魔怪機構と落ちこぼれ天使の破怪活動
夜々予肆
氷の島の吸血鬼
第1話
足元は泥だか土だか何だかでよくわからないものでぬかるんでおり、空気は不気味な程に澄んでいて、呼吸する度雨で濡れた草木の匂いが鼻腔を冷やす。
静かにそよぐ潮風は全身をこわばらせ、
深夜2時、俺はそんな半ば心霊スポットと化している――否、実際にそうなっている、本土から遠く離れた辺鄙な離島の更にまた辺鄙な場所に位置している竹林へとやってきていた。暗闇に四方を包まれ、右手に握った懐中電灯の光を頼りに道なき道を歩いていると、どんな名前かもわからない植物が俺の顔を湿った葉ではたいてきた。それを俺は反射的に掴み取ると、そのまま力任せに引きちぎった。
「ムリムちゃんの配信、見たかったな……本当に見たかったなああああああああ!!」
どうせ他に誰もいないしたまにはいいだろと感情任せに発した俺の叫びが林冠を突き抜け、やたらと星が綺麗に見える空へと響いた。にしても空だけはめちゃくちゃ絶景である。こうして無数に瞬く星々を見ていると地球というちっぽけな球体の中で生きている俺という存在なんて塵のひとつにすぎないのではとつくづく思う。
だからちょっとくらい職務放棄しても良いのではないかという考えが一瞬だけ脳裏をよぎったが何とか見送った。所詮塵なら塵でせめて電波の届く場所だけを漂って生き永らえさせてほしい。つーか靴下濡れてるし。こういう場所に行かされるのは本当にやめて欲しいのに一向にやめてくれる気配がない。現実は非情だ。
「ほんっとにさぁ、俺がやらなきゃダメなのはわかるけど唯一の楽しみまでも奪わ――」
俺をこんなところに飛ばした張本人である
「おい! 危ないじゃないか! いきなり撃つなんてひどいぞ!」
「いきなり俺の背中を刺そうとしてきた奴に言われたくねえな」
俺がさっきまで立っていた場所に立っていたのは、普通の竹の3倍はあろうかという太さの稈を持ち、そこからこれまた通常の数倍の太さはあるであろう枝葉を両手のように生やし、俺の目線のほぼ真正面にある節の間には、顔のような縦2本横1本の切れ目がまるでCGかアニメーションかのように滑らかに開閉している――というまさしく得体の知れない奴だった。そしてどこに声帯があるのか知らないが流暢に日本語を喋っている。
こいつは間違いなく――。
「お前が竹の魔怪、テイクイットバンブーか。話には聞いていたが、本当に竹だな」
「そうだ! この俺がテイクイットバンブーだ! 俺が見えるってことはお前も破怪師か!」
俺が事前に聞いていた名前を口にすると、テイク以下略は自信満々な声で言った。そしてそのままさりげなく俺の脇腹をワイヤーのように伸ばしてきた枝葉で抉ろうとしてきたので身体を捻っていなす。
「お前も……ってことは、やっぱり喰ったのか。他の破怪師を」
「だったらなんだっていうんだ!」
俺は奴のその言葉を聞き、躊躇うことなく奴の顔目掛けて引き金を引いた。
「さっさと終わらせてやる。先輩方たちの無念、ついでに配信が見られなかった恨みもここで晴らさせてもらう」
「ああああああ! 痛い痛い痛い痛い痛い!」
絶叫して暴れる竹。痛みを誤魔化すかのようになりふり構わずという様子で枝を振り回しているが、別に狙いを定めている訳ではなさそうだったので難なく躱し、俺は懐から破邪の札を取り出し、風穴が空いた奴の顔面に貼り付けた。
「なーんてぐあああああっ! なぜだ!? なぜ身体が再生しないんだ!?」
竹が一瞬余裕の笑みを浮かべたかと思った刹那、痛みに悶絶しながら、疑問を口にした。そしてまたしても俺に枝を伸ばしてきて不意打ちしようとしてきたのでそれを掴んでへし折った。そして俺は奴の疑問に答える。
「お前は気配を消してからの不意打ちが得意で、損傷した箇所の再生能力も極めて高い。お前が喰っただろう先輩が死ぬ前に命懸けで提供してくれた情報だ。俺は人の命を無駄にはしない主義なんで、再生不能になる札を貼らせてもらった」
「じゃ、じゃあこの札をはが――」
「遅いっ! 色即是空空即是色。
俺はそう唱えた後、札ごと奴の顔面を右ストレートで殴り飛ばした。
「ああああぁぁぁぁ……」
衝撃に耐えられなかったのか、奴の顔面が真っ二つに割れ、白い中身が見え隠れした。情けない悲鳴が満天の星空にこだまし、やがて鳴り止み、最後にはバラバラに割れた竹の残骸だけが残った。
「対象魔怪の沈黙を確認。せめて来世は安らかに、な」
俺は残骸を泥でドロドロに汚れた靴で踏みにじりながら言うと、静寂に包まれた林冠を見あげ、暗闇の道の中へ再び踏み出していった。
「帰ったらアーカイブ見よ……」
ちなみに、家に戻るのにはあと半日はかかる。行きの時もろくに電波届いてなかったし果たしてそれまでどうやって過ごそうかと考えていると、何やらカラカラと軽いもの同士がぶつかり合う音が側で聞こえてきた。
「ま……まだだ……」
「まだ生きてるのかよ」
残骸が揺れて音を立てながら完全にどこで喋っているのかわからなくなっているが声を出していた。バラバラにして踏み潰したのにまだくたばってなかったのか。道理であれだけ強かった先輩方がこんな奴に負けてしまった訳だ。
仕方ない。出来れば使いたくなかったが、使うとしよう。
俺はため息をついた後、泥で汚れた残骸を再度集めた後、それに向かってこう言った。
「
「ああああ熱い! 体が! 体があああああ!!!」
鋭い痛みが走った手の平から放たれた炎は、湿っている土の上の竹を周囲に延焼しない程度に激しく火柱を上げて燃やし始める。竹が悲鳴を上げながら、徐々に姿を黒変させていく。
「灰になるか、炭になるか……好きな方を選べ」
俺は燃える竹に向かって、そう呟いた。
「ちくしょお……!」
「答えろ」
「ああああああ!!」
「俺としては炭を勧めるが」
「頼む! 早く火を消してくれええええ!」
「灰でいいか?」
「炭だ! それでいいんだろ!? 早く消してくれええ!」
「はいかいいえで答えろ」
「ぐあああああああああああ……」
俺の問いに竹は答えることなく火柱とともに断末魔を上げていき、鎮火した頃には湿っぽい土だけがそこに残っていた。
「今度こそ終わったか……」
俺は呟きながら再度土を靴で踏みつけると、焼け爛れて真っ赤に染まった右手の手の平を泥で汚れた左手で押さえる。
「痛ってぇな、やっぱり……」
そうして俺は右手の火傷が次第に癒えていくのを感じながら、焦げ臭さだけが戦闘の痕跡として残る、肌寒い林を抜けだしたのであった。
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