第二章 二話 ガーディア辺境伯領導入期

「ファルチェ、カティアはどうだった?」


 ここは夫妻の寝室。いつも忙しい二人の唯一の夫婦時間。だが今日のガスパールは、ファルチェが行ったカティアの試験結果を、いの一番に聞きたがった。シルベスタの話では、今日の執務室でのガスパールは終始落ち着きがなく、あまり執務も捗らなかったらしい。

「明日は残業です…」とため息を吐いてボヤいていたのが、頭に思い出される。


「試験結果は、すぐにでも高等学院に入学出来るレベルでしたわ」

「それは凄い!」

「まぁ、社会や国語などの問題はありますが、算術や自然問題(理科・化学に相当)などは、こちらが教わりたいほどのレベルです。ですから、マナーやダンス・楽器は講師にお願いするとして、国語・歴史・魔法などは私が教えて、9歳にはトライヤルオープン学力テストを受けさせようと考えていますわ」

「…なっ!?学園に行かせないつもりか?」


 マレント王国では、貴族の子弟は13歳から16歳までの三年間を、王都にある学園で過ごす決まりがある。もちろん庶民にも広く門徒を開いているが、学費の問題で記念受験だけをする庶民が多い。入学試験で最優秀な成績を納めた者は、学費・寮費・滞在費の衣食住の全てが無料という特待生制度もあるので、それ目当ての人もいる。


「あの子は神様からの使命もありますし、なにより学園で教わることがないと思います」

「……そこまで考えてしまう試験結果だったか」

「はい、これを見て下さい」

「これは?」

「カティアに出した算術問題の答案用紙ですわ」

「………なんだ、この「×」は?」

「試験結果は明日伝えると言った手前、明日聞くしかありませんが、恐らく前世の算術のやり方と思います」

「…だな。カティアは、神が世界の発展を望んでいると言っていたが、カティア自身は革命を起こすつもりか?」←YES!というより、正確には同じ苦楽を共にせん目に合わせよう頑張ろうとして企んでいます。


「ラファエルには学園卒業が必須事項だが、カティアは嫡子ではないからな。無理に学園に通う必要はないが…」


 マレント王国は、貴族の後継条件として、必ず学園修了資格を要する法律がある。誰もが簡単になれるわけではない。


「ファルチェには、ミストレス女主人としての仕事もあるだろう…カティアに勉強も教えて、身体を壊すようなことはないか?」

「……カティに相応しいと思える先生が見つかるまでですわ」


 今日話してみて、より確信した。カティアの知識は、私たちの誰より深い。きっときっとこの国…いいえ、世界を大きく超えた知識・見識に違いないわ。特に見識に関しては、彼女しか持ち得ない記憶・経験だ。

 私は母として、彼女がこの世界に根付く一助になれるよう決意した。まず第一関門は、カティア一押しのトイレからだ。ガスパールが聞けば、どんな反応をするだろう。


「うぅむ。ファルチェがそこまでの覚悟を決めたなら、口には出さないよ。カティはこれから活発に動くことになるだろう。ラファエルの言う通り護衛騎士の選定をしておこう」


 ガスパールがラファエルの忠告をしっかり覚えていた事に、ムンクの叫びをするカティアの姿があった。


「少し早いですが、専属執事と侍女に侍従の選定もいたしましょう」

「…おいおい、カティアに領地経営でもさせる気か?」


 ガスパールのその言葉に、ファルチェはにっこり微笑み返した。


「あの子は前世で二十年間勉学に費やしてきたと言っていたわ。きっと、領地経営までいかなくても、それに準ずる教養は受けている筈ですわ」


 会話の節々から感じる教育・知識の高さを伺わせた。


「カティアの世界は…いえ、周辺国は平和だったんだろうな」

「そうですわね…でなければ、長期の勉学は不可能でしょうから」


 争いがあれば、男性は出兵命令が下る国だ。勉学などと安穏なことを言ってはいられない。働き手のいなくなった家庭を、女だけで働き支え税金を支払わなくてはならない。カティアが未成年だったのを加味しても、この世界より平和だったのだろう。この世界は、子供でも立派な労働力だから。


