ミステリーの始まりは彼女の転生魔法

悠作

第1話

 プロローグ


 桃色のガーベラは床に散り、ゆっくり朱へと染まっていく。


 貫かれた胸は激しい痛みを伴い、横たわる体の指先からはすでに消失が始まっている。


 顔を上げ対話を試みようと口を動かすが、掠れたような音が漏れるだけ。


 頭上から聞こえてくる声も、混濁してきた意識の中ではただの音としか認識出来ない。


 周囲を見渡す時、その中心地には必ず自分が立っている。


 自分が他人を見ているように、他人もまた自分を見ている。


 そんなことに今更気付く僕は生徒会長失格なのかもしれない。



 この世界の僕、掛橋渉かけはしわたるという存在はもうじき消える。


────

第1話


『いよいよだな、掛橋! 心の準備は出来たか?』


『そんなの必要ないだろ。本当の告白じゃあるまいし』


『とか言って、これでオッケー貰えたらラッキーとか思ってるんだろ? 格好つけなくていいって』


『いや、お前に格好つける必要なんてないだろ』


『てことは誰に格好つけるんだ? あ、まさか桃乃ももの──』


『切るぞ』


『ま、待て待て! 冗談だって。罰ゲームは何がなんでも遂行するっていうのが俺たちの間での絶対ルールだろ? ちょっと俺もワクワクしてるんだよ』


『はぁ。今までで一番しんどい罰ゲームだな。とりあえず通話状態のままにしておけばいいか?』


『おう、よろしく頼む! 後で残念会やろうぜ!』



「失敗する前提かよ。まあ、俺にもそうなる未来しか見えないけど」

 電話口の風野宮かぜのみやに聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で自虐しながら、制服の胸ポケットに通話中のスマホを仕込む。

 寮の屋上で一人佇む俺の心には、澄み渡る青空とは対照的に仄暗い感情が渦巻いている。これは五月病ではないか、と時期的にも一瞬考えたが、俺は新社会人でもなければ新入生でもない。

 そこまで心情に大きな変化なんてない、ただの高校二年生だ。


 全寮制の名門高校に進学し、親元から離れたことで勉強は次第に疎かになり、気付けば友達の風野宮と毎日くだらない勝負や罰ゲームをして過ごす日々。

 この生活は俺にとって心地いいものだが、今回ばかりは違う。

 人に告白するのは初めてだし、ましてやそれが嘘の告白で罰ゲームだなんて、自分にも相手にも後ろめたい気持ちだ。後で謝罪をしても許して貰えないだろう。そんなことを考えていると、刻一刻と迫る告白がリアルに感じられ緊張感が増してきた。

 風野宮の言う通り、心の準備はしておいた方がいいかもしれないな。

 数分後に屋上にやってくる人物は、この学校の生徒会長、桃乃もものさんご。高校入学から二年連続で同じクラスだが、まともに話したことは一度もない。天真爛漫で愛嬌があり、ファンが多いことで有名だ。

 人選でそこをチョイスしてくるあたりに風野宮の小賢しさを感じる。

 一ヶ月前から生徒会長を務めている、ぐらいしか桃乃の個人的な情報を持っていない俺は仕方なく告白の予行練習を頭の中で始めた。


『今日は天気がいいな。どうだ、俺と付き合ってみないか?』

『生徒会長大変みたいだな。好きです、付き合ってください』

『俺は掛橋渉、お前のクラスメイトだ。つまり、俺と付き合って欲しい』


 文脈は崩壊しているが、俺の持つ情報量ではこの程度が限界だ。

 本当の告白ではないし、内容はどうだっていい。

 桃乃が入ってくるであろう屋上の扉を見つめる。数十年の歴史がある学校と寮は、所々に錆や細かなひび割れがある。

 趣があるという見方も出来るが、ただの古い建物というのが率直な感想だ。


「風野宮、後で盛大に笑ってくれ」


 胸ポケットにそう語りかけ、意を決し襟を正した。

 途端、脳に電気が走ったような衝撃を受け、俺は意識を失った。




目を覚ますと、俺は変わらず屋上にいた。


「痛っ」


 意識を失いそのまま倒れたせいか、頭を打ったようだ。体を起こし、周囲を見渡すとさっきまでの晴れ模様とは一転し、空は曇っていた。過度なストレスで突発的な頭痛でも起きたのだろうか。俺はどれくらい意識を失っていたのか確認するため、スマホを取り出した。時間は三十分程度しか経っていないが、圏外の表示になっている。周りを自然に囲まれた田舎の学校ではあるが、今まで圏外になったことは一度もない。もしかすると倒れた際にスマホが壊れたのかもしれない。だとすると、これはこれで最悪な罰ゲームだ。

