嗤う追放者ども ~ Inversion ≠ Reproduction ~

松雪 誠

終 章:追放者はかく語りき

終-①

 は◯の左肩を正確に捉え、容赦なく半身を削ぎ落とした。


「──っ⁉︎」


 筆舌に尽くしがたい痛みが、残った半身を駆け巡る。

 まるで失われた側の神経が残った側に集約さていくかのように、細部に渡って痛みが伝播でんぱしていく。

 反撃の意思など浮かぶはずもなく、◯は崩れ落ちるように仰向けに倒れた。

 四肢の半分を失い、肉塊と成り果てた元人間は、息も絶え絶え天を仰ぐ。

 雷鳴どよめく曇天は、◯の心を映し出すかのように湿気を帯びていた。


「…………」


 明滅する視界の端に黒い影が顔を出す。

 おぞましく歪んだ笑顔。

 ◯を殺した『それ』の所持者は、何をわらっているのだろうか?

 黒い血で穢れた『それ』を大事そうに撫でながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。


『……アリガ、トウ。マタ、逢ウ日マデ、サヨ、ウ、ナラ?』


 まるで言葉を発し始めた幼児のように不慣れで辿々しい言葉遣い。

 一糸纏わぬ褐色の肌と、銀色の短い髪を有した女児。

 黒い帯状の物質が、まるで赤子を包む布のように、彼女の周りを滞留し続けている。


 つまるところ、彼女は生まれ変わった。

 最強最悪の結末。

 ◯が絶対に避けたかった未来。


 今の彼女の行動に善悪はなく。優劣はなく。ただただ、思うがままに狂気を振りまいていた。

 故に、彼女以外に立っている者は、もういない。


 


『……マダ、遊、ブ?』


 彼女の言葉に呼応するように、周囲の瘴気が集まり、螺旋を描いて一つの物体を形作っていく。

 『それ』は◯の数倍以上に巨大な塊と化すと、間髪入れずに降下してきた。


 黒で覆われる視界。全てを飲み込む闇への誘い。

 満身創痍の体に抗う術など、あるはずも無く。


 ◯は無抵抗に押し潰された。


『……モウ、終ワリ?』


 完全な肉塊と化した『◯だった物』に、彼女は話し掛ける。

 当然、返事など出来るわけもない。


(……あぁ、やっぱり駄目だったな──)


 己への失望を抱きながら、◯の意識は深い闇の中に飲まれていく。

 闇の切れ間から微かに覗いた、彼女の退屈そうな表情を記憶に刻み込み、◯の物語は終わりを告げた。


 これは、考え得る中でも最悪の結末。


 あってはならない物語。


 ◯は何も得ず、何も成し遂げず、ただただ理不尽な『世界の定め』に翻弄され続けた。


 そこに何某なにがしかの意味が存在するはずもなく。


 全ては『なかった』かのように、闇の中に溶けていった。


 

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