停者を襲う。しかし…


「ソノ程度デハ倒セヌノダ」


まるで鈍器のような白銀の手が矢の雨、岩の連撃、斬撃…それらを全て振り払う。


「ぐ…こ、こりゃなかなかやるわぁ」


アガスに低速落下の魔法が地面に激突する直前にかけられたのでなんとか致命傷は避けられた。致命傷は、避けられた。


「大丈夫…ではないな」


「いやいや、このくらい平気やよ。まだまだ行けるで?」


「全く、痩せ我慢をするな。——お前は昔から、一人で背負いすぎだ」


アガスは目を見開き、少し驚いた顔をした。


「なんやなんや、バレてたん?」


「お前の想定以上にバレてるし、お前の想定以上にお前は高く評価されているぞ」


ハリムはそうアガスに言った。アリサの方をちらりと見れば、いきなり目を逸らし始めた。


「いい機会だから言っておくが、お前だって【スキル】を持っている。ただ、自覚していないだけで」


「俺の持つ【スキル】やと?」


彼は困惑した。自分が把握できていないスキルなんてものがあるのか、と。確かに、ミナトだって自分が『魔物使い』のスキル持ちであることを自覚していなかった。だが、それは彼が異世界から来た人間であるからだ。


この世界の人間は、自分の持つ『スキル』を完璧に把握できている。他の人間の『スキル』は鑑定魔法という魔界の呪術を使わない限り、どんなスキルを持っているか知ることができない。


だが、アガスは違う。彼は、自分の持つ【スキル】を把握できていない。しかし、彼の周りの人間は自分の持つ【スキル】を把握できている…?


「なんや、全くわからんわ」


「オイ、ソロソロヨイカ」


「あー、すまんすまん。退屈やったか?」


「構ワヌ。ムシロ、歓迎スベキモノダ」


「…?」


冷静で頭の切れるハリムにその発言は少し引っかかた。だが、その発言の意味を考えるなんてそんな悠長なことはしていられない。


「来ますよ!そうだ…メガスロム!」


「ヌ」


アリサが白銀の怪物に対して唱えた魔法は、先ほどアガスにかけたものと同一。低速落下の魔法である。


「オモシロイ。スバラシイ判断」


「そりゃどうも!」


白銀の怪物にはあまり低速落下の魔法は効いていないようだ。しかし、前とは違い格段と避けやすくなった!


「ボタァ!」


再び、大きな大きなクレーターができる。だが…


「変やな」


何が変かというと…


「普通、あの怪物にアリサのデバフ魔法が効くか?いや、効かんやろ」


自分より格上のバケモノに対しては、デバフ魔法の効果はかなり薄い…常識だ。


「アリサも自慢の魔法使いやけど、あの怪物は間違いなくアリサを超過しとる。いや、これ自分たちには勝ち目がないって言ってるみたいで嫌なんやけど…」


一見少ししか効いていないように感じるかもしれない。だが…あまりにも、その魔法はあの怪物に効きすぎていた。


「低速落下の魔法も今でこそバフとして使われとるけど、本来はバフやなくてデバフや。バフだからめっちゃ効いとるってわけではないわな」


もちろん、白銀の怪物がデバフにめっぽう弱いという弱点を持っている可能性もある。むしろ、まともに考えるならその可能性が高い。だが…


「多分ちがう。ありゃ、手加減しとるわ。俗に言う、舐めプってやつやな?」


根拠はない。ただの勘だ。


「コレデドウダ?」


「ぐ…アロースマッシュ!」


「メテオブラスト!」


本来、必殺技として使うべきもの。もしくは、切り札として使うべきもの。今、ハリムとアリサが放ったスキルはそういうものだった。


だが、彼らは本能的に危険を感じたのか…その必殺技を放った反動を用いて、白銀の怪物の攻撃を避けるという暴挙に出たのだ。


否、それは百点満点の回答であった。暴挙などではない。


先ほどと同じように、巨大なクレーターができた。そしておまけとばかりに…

上から大量の結晶のつららが降り注いだ!


たとえなんとか白銀の怪物の攻撃を間一髪で避けれたとしても、つららまでは避けれなかった。


彼らは、九死に一生を得たのである。


「まあ、もうひとつデカい方の九死に一生を得るなきゃいけないんやけどな?」


九死に一生とは、助かる見込みのない命がかろうじて助かる…という意味である。

今のアガスたちはまだ「助かる見込みのない命」なのだ。ここからもう一つ、「九死に一生」を得なければならない。


「10%×10%やから100%の確率で助かる…ってのはいくらなんでも傲慢すぎるわな」


白銀の怪物。赤髪の剣士はもはやソレと出会った時点で、既に自分の命はもう諦めていた。

自分の命を犠牲にしてもいいから、なんとか仲間たちを助けれることはできないか。

彼は既に、自分の命を諦めていた。


絶対強者とちっぽけな勇気ある者たちの戦いは、まだ続く。

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