第三章 十二話
「さて…明日は、いよいよお父様との話し合いだわ。快く商業ギルド登録を承知してくださるといいけど…」
兄と昼食を済ませた後、彼は勉強があるとかで、後ろ髪を引かれるように帰っていった。私じゃなく、本にだけどね。
「お館様のことですので、なにか確かな物の提示を求められるかと…」
冒頭の言葉に反応したヴィクターから、助言が飛んできた。
「確かなって…そのつもりだから、商業ギルドに登録したいんだけど」
「保証人は父としての立場でも、外から見れば、領主の後ろ盾と取られる方もいらっしゃいます。それを払拭出来る位の、安心材料が欲しいのだと思います」
「あぁ…」
ヴィクターの言葉に、父の懸念も理解は出来た。隣国の防衛と魔物からの襲撃と領地の経営以外で、執務の邪魔をされたくないんだろうなぁ。ただなぁ、周囲との貴族家との付き合いも大事な仕事だと思うけどね。
「でも確かに、貴族は弱みを見せれば足元救われるものねぇ」
ここぞとばかりに飛んでくる糾弾は、言葉の暴力以外の何物でもない。檻の中から吠えてたらいいんだから、楽な位置よねぇ、中央って。
「安心材料かぁ…甜菜の砂糖は購入してあるし、甘味でも作ろうかしら?ヴィクター、お母様に、調理場の端っこでいいから、使用許可を貰ってきてくれない?」
「しかし、お嬢様を休養させるように、お館様から言われております」
「…そう言ってもねぇ。怠いだけで特に体調に変化は無いし…」
「お嬢様、ちょっといいですか?」
「なぁに?ケイト」
珍しく、護衛のケイトが声をあげた。普段は周囲に気を配り、こちらに声をかけることは、あまりない。
「甜菜の砂糖を購入って……甜菜から砂糖が出来るんですか?」
「あら、こちらでは知られていない情報なのかしら?」
「甜菜は、確かに甘みがあります。ですが土臭さがあり、苦手な者も多い食物です。その為に、市場に出すというより、自家栽培用に育てる村人が存在するぐらいです」
「ふ〜ん、そうなのね。ならば、私の今の情報だけでも、優位に立てそうだわ。ケイト、貴重な情報をありがとう。これからも、警備はもちろんのこと、なにか気付いた事があれば、発言してちょうだい」
「…いえっ!これぐらいでしたら、他の者でも知っております!」
「ケイト、それは農村出身だから知り得る情報よ。ヴィクターやアリスみたいな都育ちでは、よほど農産物や市場に詳しい人物でなければ、難しい知識だったわ……ねぇ、アリサ?貴方は、知っていたかしら?」
「…いえ、私は残念ながら。ヴィクターも恐らく『私は学園卒業後は、そのままこちらで修行に入りましたからね。農村は、数えるほどしか訪問していません』…だそうです」
「くっくっくっ…だそうよ、ケイト」
そんなに意地を張らなくても、まだ若いんだから知らないことがあるのは当たり前なのに。プライドかな?まだまだ青いわね〜。
それはそうと、商会の登録は数日で出来ても、開業には、人材が必要よね。オープン準備には少し時間がかかりそうだから、それまでに屋敷の皆の意見が聞きたいわ。でも手始めに、私の専属使用人から始めようかしら?屋敷の皆といっても、辺境伯家の屋敷は広く、使用人の数も少なくないもの。私が提案する制度は、貧乏寄りの辺境伯家(父談)では、簡単に許可が降りる制度ではないだろう。
「ヴィクター、いくつかの提案・質問を書くから、その紙と見本品を持って、お母様に届けてくれる?返事は、見本を体験した後で大丈夫と伝えてちょうだい」
『お母様へ
私の専属使用人のヴィクター、アリサ、モンドと、専属護衛騎士のエイリック、ディアン、ケイト、ミリーに、私からの報酬サービスを始めたいのですが、かまいませんか?
内容としては、シャンプー、リンス、ボディソープ、タオル(大中小)の定期的譲渡、私発案の甘味又は飲料の提供(月に一回)、今後、商会で展開予定となる商品サンプルの配布(他者への転売、貸与禁止)を予定しています。
この試みは、私のお財布的から出す個人的賞与です。私は少々特殊らしいので、今後の多忙を極める職務に根をあげない、優秀な人材の獲得と定着を目的としています。
見本となるシャンプー、リンス、ボディソープとタオルを、ヴィクターに持たせましたので、是非ご使用ください。後に、お返事頂ますようお願い致します。
カティア』
「我ながら、硬い文章だわ。どうしても、仕事が絡むと駄目ね…」
「お嬢の仕事絡みの手紙を、ファルチェ様に出すのか?」
「ミリー!お嬢様への喋り方を、ちゃんとするように言ったでしょ!?」
「…そうだった」
「申し訳ございません、カティアお嬢様」
頭を下げてくるケイトだが、彼女が私の護衛について数日は経っている。
「ミリーは…私が館外の仕事で外出するようになっても、館内専用護衛騎士になるかしら?」
「…!?」
館外でこそ発揮しやすい獣人の身体能力なのに、館内のみで勤務せよ!と言われて、衝撃が走っているミリー。毛が逆だって、瞳孔開いてるし。イカ耳になってるよ。
「次から気をつけます。申し訳ありません、カティア様」
私の発言を聞き、流石に反省したらしいミリーは、項垂れながら謝罪を申し出た。
「謝罪を受け入れます。次からよろしくね」
「ヴィクター、これらと手紙を持って、お母様に届けてきてちょうだい」
「畏まりました」
◇ファルチェ Side◇
「はい、どなた?」
「カティアお嬢様の命により、馳せ参じましたヴィクターでございます」
扉のノックが聞こえ、それに答えれば、聞こえてきたのは、カティアの専属執事の声だった。
「どうぞ」
「失礼いたします」
一礼して入室したヴィクターの手には、中サイズのバスケットと書簡が握られていた。
「どうしたのかしら?」
「カティアお嬢様から、こちらと手紙を渡してほしいとお預かりしてきました」
「なにかしら?」
私の侍女越しに手渡された書簡を手早く開封する。バスケットは、侍女が応接ソファへと置いていた。
『上記、以下同文』
「…は?個人的賞与?雇用の獲得と定着?………また、カティアの暴走が始まった……(いや、これはもしかしたら、商会の商品を試すための口実?感想がタダで手に入り、使用人はこれに感激して、より一層仕事に身が入る。聡い者は、カティアの目的に気づくかも知れないけど、商品がタダで手に入れば儲けもの。どちらも損はない)」
「…奥さま?お嬢様からの手紙になにか?」
カティアから来た手紙を前に、なにかブツブツと呟いた後は、考え込んだる様子のファルチェに、ファルチェ付き侍女が、心配そうに聞いてきた。
「…いいえ、大丈夫よ。ねぇ、ヴィクター。ここに書いてあるシャンプー、リンス、ボディソープは、どうやって使うのかしら?」
「バスケットの中に、使い方を書いた紙を入れてあるそうです」
「そう、分かったわ。用事は以上ね?下がっていいわ」
「畏まりました。失礼いたします」
「今日の湯浴みは、これを使います」
「畏まりました」
そして、ファルチェがカティアの部屋に乗り込んでくるまで、後数時間。
☆次回から、第四章です。ついに大きく動き始めます……長かった( ;∀;)
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