聖光短編集

木春

短編その一

 何かが、誰かが動く音がする。ぼんやりした頭で近くに誰かが居るのを感じ取った私はゆっくり目を開く。空はもうすっかり日が暮れて、橙と紫の落ち着いた色彩で眠りに落ちかけていた。どうやら私は寝落ちてしまっていたらしい。小机に突っ伏して居たようだから頬っぺたがじんじんする。ゆっくり身体を起こそうとすると、その側にいた誰かの声が耳元で聞こえた。

「あれ?起こしちゃった?」

 安心するこの声の主は、間違いなく我が夫。考えてみればそれもそうだ。私の自室に私の許可なく入ってこれる人なんて、我が夫以外には居ない。彼は私の頬に触れてそっと一撫でした。薄暗くてよく見えないけれど、微笑んでいるのが分かる。

「はは、跡がついちゃってるよ?こんな所で寝てるから、もう」

「ごめんなさい……私いつの間にか、寝てたみたい」

「経でも写してたのかい?」

「えぇ」

「そっかぁ。まぁ、今日はもう、身体が疲れちゃってるんだよ。さぁ、寝よう」

 彼はそう言うと私の両手を彼の首の後ろに導いて離さないようにと言った。寝惚けていたから言う通りに彼を抱き寄せると、彼は嬉しそうに笑って私の背と足に両腕を添えて、ゆっくり身体を持ち上げた。危ないわ、と私が言うと、しっかり捕まっていてくれたら大丈夫だよ、と返される。彼の温もりと揺れが心地よくて、彼の匂いが愛おしくて、安心していたらまた眠気がやってきた。

「いいよ。ゆっくりおやすみ」

 眠る前の朧気な意識のまま彼のやさしい声を聞いて、また私は眠りに落ちていった。



 太陽の光を目に受けてパッと目を覚ますと、目の前には昨日の装束のままの夫が口を開けて寝ている。私も自分の格好をよく見ると昨日の装束のままだ。髪飾りは、外されていたけれど。なんだかとっても素敵な夢を見たなぁと思っていたら、どうやら夢では無かったらしい。

「あなた、起きて」

 ゆっくり彼の肩を揺すると彼は間の抜けた声を出してゆっくり目を開けた。

「あぁ、もう朝?」

「えぇ。朝よ」

「もうちょっと、寝てたい……」

 また私と彼の胸と胸がくっつく。あぁ、幸せ………なんて思っていたらいつまで経っても起きられないから仕方無く彼の鼻を摘んで無理やり起こそうとすると、んが!とかいう変な音を出してもぉ〜と不満そうな目で私を見る。

「ほら、着替えないと」

「あぁ、そっか。昨日は、そのままで」

「ありがとう。連れてきて、寝かせてくれたのね」

「えへへ、うん、可愛かったよ、きみ」

「はいはい」

「………やっぱりもうちょっと寝てたいなぁ」

「もう、だーめ!」

「いいじゃない」

「あなた……。もう!仕方ないんだから」

 私も欲に負けて、また彼の胸に戻ってしまった。ふふふ、こんなふうにしてくれるなら、また自室で寝落ちるのも悪くは無いかもしれないわね。

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