「ですので、カティアに本当に必要なのは、家庭教師ではなく、忠実な部下ですわ」 

「…冗談のつもりだったんだが…まさか本当に領地経営を?」


 先程までの笑みを消し、真剣味を帯びた表情に変わったガスパール。 


「領地経営はまだ身体的にも難しいですが、領都内には様々な問題があります。カティアには、しばらくは領主の施策相談役として動いてもらいましょう。神様からのお願いを含んだユニークスキルの役に立つと思いますわ」

「なるほど、名案だ。あの時はびっくりしたが、カティアはまだ5歳でお昼寝や貴族としての勉強も必要だからな。しばらくは親元にいるのは絶対だ」

「貴方、カティアの神々の商品が買えるスキルの購入ポイントの額ですが……」

「いよいよアレに触れるか。確か5兆…だったか?前世の貯蓄額だと言っていたが、『兆』はあちらの単位だろうが、神が世界の進化を願って目をつけたカティアだ。どれくらいの価値なのか怖くて聞けないな」


 ガスパールの想像は当たっているが、創世神アンの名誉のために言っておくが、別にお金目当てでカティアが選ばれたわけではない。


 こっちの世界での『兆』に文字変換されてはいるが、銅貨1枚百円換算なので、兆ともなると、銀貨千円大銀貨一万円金貨十万円大金貨百万円白金貨一千万虹金貨一億円だ。

 一兆は一億円の一万倍なので、虹金貨五万枚分が五兆円である。


「今日の試験の最後、まず世界を発展させるならどこから手を付けるか、カティアに聞いてみたんですのよ」

「ほぉ…なんと言っていた?」


 ガスパールも少し興味が出たみたいだ。瞳の煌めきが変わった。ファルチェは、カティアのトイレの力説を、だいぶオブラートに包みながらガスパールに聞かせた。


「…なるほど。確かに下痢などを伴う腹痛は、地獄の体験だったからな」

 腹痛の痛みを思い出したのか、表情を歪めるガスパール。


「…それにカティアから気になる言葉を聞けたの」

「それはなんだ?」

「衛生的に最悪…ですわ。最悪は分かりますが、衛生的とはなんでしょうか」

「衛生的か…やはりカティアに聞くべきことがたくさんあるな」

「えぇ…」

「しかし…いの一番に領地視察の言葉が出たか。カティアは現場主義だろうか?書類仕事が得意だと助かるんだが…」

「貴方の仕事を手助けするために、領内の相談役をさせるわけではありませんのよ?」


 ファルチェの言葉を聞いたガスパールが、苦虫を噛み潰したような表情をする。

「分かっている。5歳の幼児に、書類仕事を手伝ってもらっているなどと領内で噂になってみろ…私の立つ瀬がないわ!」


「カティの価値観を知るにはいい機会だが…やはり少し早くないだろうか?」

「カティアは、トイレ改革はやる気ですもの。他にも気になることに着手して構わないと知ったら、あの子は両手をあげて喜びますわよ」


「五歳という特例だが、カティアの能力・結果を知れば、各地の名主も納得するだろう」

「親バカの烙印を押されてしまうかもしれませんよ」


 夫であるガスパールに、くすくす笑いながらからかうファルチェ。


「なんとでも言えば良い。私たちはあの子のスータスを知っている。きっと、あっ!と驚くことをするに違いない。その時に驚愕しおののけばよいわ!」


 きっと外見で侮り無礼な態度をするやつもいるだろう。だがそれを上手く転がせなければ、領主は務まらない。力で排除するだけでは、誰も付いてこないから。


「後は、「出る杭は打たれる」などという巫山戯た奴らの火の粉を我らが吹き飛ばし、カティアたちを守ってやればいい」

「そうですわね、貴方」 

 

 お互いの肩を寄せ合う仲睦まじい姿の二人だが、これからのことを思うと、彼らの心中は穏やかではなかっただろう。


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