それは、誤解なんだ

「えぇっ・・・?」

僕は愕然とした表情で聞きかえした。


「だって、そうなんでしょう・・・?」

彼女の親友が呆れた顔で言った。


「あなた・・二股かけているって・・・」

確信をもった表情は僕を追い詰めようと、ずるく歪んでいる。


「ど、どうして・・・?」

信じられない言葉に声を詰まらせていた。


僕が彼女以外の女性と付き合っている。

そんな噂が流れていたらしい。


そんな筈はないことは。

モテないことには世界一、確信を持てる僕は断言できました。


付き合ったのは彼女が初めてだったのだから。


「あの子・・午後には旅立つみたいよ・・・」

あくまでも僕が悪人だと信じ切る彼女の親友が言った。


「田舎の祖父母の家に、暫らく帰って来ないって・・・」

女を手玉に取る軽薄男を退治する快感に気分が高揚している。


「そぅ・・あなたみたいな奴を忘れるために・・・」

言葉が終わらないうちに僕は走った。


今、午前11時。

あと一時間で彼女は家を出る。


時は昭和の時代。

携帯電話も無い。


彼女の家まで電車では間に合わない。


残る手段は。

公衆電話しかなかった。


僕は必死に走って。

大学構内にある学生食堂のピンク電話に駆け寄った。


「はぁっ・・はぁっ・・・」

息を切らせるほどに走って辿りついたけど。


「あぁ・・・?」

僕は悲痛な声を漏らした。


ズボンのポケットにあったのは。

定期券だけだった。


今日は午前中だけの講義で。

昼食はアパートで残り物を食べればいいと。


常時、金欠だった僕は。

財布を持たずに来たのだ。


「ど、どうしよう・・・?」

途方にくれた僕は周囲を見渡した。


もしかしたら。

クラスメイトや友人が見つかるかもしれない。


だけど。

必死に探す僕をあざ笑うかのように。


誰も。

僕の視界の中には現れなかったのでした。


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