創作落語【粗忽SNS】

鮎河蛍石

原案・粗忽長屋

【枕】


お足元の悪いなかお集まりいただきやして、まっことありがとうごぜえます。

えっ?

これは配信ネットライブだから、天気なんざ関係ないって?

こりゃ失敬失敬。そそっかしいから、いけねえや。へへ。


粗忽そこつSNSってそそっかしい奴が出てくる落語がありましてね。



「こいつは良く燃えてんね」


「えらく熱心にスマホ見てるじゃないか。あんた何見てんだい?」


「切り抜きだよ」


はさみも無いのに、何をどう切り抜くってんだい?」


「バカ言っちゃいけねえよあんた、切り抜き動画だよ」


「動画なんて切り抜いたもんの何が面白いんだい?」


「そらおめえ時勢やら、流行りやらをパパっとさらうことができんだよ。コスパがいいんだコスパが」


「へえ。ところでどんな話題が切り抜かれてるんだい?」


「これだよこれ。人種差別にはじまって陰謀論ときた、おまけに食い物まで粗末にして、挙句に畜生をなぶって、最後に死人が出たって寸法よ。こいつはいけねえ……あんたも酷いと思わないかい?」


ひでえもんだな……全くふてえ野郎だ! こんな事しやがるのは、どこのどいつでえ!?」


「それがな、この切り抜きは、暴露系インフルエンサーがライブ配信で晒したもんでな。困ったことに炎上野郎のツイッターのIDが隠れてやがって、誰だか皆目見当がつきゃしない。ちょろっとボカシから何かのアニメのアイコンが、はみ出てやがるが……」


「おい! これは……熊公じゃねえか!?」


「アイコンのキャラクターがかい?」


「ちげえよ。このアイコンは熊が使ってる奴だ。そうにちげえねえ。あのバカ野郎なにしてやがんでえ……なさけねえ……」


「なんであんた、このアイコンが熊って人だと、わかるんでえ?」


「このアイコンはね。馬鹿みたいに人気があるアイドルアニメの熊公が気に入ってるファーストシーズンでもって、熊公が推してるキャラのアイコンときたもんだ。これは熊公のアカウントにちがいねえ!」


「アイコンだけで、その熊って奴だと決めるつけるのは、早合点ってもんじゃないのかい?」


「こりゃ昔アニメの公式アカウントが配布していたアイコンなんだよ。キャプションの切り抜きじゃあねえよ。熊公ほどネットリテラシーがしっかりした奴俺は知らねえ。それにだ熊公の奴、このアイコンに変えた時言ってたんだよ。『このキャラはあんまり人気が無いから。積極的に推していかねえとライブだの声優ラジオだので演者の扱いが悪くなっちまう』って」


「そりゃおめえおかしいよ。そんな優しいオタクがこんな燃え方するってのかい?」


、いつ燃えるかわかんねえんだろうが」


「滅多なことを言うんじゃないよ。ここだけ切り抜かれたら、えらいことになるだろ。肝っ玉にヒヤッときちまったじゃねえか……まったく。おっと新しい情報だ」


「何でえ? 新しい情報たぁ」


「特定だよ特定。どうやらこのアカウントみてえだな。ちっきしょう鍵をかけてやがる。ふてえ野郎だな」


「鍵がかかってると何か都合が悪いのかい?」


「あんたそんなことも知らねえのかい? いいかい鍵って言うのは、かけちまうとフォロワー以外から、ツイートが見られなくなるんだよ」


「じゃあ何もわからねえじゃねえか」


「IDだけならわかるよ」


「見してみな。かぁ……コイツは熊公のIDじゃないな」


「おめえの連れじゃなかったのかい? 良かったじゃねえか」


「いんや、まだわからねえ。裏垢かもしれねえ」


「鍵垢は知らないのに裏垢は知ってんのかい? あんた妙に知識が偏ってんねえ」


「オタクってのはそういうもんだろ。それにだ。このアイコンは熊公しか使ってる奴を見たことがねえ。因縁話だが……このキャラクターの声優が、どでかいヘマをして……ありゃ詐欺の類だったかな……いや盗みだったか……はたまた強盗たたきだったか……はっきり思い出せねえが。なにはともあれ熊公の推しキャラクターは、シリーズから抹消されちまったのさ」


「そりゃ誰も、そのアイコンに使いたかねえな」


「そういうこったよ。そんな厄介者を未練がましく、アイコンにしてるのは熊公だけだよ。あいつのことが心配だ……ちょいと様子見てくるよ」


 ■ ■ ■ ■


「おい熊公! あけろってんだ熊公!」


「この声は八公だな。あの野郎、隣の部屋、尋ねてやがるのか?」


「おい熊! 死んじまったのか熊! インターネットに殺されちまったのか熊!」


「近所迷惑だろうが八公よ。いったいぜんたい、どうしたってんだい?」


「なんでえ熊公。おめえどっから出てきやがるんだい!?」


「おめえが叩いてるその扉はな、隣の事故物件のだよ! 俺の部屋はこっちだ八」


「そんなこたどうでもいいんだよ! おめえが炎上してんだよ!」


「何が燃えてるって? おらぁ煙草を辞めたばっかりだぞ。料理もしねえし。オール電化のこの部屋に火のもとなんてねえよ」


「ちげえよ火事は火事でもインターネットだインターネット! SNSでお前が晒されてんだよ!」


「なんだって!?」


「いいからこいつを見てみろよ!」


「俺しか使ってねえアニメアイコンじゃねえか。あの声優は赦せねえ……でもこのキャラは俺のお気に入りなんだ! 推しなんだよ! ホームページからも! 有志の作ったwikiからも消されちまったこのキャラをみんな忘れちまったら……推しが浮かばれねえじゃねえか……」


「そうだよ公式ページからも消されたおめえの推しのアイコンだよ!」


「でも俺のアカウントと、熊公がいう炎上垢アカウントとIDが違うじゃねえか」


「おめえの裏垢じゃないのかい?」


「そんなけったいなもん俺にはいらねえよ!」


「じゃあこのけったいなアイコンは、なんだってんだよ!」


「知らねえよ! ちょっと待て八……あの声優の配信だ」


「おめえさっき赦せねえって言ってた女のふわっちの配信じゃねえか!?」


「うるせえ! 複雑な感情なんだよ! ん……なんだ泣いて……やがるな」


『この度、不適切なツイートで炎上した件ですが』


「八公よお……」


「なんだい熊?」


「推しを演じた声優は悪党だが。消されちまった推しに罪あるだろうか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

創作落語【粗忽SNS】 鮎河蛍石 @aomisora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