第一章 二話 ガーディア辺境伯領誕生期

―――ここは、マレント王国ガーディア辺境伯領都オリエンタル。


「カティア…どんな祝福を授かったの?」

 兄であるラファエルは、私の能力が気になるらしく、少々興奮気味である。

「ここではちょっと…」

 馬車の中で話す話題ではないので、視線を少しずらして言葉を濁すと、賢い兄はすぐに察してくれたようだ。

「…あっ、そうだよね!お屋敷に帰ったら教えてね」

「はい、ラフにぃ様」


 現在、シュンと俯き反省中の可愛い兄の名はラファエル。ガーディア辺境伯家の長男で8歳になる。サラサラ艶々の天使の輪がかかる銀髪を持つ兄だが、私の銀髪は青みがかったウェーブだ。突然だが、優しく可愛い兄を持った私は幸せ者である。

      


「まずは五歳の誕生日おめでとう、カティア」

「ありがとうございます、お父様」


 長いテーブルは十人掛けか。奥の殿様席に父が座り、右隣には優しく微笑む母が座る。兄は母の向かいに座り、私は兄の隣である。


「そして、貴族の末端に連なるお前に告げておくことがある」

「…なんでしょうか?」

「我が家の爵位は辺境伯で、地位としても上流貴族になる。だが立地の関係で、防衛・討伐遠征などの運営・維持費は絶対に外せん。我が子に、贅沢な暮らしをさせてやれんのだ」


 くうぅ!と悔し紛れに呻き、机をドンッとする父。机上にあるお皿がカチャン!と音を立てる。…お行儀が悪いですわよ、お父様。

 纏めてあった緑の髪が、数束パラパラッと揺れ落ちる。風の魔法と、素晴らしい剣技で魔物を駆逐する様子から【風刃の疾風】と呼ばれる英雄らしい。


 母はそんな父をあらあら…と苦笑して見ていた。母にそっくりな容姿の兄も苦笑していた。


「お父様、わたくしはお金より大切なものがなにかは存じているつもりです」


「…それは……オートクチュール一点ものでないと駄目ということか!?」


 雷に撃たれたような絶望の色を、灰色の瞳に染める。オートクチュール?…いやいや、一点物とかどんだけ贅沢なんですか。違う違う…と思いながら、私は慌てて手を顔の前でフリフリ。


「違いますわ。用意された品物の中で…という意味ですわ」

「…本当か?」


 縋るような眼差しに、大きく一つ頷けば、父は輝いたような目で見てきた。きっと安心したんだろう。私は疲れたけど。


「ファルチェ、カティアは親孝行で優しい娘だな」

「そうですね、ガスパール様」


 相変わらず苦笑している母と感激中の父の温度差が凄い。いつもほのぼのしている母も、私のことになると親バカになるガスパールの反応に困っているらしい。さて、ここでガーディア辺境伯領について、少し説明しておこう。誰にだって?そんなことを聞く君にだよ!



 マレント王国は、フェシリア大陸にある中でも大国だ。四国のような地形をしている。これから説明する位置も、四国で想像していただくと、分かり易いだろう。

 王都マレスは真ん中四国中央市にあり、我が領地は王都から見て、南東から北東徳島・小松島市から高知・安田町の位置にあり、皆からは【東の辺境伯】と呼ばれている。

 海と森の両方に面した領地は恵まれており、漁業の盛んな村や港街・薬草や森の恵み、魔物の素材で栄える村や街がたくさんある。

 王都と領地を分断するようにある森は、豊かな資源庫になっているが、益だけでなく害も運んでくる。隣領にまで及ぶこの【魔の森】は、様々な魔物が蔓延る住処にもなっているのだ。


 辺境伯領都オリエンタルは小高い丘にあり、領主邸は一番見晴らしがいい高さに建っている。

 父は隣国というが、海域を挟んだ隣の大陸だ。魔導船で4時間ほどの距離にあり、過去に何度か侵略行為をされたこともあり、警戒は怠れないらしい。国王が代替わりしてからは、同盟国として輸出入が頻繁に行われている。


「我が辺境伯家は、国防・討伐遠征を理由に、国王陛下から軍を持つことを許されている。人口の一割と制約はあるが、現在は三千人ほどの兵士を抱えている」

「…ということは、領地の人口は三万人ほどですの?」

「いや…五万人ほどだな。領都軍が足らぬのは、我が家の不甲斐ない財政事情の為だ」

 ふいっと視線を反らしたので、それ以上の会話は止めよう。


 領都には東と南の航路の玄関口の他に、陸路は北と西の二つの外壁門がある。南の航路玄関口の港には、国軍・領都軍の合併・・軍事施設と、北の陸路の外壁門には、私兵の領都軍・・・施設がある。


「貧乏と申されましても…私はお屋敷を出て街に行ったのは初めてですし、領内の支出を把握しておりませんので…なんとも申し上げられませんわ」


 父から我が家の財政事情を聞いた私だが、困ったように眉尻を下げて頬に手を当てるしか出来なかった。

 軍費にお金がかかるのは、どこの世界も一緒だし。領民の安全を守るためには仕方ない出費である。しかも貧乏かどうかは、人の尺度によるし。実際に領地運営の収支を見てみないことには分からない。

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