第3話 サガリバナの夜

 ここ数日はお盆のせいもあってホテルのアルバイトは多忙を極めた。朝から夕方までビーチのアクティビティや雑務を担当し、夜は深夜までレストランのホールか洗い場、体調不良を訴え休むスタッフもでる始末で、毎日忙殺された。

 唯一の楽しみが沙菜とのSMSで、慣れてきたのか返信が速く返ってくるようになった。明日には、退院出来るという明るいニュースも届き、心体ともにクタクタだが、元気が出てきた。「ようし、あと一日やったろやないかい!」と謎の大阪弁の雄叫びを挙げ、ルームメイトをビックリさせてしまった。

 夜に沙菜の住む県営団地に迎えに行くことになった。ホテルの寮から15分ほど、数日ぶりに会える嬉しさと胸の高鳴りが止まない。3階の部屋へと向かう。「宮城」というプレートが付けてある。ボタンだけのシンプルなドアホンを押す。「はーい♪」2秒と経たず鉄製のドアが開いた。「こんばんは!これお母さんと食べて。」「うわっ、ケーキ!ありがとう!」「どうぞ、上がって。」沙菜の用意が出来るまでテーブルの椅子に腰掛けて十分ほど待った。鼻歌混じりで着替えているようだ。クーラーバッグがテーブルの上に置かれている。

 グレーのTシャツとニットの短パンから黒いノースリーブの膝丈のワンピースに着替えた沙菜が助手席に乗っている。もう、すっかり良くなったように見える。「サガリバナの見頃って六月って出てたけど…。」「多分、満開じゃないけど、咲いてるよ。」カーステから流れる曲を朱色の唇が口ずさむ。沙菜は病気さえなければ、普通の女子高校生にしか見えない。宮古美人というか目鼻立ちがはっきりした顔はそこらのアイドルよりも可愛いだろう。いつも、素顔なのに今日は軽く化粧をしている。

 サガリバナの生息地添道についた。周辺はサトウキビ畑と森林しかないので、真っ暗だ。寮の部屋から拝借した緊急時用の懐中電灯を灯して駐車場からけもの道のような道に入る。足元に樹の根が這って歩きにくい。「沙菜ちゃん、ほらっ。足元危ないから。」左手を後ろへと伸ばす沙菜の冷たい細い指が触れた。軽く握るとそっと握り返してくれる。「ドキドキしてない?大丈夫?」「薬飲んだから大丈夫だよ。」細い道を暫く歩くと林道のような場所に出た。「これ!サガリバナ!」しだれ桜のように咲いているイメージだったが、下がった枝にポツポツと咲いている。サガリバナには花びらが殆ど無く、長く伸びた淡いピンク色の雄しべが多数あり先に黄色い花粉をつけている。真中に雄しべよりやや長い赤い雌しべがまるで女王のように君臨する。フワフワと宙を舞う妖精のようだ。

「きれー!」ライトに照らされたサガリバナに鼻を寄せて香りを嗅ぐ沙菜。「達也さんも、ほら!甘い匂いがするよ!」近付けばバニラのような甘い香りに包まれる。「写真撮ろうか?こっち向いて!」サガリバナをバックに何枚かスマホのカメラのシャッターを切った。左手を伸ばして二人一緒の写真も撮る。

 クルクルと回りながら林道を沙菜が歩く、立ち止まってはふざけ合い笑う。「あっ!」沙菜が樹の根に足を引っ掛けて転けそうになった。両手で受け止めた華奢な身体は想像より軽い。「大丈夫?」「ごめんなさい!楽しくて、調子に乗りすぎちゃった。」「よいしょっと!」沙菜の脇に両手で支えて姿勢を戻した。沙菜が抱きついてきた。「ちょっと、沙菜ちゃん?」何も応えない。「達也さんを聞かせて…。」右耳を左胸にあてた。「私と同じなのかな?」そのまま両腕で細い腰を抱きしめた。「同じだろ?沙菜ちゃんも俺も。ちゃんと生きてるから…。」「私、いつまで生きられるんだろう?心臓移植しないと、長くは生きられないって、先生とお母さんが昨日話してた。」「大丈夫だよ!沙菜は、大丈夫!」右手で沙菜の小さな頭を撫でた。「怖いの…。死にたくないし、居なくなっちゃうのが怖い。誰からも忘れられて…。」「沙菜!大丈夫だから…。」

  「俺が何とかするから!」とは言えなかった。沙菜には言ってないが、内地に付き合って間もない彼女がいる。夏休みに入る前出逢って何となく付き合うようになったのだが、裏切るわけにはいかない。もちろん、沙菜とはひと夏の友達のつもりだ。深入りしたところで離れてしまうし、何の責任も持てない。頭では理解しているつもりが、心が言うことを聞いてくれない。

 沙菜が愛おしく思えて、力いっぱい抱きしめた。小さな頭に頬を寄せて沙菜の匂いを吸い込む。「ちょっと痛いかも?」「ごめんごめん!」慌てて手を離す。「優しくね。」再び胸に顔を埋めた。

「達也さん、上見て!空!」「うわっ!すっげぇー!」満天どころではない。星で夜空が埋め尽くされてるかのようだ。「ほら、ほら、流れ星!」沙菜が繋いだ左手を引っ張る。「えっどこ?」「ほら、また!」今度は見えた。流れ星は何度も星空を滑空している。「願い事とか絶対間に合わないよね!一回一文字かな?」「それじゃ、願い事忘れちゃうよ!」

