第4話「獣人の女の子」

 武嵐ぶらん泰次やすじです。


 私立ライラック学園。それが俺の入学する学校の名前だ。


 都内の一等地に立つ中高一貫校で、生徒は基本お金持ちの子息と息女だ。


 勿論、俺もその一人。武嵐家のボンボンである。


 クラス分けの後、俺は無難にクラスメイトの前での挨拶を済ませた。


 そしてクラスのオリエンテーションが始まる。


 最悪なのは、武嵐家の人間と言う事で珍しがられ、お家の件で絡まれた事だ。


「ねえねえ、武嵐君ってあの武嵐家の人間だよね? ”獣師”の専門学校には行かなかったの?」


 来た。一番うざい質問。普通は色々と察して控えるだろ、そう言う質問。


 俺は尋ねて来たクラスメイトの女子に出来るだけ何とも思っていない風を装って答える。


「”獣師”に向いてないから普通科の学校に入ったんだ。別に武嵐家の人間だからって全員がそっちの道に進む訳でもないし」


 俺がそう答えると女子は「へえー」と微妙な反応をした。


 すると____


「ちょっと耳にしたんだけど、武嵐君ってあの武嵐紗良の双子のお兄さんなんだよね?」


 前言撤回。本当に一番うざい質問が来た。これを超える不快な質問はないと思います。


「サラは俺の双子の妹です」


 むすっとした表情で答える。しかし、そんな俺の機嫌など気にも留めず、クラスメイト達ははしゃぎ始めた。


「へえ、そうなんだ!」

「すげえ! 武嵐紗良って、九輪祭でいくつかの金メダルが有望視されてる天才じゃん!」

「ねえねえ、武嵐君! 妹さんのサイン貰って来てよ」


 俺も大人なので(中学生です)、さすがにキレ散らかすような事はしなかった。


 ただ、この一件で俺はクラスメイト達に嫌悪感を抱き、彼らとは距離を取るようになる。


 つまり、中学生活は最悪な滑り出しとなったのだ。


 昼食時、俺は食堂には行かずにどこか静かな場所で購買部のパンを食べる事にする。


「初っ端からボッチ飯とか……とほほー」


 ちゃんと友達作らないとな。


 ライラック学園は人脈形成において、これ以上ない場所だ。将来の事を見据えて、上辺だけでも友人関係を構築するべきだろう。


 となれば、オリエンテーションでの俺の言動は悪手の中の悪手と言える。


 意地なんて張らずに、妹の知名度を利用して皆と仲良くなるべきだった。


「でも、嫌なもんは嫌だよな。俺、中学生だぜえ。損得勘定だけで動けねえ馬鹿だからよお」


 そんなアホっぽい独り言を呟きつつ、校内を散策していると____


「ん?」


 目の前に忙しなく辺りをきょろきょろと見回している人物を発見する。


 背が小さい女の子で、セーラー服のスカーフの色から俺と同じ新入生である事が分かる。やけに白い肌をしていて、顔立ちから白人のような雰囲気を感じるが、それよりも目を引くのは____彼女の長い獣耳と尻尾だった。


 つまり、少女は獣人だった。


 まあ、別に普通科の学校にも獣人はいるので、驚くような事ではないのだが。


 ただ、今の俺は彼女達に対し少々敏感になっていた。


 同年代の獣人の女の子を見ると、どうしても紗良の事が頭に過る。


 ……苛々してしまう。


「いかんいかんいかん……これはセリアンスロプフォビア(獣人嫌悪)の傾向ですね。専門家曰く誠に不味い傾向である」


 だから、俺は敢えて女の子に声を掛ける事にした。


 内なる邪悪と戦うためと言った所か。


「きょろきょろとしているようだけど、何か困り事か?」


「……!」


 俺が声を掛けると、女の子はびくっと背筋を伸ばし、獣耳をバタバタとさせる。


 ビビられたか? それとも、ナンパだと思われて警戒されてる?


「……あ、えーと……同じ新入生だよね?」


「……は、はい」


「何か困ってるのかなーって思って声を掛けたんだけど……迷惑だったらごめん。じゃ、俺は行くから!」


 俺は早々に戦線離脱を試みる。本当は特別喋りかけたかった訳ではなかったので、ここはおさらばと行こう。


 しかし____


「ま、待って下さい!」


「うわっ!?」


 強い力で腕を引っ張られる。俺は思わずその場で尻もちをついた。


「はうぅ! ご、ごめんなさいごめんなさい!! わ、私……あの……! わ、わざとじゃ……わざと……じゃ……うぅ……うう……」


「え?」


 女の子は涙目になり、今にも泣きだしそうな様子だった。


 俺は慌てて立ち上がり、女の子をなだめる。


「大丈夫だから。怒ってないよ。痛くも無いし」


「……うぅ……怖がらせて……しまいませんでしたか……?」


「全然。平気平気!」


 俺はぎこちないながらも笑顔を作って、女の子の頭を撫でてやる。それは紗良によくやっていた癖のような習慣のようなものだった。


 だから、ふと我に返って、見ず知らずの男子に頭を撫でられると言う体験に対する女子の気持ちを考え、すぐに手を引っ込めようとしたのだが____


「ふわぁ……えへへ」


 女の子が予想に反し、頭なでなでを気持ち良さそうに受け入れてくれたので、しばらく続けて上げる事にした。


「あ、えと……ごめんなさい! お騒がせして! お陰で落ち着きました」


 女の子はぺこりと頭を下げる。


 まあ、それは良いとして。


「ところで何か困り事があるんじゃないか?」


 俺を引きとめようとしたのも、それが理由の筈だ。


 女の子は「は、はい」と慌てて口を開く。


「その……食堂の位置が分からなくて……それと購買部の場所も……」


「……ああ、なんだ」


 まあ、食堂も購買部も本棟とは別の位置にあるので、仕方がないと言えば仕方がない。


「地図を見れば良いだろ? それにほら、矢印付きの案内板も至る所にあるし」


 俺はそう言って、やや目線の上にある食堂の位置を示す案内板を指差した。


 だが、女の子は申し訳なさそうに首を横に振る。


「ごめんなさい……漢字読めないです。平仮名と片仮名は覚えましたけど」


「あ……そう、ごめん」


 どうやら見た目通り、外国人のようだった。ならば、仕方がな____


「いや、でも英語も併記してあるじゃん。下に小さく書いてるよ。”cafeteria”って」


「ごめんなさい……英語分からないです。アルファベットも半分くらいしか覚えていません」


「あ……そう、ごめん」


 ……WTF(くそったれ)!


 これは配慮が足りていなかったか。外国人なら英語ぐらい読めるだろうと勝手に思い込んでいた俺の落ち度だ。


「じゃあ、俺が食堂まで案内するよ」


 お詫びも兼ねて、そう提案する。


 すると、女の子はぱあっと顔を輝かせた。


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「良いって良いって」


「えへへ……うれしいなあ……」


「ついでに良かったら一緒に昼食でも食べるか?」


「ええっ!? い、良いんですか!? う、うれしい……うれしい……うれしくて……うぅ……!」


 げ、泣いてるじゃん。


 こんなに喜ばれるとこっちが申し訳なくなってくる。


 俺だって、とほほーとか言いながらボッチ飯を食べようとしていた身なのに。


 あ、そうだ。


「俺、一年一組の武嵐泰次。そっちの名前は? あ、それと、どこの国の出身なの?」


 道すがら女の子に尋ねる。


 返って来た答えは____


「あ、隣のクラスですね! わ、私は一年二組の米澤よねざわエヴドキヤです。東ロシア……えーと、ソビエト連邦の出身です」

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