第四章 厨房へのご挨拶

 

 料理長ワイズとは、どういう人物だろう?私は昼餉を食べ終えた足で、厨房へと向かっていた。


「お嬢様、甘味を作られるということですが、材料はいかが致しましょう?」


 アリサの言葉に、私は自身の肩掛け鞄ポシェットをポフポフト叩いた。


「砂糖はこれに入れてあるけれど、卵や牛乳や果物、蜂蜜などは、厨房から調達するわ。昼餉の時に、父に許可は貰ったしね」


 神々の百貨店で購入した、商会の売り物になる『甜菜の砂糖』はあるけれど、他の材料を購入するのを失念してたのよね。


「では、どの調理器具を用いられますか?」

「ん?泡だて器……ヘラとボール2つとお鍋と天板とオーブン……岩釜?で作るわ」

「畏まりました。厨房に着き次第、料理長に申し付けましょう」


 そうやってアリサと話し合いしながら歩いていれば、食堂と然程離れていない距離にある厨房に着いていた。


「失礼致しますわ」


 軽くノックした私は、厨房の開き扉を押すと、開き戸の開閉音が「キィ…」と音を立てた。


「料理長はいるかしら?」


 私たちの登場に、厨房にいる料理人の視線が集中した。


「料理長はいるかしら?」

「…っ!少々お待ち下さい!」


 私の問いかけに、厨房の入口付近にいた若い料理人が反応して、奥に駆けていこうとしたから、私はギョッとした。

 厨房で走るなんて、それこそNG行為でしょ!?止めさせようと口を開きかけた時、

「なに走ってやがる!?」

 と、怒鳴り声が厨房に響くのだった。


♢


「お恥ずかしい所をお見せしてしまい、申し訳ありません。私は、この厨房を任されている料理長ワイズと申します」


 軽く頭を下げたのは、大きな…ガタイのいい男性がいた。おぉう…近くで見ると迫力があるね。碧色の髪に水色の瞳をした、周りの料理人とは違う黒の厨房服を来ていた。周囲の人は茶色だよ!


「かまいません。貴方が怒らなければ、私が口を出していました」

「・・・お嬢様が?」


 何故私が口を出すのか?と不思議そうな表情を浮かべるワイズ。


「私の名前はご存知でしょうけど、挨拶させて頂きますわ。カティア・ガーディアですわ。お見知りおき下さいまし」


 カーテシーをして挨拶をすれば、ワイズも一礼してくれる。


「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそよろしくお願い致します」

「…挨拶が終わったところで、先ほどのワイズさんの疑問にお答えするならば、私の懸念をお話する必要がありますわね」

「お嬢様の…」

「えぇ。適正な判断は、そちらでお願いしますわ。では一つ、厨房の床は滑りやすいので、駆けるなんて危険行為はご法度です。一つ、刃物などを持ち、作業する者にぶつかれば、結果は目に見るより明らかですわ。一つ、駆けることによって、当事者本人にも、危険な怪我などを負う確率が大幅に上がりますわ。一つ、以上の全てが起こった結果、調理作業の大きな妨げになり、仕事の予定配分は大きく狂ってしまいます。その責は、全て厨房監督者のワイズさんに向かいますわ。そしてそれは巡り巡って、我が母・ファルチェへの監督不行き届きとなり、評判に落ちることに繋がるのですわ」


 私の話を聞いたワイズの表情は、真剣そのものだった。そして、私の懸念に対して、賛同してくれた。

「……全く持ってそのとおりでございます。今回の部下だけでなく、もう一度、危険行為の行動禁止を徹底したいと思います。それとお嬢様の訪問理由は、旦那様からお聞きしております。なんでも甘味を作られるとか。一名助手をつけるので、分からないことは、その者に聞いて下さい……モリーヌ!」

「はい!」


 モリーヌと呼ばれて現れた人は、茶色の髪を一纏めにお団子をして、ハンチング帽子を逆に被るようにしていた。多分髪の毛が混入しないように配慮し出るんだろうな。

 彼女の仕事はキッチンメイド。調理の下準備や清掃を担当するメイド見習いだ。確かに私の相手をするには、彼女は適役だろう。キッチンの細部を知っているし、火起こしもお手の物だ。本業の料理人の邪魔をするわけでもな「彼女は今、休憩時間の筈ですが?」……そんな私の考えを、アリサの声が吹き飛ばす。え?……彼女は休憩中なの!?