 それに何の連絡もなく電話が切れたというのに、風野宮は俺の様子を確認しにすら来ていない。

 次の勝負に勝った時、あいつにどんな罰ゲームを下してやろうか。


「すみません、遅れました!」


 声がした方向へ振り返ると、息を切らした様子の桃乃が屋上の扉を開けて立っていた。

 肩の辺りまで伸びた淡いピンク色の髪を揺らしながらこちらへ小走りしてくる。近くで改めて見ると、朝ドラのヒロインのような清楚で可憐な顔をしている。きっと俺以外の大勢の男子からすでに告白されているに違いない。呼び出されたことに少しの不信感も抱いていない様子が気になるが、それより俺は桃乃の服装を不思議に思った。


「えっと……忙しいのに呼び出して悪い。それより、その格好はどうしたんだ?」


 ここ修楠学院高等学校の制服は白シャツに黒ブレザー、チャコールグレーに白線が入ったチェックのスラックスだ。女子もデザインは同じで違うのはスカートを履いているという点のみ。目の前にいる桃乃は白シャツ、無地の黒スカートという装いにベージュのマントのようなものを羽織っていた。


「私の格好ですか? それを言うなら会長ですよ。可愛い格好されてますね」

「可愛い格好? ただの制服だけど……どこか変な所でもあるのか?」


 倒れている間に風野宮が俺の制服にお茶目なアップリケでも付けたのかと僅かに思い、慌てて自分の制服を確認するが、おかしな点は特にない。


「もしかして錯視魔法の練習ですか?」

「……ん? 悪い、よく聞こえなかった」


 聞き馴染みのない言葉を聞き返すと、何故か桃乃は自分の右手をスカートにすっと沿わせた。その薬指にはシルバーの指輪がはめられている。


「オプティアーラ」

「……は?」

「私のスカートも同じような柄になりましたか?」


 スカートを少しばかり摘んで持ち上げ、桃乃は上品に微笑んだ。

 どうですか、と言われても数秒前と何も変わっていない。急に変な横文字を唱えたり、マントをつけて屋上に現れたりと桃乃は意外と変わり者なのかもしれない。いや、生徒会長が激務でその疲労からこうなっているとも考えられる。


「その、なんというか……生徒会長は大変なんだな」

「ん、珍しいですね。会長が弱音を吐くなんて」


 会話が噛み合っていない。

 先程も一度、俺のことを会長と呼んでいたが、ここまで来ると告白以前に桃乃の身が心配になってきた。


「いや生徒会長は桃乃、お前だろ? さっきから何を言ってるんだよ」

「あの……本当に今日はどうされたんですか? いつもと雰囲気が違いますし、私は会長ではなく生徒会副会長ですよ。会長こそ何を勘違いされているんですか?」


 桃乃は不思議そうな顔で俺から少し距離を取る。


「……そういうことか。風野宮とグルだな? 二人して俺に何か仕掛けてるんだろ?」


 展開はよく分からないが、逆ドッキリ的なやつだろう。

 向かい合って話すのは初めてだというのに、妙に馴れ馴れしい態度を取ってくるのも風野宮の策ということなら納得がいく。


「待って下さい。指輪はどうされたんですか?」


 危機迫るような表情で桃乃は俺の右手を取った。

 迫真の演技だが、これは一体どういう設定なのだろうか。

 いや、考えるだけ無駄だな。あいつのことだ、訳の分からない脚本を書いたに違いない。


「指輪は勿論、俺はネックレスもブレスレットもしない。シンプルイズベストだ」

「──もしかして。いや、でもそんな……」


 俺の回答はそっちのけで、桃乃は狼狽する演技を続けている。

 これ以上付き合っても時間の無駄だ。告白をするような雰囲気でもないし、俺の罰ゲームはそろそろ終わりにさせてもらおう。


「じゃあ俺は戻るから。逆ドッキリ残念だったな、って風野宮に伝えておいて」

「ちょっと私と一緒に来て下さい!」

「いや、もういいだろ……っておい!」


 握られていた右手を離そうとすると、そのまま走り出した桃乃に体ごと引っ張られる。


「おい、これ何の設定だよ。桃乃も何でそこまで必死なんだよ」


 桃乃は前を向いたまま返事もせず、屋上の扉を思い切り開け、俺の手を握ったまま階段を駆け下りていく。


「わ、分かった! ついていくから手を離してくれ。流石に階段は危ない」


 何を話しても依然として桃乃は手を離さず、握る力がより一層強くなる。仕方なく流れに身を任せることにした俺は、一緒に寮の階段を駆け下りていく。

 途中、廊下で談笑している様子の生徒を数名視界の隅に捉えた。

 今日は寮でコスプレパーティーでも行われているのだろうか。

 その生徒達は全員桃乃と同じ服を着ていた。

 


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