ささくれと彼女を見ると思い出すこと
夜野十字
休日のひととき
とある休みの日、僕――新太郎の彼女であり幼なじみの明日香の家にて、プチ騒動が発生していた。
「うわああああああん!」
遊びに来ていた明日香の姪っ子が、指のささくれを引っ張ってしまい、血が出てきてしまったのだ。
そこで水が染みないようにと明日香が液体絆創膏を塗ろうとしているのだが――。
「ほら、大丈夫だから。ちょっとだけ我慢して、ね?」
「いや!」
泣き叫ぶ姪っ子をあやしながら、明日香が必死に奮闘する。が、少し塗っただけで姪っ子は駄々をこねてしまい、一向に埒が明かない。
そんな光景を僕は、明日香のお母さんとともに微笑ましげな笑みを浮かべて見守っている。
現在、こんな状況であった。
「明日香も大変だなぁ」
「もう! 他人事だと思ってのんきに……!」
明日香が怒ったように頬をふくらませる。本心からの言葉だったのだが、かえって逆効果だったようだ。でもまあ、怒った明日香も可愛いから良しとしよう。
「それにしても、懐かしいな」
「なにが?」
明日香と姪っ子のやりとりを見て、懐かしい記憶を思い返していた僕は、思わずそう呟いた。
明日香が不思議そうな顔をしてこちらを振り向く。
昔話をするようなノリで、僕は思い出したことを話し始めた。
「いや、昔の明日香もこの子みたいだったなぁ、と思って」
「え? ……ソンナコトナイヨ」
途中から急にカタコトになる明日香。おそらく僕の言葉を聞いて恥ずかしい黒歴史を思い出したのだろう。
本人はどうやら掘り返してほしくないようだが……。必死に否定してくる姿があまりにも可愛いので、僕は少しだけ、意地悪をしてみることにした。
「そんなこと、あったよ。あれは確か、幼稚園のことだったかな」
「あ、いや」
慌てて明日香が止めようとするも、言葉にならない。
そうこうしているうちにも、僕は明日香の黒歴史を紡いでいく。
「明日香がささくれを引っ張ちゃって、お母さんが液体絆創膏を塗ろうとしたけど、そしたら明日香、大泣きしちゃって」
「や、あ」
明日香の顔が真っ赤に染まる。その様子を見て、まあこのくらいにしておくかと、僕は話を締めようとする。
だが、
「そんな明日香を、新太郎くんが頭をなでなでしながら泣き止ませようとしてたわねぇ。懐かしいわぁ」
「お、おかあさぁあん!」
なんと一連の会話を聞いていた明日香母が、僕の代わりに話を続けたのだった。
突如会話に割り込んできた明日香母が、明日香史上最大の黒歴史を笑顔で暴露する。赤面を通り越して涙目の明日香が止めようとするも、時すでに遅しだった。
「忘れて! お願い、お願いだからぁ……!」
「なーに言ってるのよ明日香。微笑ましい思い出じゃない」
「じゃあせめて口外はしないで……」
「お母さん、ナイスでした」
「でしょう」
「もう、二人とも!」
やいのやいのと仲睦まじげな言い合いを続けていると、ほっと心が温まる。とにかく明日香が可愛い。明日香には悪いが、こんな幸運に巡り会えるとは思っても見なかったので、明日香母には感謝しかなかった。
だけど、信じられないことに、事はまだ、まだ終わっていなかったのだった。
「おねーちゃんたち、らぶらぶだね!」
突如として、姪っ子がそう叫ぶ。これに関しては完全に予想外の方向からのパスで、一瞬固まってしまった。
「……そうねぇ、確かにラブラブね」
「う、うわああぁぁぁ」
明日香母がポツリと、満面の笑みを浮かべて言い放った言葉で、明日香はついにオーバーヒートしてしまった。
茹で上がりのように真っ赤な顔を抱えて、明日香がうずくまる。その姿はもう、可愛すぎて筆舌に尽くしがたいものだった。
……かくいう僕も姪っ子の言葉を聞いて、頬がかぁと熱くなるのを感じていたのだが。
ささくれと彼女を見ると思い出すこと 夜野十字 @hoshikuzu_writer
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