「旦那様の申し出とはいえ、急でしたので…お嬢様のお相手をする者が確保出来ず…」


 フゥ……と小さくため息を吐くワイズに、疲労の色が見えて、私は首を傾げた。


「人員が足りていないのかしら?」

「財政グフッ!?……」

「ビクッ!?」

 

 急に崩れ落ちたワイズに、私の身体はビクッとする。大柄な彼の背後には、背は高いが、華奢な男性が立っているのが見えた。


「なにを言い出すかと思えば、お嬢様……じゃなくても、子供に聞かせる話じゃないでしょう」

 

 こちらも軽く息を吐いたが、ワイズとは違う意味のため息だろうな。しかし、誰だろな?ワイズに意見出来る人物は、限られているけれど。彼の厨房服は、灰色だ。


「お話中に入り込んでしまい、誠に申し訳ありません。私は、この厨房で副料理長を任されておりますグラントと申します」

「私はカティアですわ、よろしくですわ」


 やっぱり副料理長だったか。しかし、財政難と言おうとした体格差のあるワイズに、咄嗟にぐぅパンを食らわすとか……強い。


「こちらこそよろしくお願い致します。人員についてですが、早朝に、私が少々ヘマをして怪我をしてしまいまして。私は指示のみの参加で、賄を作る時間も惜しい始末なんです。通常の人員については心配いりませんので、お気になさらぬようお願い致します」

 

 眉尻をへにょりと下げるグラントの黄色の瞳には、悔しさが滲んでいた。

 忙しい厨房で、急に戦力外になり、皆の負担になっていることを心苦しく思っているんだろう。

 

「まぁ……それは大変でしたね。見たところ、怪我は骨折かしら?早朝に怪我をされたようですが、手当てはなさったの?」

「カティアお嬢様?」


 見るからに添え木で応急措置しました…みたいに見えるのは、気のせいかしら?料理人人生に影を刺す悪手あくしゅになるのが、想像出来ないのかしら?


「私、聖属性なんですの。お役に立てると思います」

「え?」


 専門家ではないが、添え木よりはマシだろう。変な位置で骨がくっついて、日常生活にさえ支障を来たすよりはね。

 

「お嬢様、少し落ち着いて下さい。グラント様が困惑しています」

「…アリサ」


 私が視線をアリサにやれば、彼女は大きく頷いた。それを見た私は、軽く息を吸って、ふぅ~…と身体に溜まった空気を徐々に吐き出し、気分を落ち着かせた。

 どうやら私は、知らず知らずのうちに熱くなっていたようだ。

(死んでしまっては、どうにもならない。逆を言えば、生きてさえいれば、どうとでもなるのだ) 

 私は過去の経験から、自身を顧みない輩が好きではなくなっているように感じた。

 

「アリサ、我が家には救護室はないの?」

「救護室は存在しますが、生憎と間が悪かったとしか言いようがないですね」

「どういうこと?救護室に、間が悪いもなにもないでしょう?」

「…辺境伯家お抱えの侍医とは違い、救護室の治癒師は、辺境伯家に雇用された治癒師です。治癒師はとても貴重なジョブです。ガーディア家で独占するのは、領民から良い感情を招きません。ですので領の施策として、彼は週に二度、ガーディア領都の往診に出ているのですが、今日はその日なのです」

「それは確かに、間が悪いですわね。でも、怪我の度合いが度合いです。一度診させて下さるかしら?グラント」

「…畏まりました」


 グラントの瞳が、少しだけアリサを恐々と見てる。多分だけど、アレはアリサに「うんと言え!」と目で脅されてるな。


「鑑定」


 私はグラントの返事を聞くと、早速見てみた。


名前 グラント

年齢 31

所属 マレント王国ガーディア辺境伯領

種族 人族

職業 料理人

魔力 58

魔法属性 火

体力 73

運 42

スキル 調理 解体 短剣 礼儀作法 生活魔法 

ユニークスキル 無し

称号 無し


状態異常 腕部骨折(中度)&患部炎症

     

治療方法 ・ヒール重ね掛けトリプル&キュア重ね掛けダブルで可

     ・中級ポーション一本を患部に振りかける、または口から摂取するのだが、低級ポーションの抗体がまだ残留している為、不可。


「……低級ポーションを飲みましたの?」

「良く分かりましたね!?低級ポーションで痛みを抑えているんです」

「中級ポーションを使えば、直ぐに治りましたのに。低級ポーションを使ったのであれば、残る治療方法は、治癒師の方の施術のみですわね」


 ポーションも薬だから飲みすぎると、効きにくくなるみたいだ。そこら辺は、日本と一緒だ。薬と毒は表裏一体だもんねぇ。


「中級ポーションは、私の給金では少し高級品でして…」

「え?勤務中の事故なのだから、我が家負担は当たり前でしょ?」 

「え?」

「…え?」

 こっちには、労災がないの?救護室があって、治癒師もいるんだから、ポーションの使用もあっていいでしょうに!?


「アリサ!」

「はい、お嬢様」

「次回のお父様との会談の内容一つ追可で!」

「畏まりました」

 そう言うと、私のポシェット同様に、メイド専用の腰に着ける小さな鞄から、紙とペンを取り出してメモるアリサ。

「…さぁ、甘味を作る時間が無くなっちゃうわ。ちゃっちゃと治してしまいましょう!」

「え?治すって…」

「ヒールトリプル!ついで、キュアダブル!!」


 私が力強く唱えると、辺りは瞬く間に強い光に包まれるのだった。


「きゃあ!?眩しい!」

 モリーヌの悲鳴に混じって、「お嬢様!!」とドスの効いた、アリサの低い声が入り交じる。


「ごめんってば~!まさか、こんなに光るとは思わないんだもん~!」


 目を覆いながら、必至に言い訳と謝罪を繰り出すが……無駄だろうな。きっと、後でお説教コースは免れないだろう。

 

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