第6話 ビーチウェディング

 ホテルに戻ったのは19時30分頃だ。部屋のドアを開けると、梨花が洗面所の鏡を見ながらメイクをしていた。「もー、どこ行ってたの?新婦放ったらかして。」「よく寝てたし、ちょっと散歩。」梨花がこちらを向いた。「ちょっとー、目真っ赤じゃない!」小走りに走ってきた。頬に手をやり、親指で涙袋を軽く引っ張る。「腫れてる。痛くなーい?」「何か砂入って擦ったみたい。」バッグから目薬を取り出してベッドに腰掛けた。「頭膝に置いて。」膝枕の姿勢で目薬を挿してもらう。

「このまま、つむっててね。」続いてドライヤーの音が聞こえた。

  レストランでのディナー中、梨花は明日のビーチウェディングフォトの話で夢中だ。彼女には申し訳ないが、沙菜のことが気になって、仕方がない。彼女がどう一生を終えたのか、せめて苦しまずに逝けたのか、墓や位牌はどこにあるのか?出来れば花の一つも手向けたい。あの二つの石は巾着袋に入れて持ち帰ってきた。沙菜の形見の一つとして、母親やもしまだ存命なら祖母に渡したい。

「ちょっと聞いてる?」「ああ。」梨花の話が頭に入って来ない。


 翌朝、妻のヘアメイクと着付けで一時間ほどかかると聞いて、「後で見るほうが楽しみだから。」とホテルの部屋を抜け、沙菜の住んでいた。県営団地へと車を走らせた。何と言って母親に会えばいいのだろう?病室で僅か数分間居合わせただけだ。そもそも、覚えているだろうか?


 団地に着いたが、工事用の白い防音シートが貼られている。「ここは?」「あー、老朽化で壊すことになってね。」「住んでいた人は?」「さぁ、わからんね。」通りがかった数人に聞いてみたがわからなかった。

 市役所に急いだ。「あの団地のね。宮城さん?何人もいるけど、宮城何さん?世帯主じゃないとね。」結局、わからず終いで終わった。

 慌ててホテルに戻りモーニングを着て、髪を整えて貰った。「うっわー、スゴい、きれーだ!」梨花には褒め言葉を連発して、勘繰られないように気を遣う。


 ビーチでの撮影が終わるとワンボックスカーで撮影スタッフと一緒に移動し、街中での撮影もする。抱っこしたり、キスしたりとポーズが多かった。沙菜のことが頭を離れないが、妻の幸せいっぱいな顔を見ていると少しは救われるような気になる。


「お疲れ様、色々と大変だったね!暑かったし、疲れたんじゃない?」梨花を誘導してベッドで昼寝をさせて、その間に調べ事を続けたい。「大丈夫!御飯食べたら、来間島のビーチに行ってみたいなぁ!」しまった来間島じゃ、間で抜けれない。断わるのも変に思うだろうから、夜に彼女が寝付いてから動くことにした。

 寝息をたてる梨花を置いて、そっと部屋から出た。酒が入っているので、タクシーを呼んでもらい、あの団地へと向かった。

 通りがかった人を捕まえては、母娘の情報を聞くが、結局手掛かりは掴めない。残る手掛かりは病院だが、患者のプライバシーに関することなど教えて貰えるだろうか?明日の昼便で帰るから時間もほぼない。

「そうだ、あの携帯を誰かが持っているかもしれない。母親が持っているなら…。」番号を押そうにも手が震えて上手く押せない。自分のことをどう説明すればいいのだ?

「ルルルル、ルルルル。」コールしているが、暫くして留守番電話に繋がった。どう話していいかわからず切ってしまった。

 

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