 車のハッチバックを開けて二人並んで座った。沙菜が後部座席から持って来たクーラーバッグを開けてアルミホイルに包まれた塊を僕の左手に置いた。「じゃじゃーん!サンドウィッチ作って来たんだ。お腹空くと思って。コーヒーもあるよ。インスタントだけど。」「美味い!お母さんが作った?」「はい私ですー!」「料理とか出来るの?沙菜が?」沙菜をちゃかしてからかう。「達也さん、ひどーい!家事はだいたい出来るよ!」

「このまま、ここで眠りたいな。気がついたら星になってるかも?」


 沙菜のマンションに戻った。「上がってく?」「うん。」「着替えるからちょっと待ってて。」Tシャツとニットの短パンに着替えた沙菜が戻って来た。「達也さん、来週帰るの?」「うん、飛行機予約した。帰ってからも色々あるからね。」「沙菜と知り合えて良かった。」沙菜が泣きそうな顔で黙っている。

「こっち来て。」沙菜の部屋に案内された。「ここに座って。目をつむって。」ベッドに座り瞼を閉じた。沙菜が後ろに来たのがわかる。上から布のようなもので、目隠しをされた。「バンザイしてね。」下からTシャツが脱がされた。「ちょっと、沙菜!何の悪戯?」「もうちょっと後ろに座って。」多分、シングルベッドの真ん中あたりに座っている。「左側に枕があるから、ゆっくり寝て。」沙菜が両肩を持って誘導する。仰向けに寝転がった。枕から花のような優しい香りがする。

「ちょ、ちょっと、こういうのはちゃんとしてからじゃないと。」「そうじゃないの。じっとしててね。」カチっと音がした。部屋の照明を消したようだ。沙菜の長い髪が胸元に触れた。「え、いや、エッチに興味があるのはわかるけど…。」「しー、静かにして、聞こえないから…。」左胸に重みを感じた。ベッドの左側から沙菜が耳を当てているようだ。

「聞こえる。ドキドキしてる。私の心臓と同じ…。」下敷きになっていた左腕を抜いて、沙菜の頭を撫でた。逢える日もあと僅かだ、沙菜の好きにさせてやろう。暫くして耳を離した沙菜がベッドに上がって来て、両腿を跨いで座った。

「ちょっと、沙菜!これはマズいって!」「お願いじっとしてて…。」「達也さん、そのまま起き上がって。」後ろに手をつきながら体を起こした。「ここ、私の心臓。ほら聞いてみて。」沙菜が両腕で僕の頭を左胸に寄せた。服の上から小振りな柔らかな乳房を感じて、そっと耳をあてた。僕の心臓と同じようにドキドキしているのがわかるが、どこか弱々しく感じるのは気のせいだろうか?沙菜が両手を離した。プチっと音がして、再び頭が抱き寄せられる。下着越しではない。左頬に柔らかい乳房と小さな乳首の感触がわかる。「さっきよりわかる?」「うん、ドキドキしている。苦しくないの?」「大丈夫、ドキドキがちょっと気持ちいいかも?」

「そのまま寝て。」元通りに仰向けに寝た。沙菜が被さり僕の左胸に耳をあてている。「一緒なんだね。私も達也さんも…。」「これ外しちゃダメ?」「ダーメ!恥ずかしいもん!」

 今度は真上にズレてきた。顔と顔が、息を感じるほど接近している。僕の右肩に沙菜の顔が触れている。「こんな感じかな?」身体の正中線と心臓の位置を合わせているようだ。「わかる私の心臓。」「うん、鼓動しているね。」「達也さんとリズムを合わせるとか出来ないかな?」「俺のほうが早いよね。深呼吸したら遅くなるかも?」頭を空にして深く息を吸ってゆっくり吐いた。繰り返していくとドキドキと高鳴っていた心臓の鼓動が落ち着いた。沙菜の心臓のリズムと同調していく。リズムの波がゆっくりと重なり合っていく。それは、二つの身体がゆっくりと溶け合っていくかのように。

 もう、言葉は何も必要無かった。身体を通してお互いの心が交わり伝わり合う。沙菜が一旦身体を起こしてタオルケットのようなものをかけた。「頭起こして。それ外すから。」暗闇に沙菜の美しい顔が見える。恥ずかしいのかまた肩に顔を埋めた。「まだ暫くいい?」「俺はいいけど、お母さん帰ってくるんじゃない?」「あと一時間は大丈夫。それまで、いい?」

 重なり合ったまま、沙菜と色んな話をした。内地に付きあったばかりの彼女がいることも思い切って話した。「わかってたよ。私、こんな身体だから、何も出来ないし。気にしないで。謝ったりしないで。」「ごめんね。」「ううん、今だけでいいの。」両腕で沙菜を抱きしめた。沙菜が身体を伸ばして、鼻と鼻が触れ合うほど顔を近付けた。目を閉じてゆっくりと唇が重なった。離して目が合った。「わっ、こっち見たら恥ずかしいよ!」身体を起こした沙菜の二つの白い乳房が暗闇の中浮き上がった。

「きゃー!もー!やだー!」再び覆い被さった。「見た?」「何となくね!」「おっぱい無いから恥ずかしいの!」「きれいだよ!」「ほんとに?」「触りたいな!」「それはダメ!」「じゃ、さっきのもう一回!」沙菜が目を閉じて再び唇を重ねた。「さっきのファーストキスだから…。」「いいの?ヤバかったら返そうか?」暗闇の中、時間までじゃれ合った。

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