本編

 カタンカタン。俺はそんな一定のリズムを刻んでいる音を聞きながら、今日も家に帰る。いつも同じ電車、同じ道、同じ暮らし。

 駅に着いたら、いつも使っている地下自動車駐車場に向かい、黒い車に乗り込む。

 エンジンをかけ、ゆっくりと駐車場から出る。

 いつも通りの、毎日だ。


 薄暗い夜道、窓を開け、電子タバコの煙を外に吐き出す。

「最近も寒くなってきたなぁ。それもそうか、冬だから。」

 鼻歌交じりにそう呟き、笑う。刺激はないが、俺はこんな静かな時間が好きなのだ。

 その時、ふと横を見ると、トンネルがあった。

「…?こんな道、見たことないぞ。」

 何を思ったのか、俺はそのままトンネルに入っていった。


 ゴオオオオオ。そんな音を響かせながらトンネルを進んで行く。

 中は、豆電球の淡いオレンジ色の光に染められてはいたものの、薄暗く、不気味な雰囲気だった。

 怖気ついた俺は早く外に出たいと思い、車のスピードを早めた。

 だが、一向に外は見えない。

 その時、車の中で声がした。

「ねえ、ここで何をするつもりなの?」

 ゆっくり後ろを振り向くと、そこには八歳くらいであろう、髪も瞳も真っ黒な少女がいた。ただ一つ、おかしいところは頭に包帯を巻いているところだった。

「何〜?もしかして私にいやらしいことでもしようとしてるの?」

 そう言った少女の頭から血が溢れ、包帯を段々と赤く染めていく。それとほぼ同時に、急に視界にノイズがかかったようになり、ポッカリと目の中に穴が空いたようになった。そのまま、真っ暗な穴を見つめていると、次に身体に赤い線が入っていき、少女の身体は、真っ赤な線に沿ってバラバラになっていった。

 少女の首が落ちると、俺は急いで車の外へ逃げ出し、悲鳴をあげながら来た道を戻っていった。

「お兄さん、お兄さん。どこへ行くの?私たちを置いていかないでよ。」

 後ろから、あどけないが、どこか不気味な声がする。

 俺は振り向かずにそのまま走り続けたが、不意に、肩に手を置かれる。真っ赤な手だ。

「つ〜かまえた。キャハハ!」

 そのまま強く後ろに引かれ、尻餅をつく。

 目を開けてはいけない。そう思い、目を固く閉じる。

「あれ?お兄さん、ちゃんと私たちのことを見てよ。」

 手で無理やり目をこじ開けられ、少女たちの顔がしっかりと見える。

 ぽっかりと空いた眼があったはずの穴、頬まで裂けた大きな口が見えた。

「お兄さん、お兄さん、お兄さん、どこに行くの?」

 少女たちはそう俺に問いかける。およそ少女とは思えないほど低い声だった。

 俺は耐えきれなくなり、少女たちを突き飛ばし、光のある方向、つまりトンネルの出口へ走った。

 だが、現実がそう上手くいくわけでもなく、出口間近でナニカにつまづいて転ぶ。慌ててつまづいたモノを見ると、そこには真っ白な人の腕が転がっていた。

「お兄さん、痛い痛い、痛いよ、やめて、やめてヤメテ、痛、いたいい、たいたた、イタタタイタァァイ、いた、いいたイおにぃ、ザンイタイ…。」

 狂気、それ以外の何でもなかった。

 少女たちは叫びながら、俺のあちこちに爪を立て始めた。服が破れ、皮膚が裂け、そこから血が流れる。叫んでも、少女たちはやめない。腰、足、肩…。頭がブチブチと音をたてて引きちぎられたのを最後に、俺は気を失った。


 ハッとして俺は目を覚ます。

 時間を見ると、昼の一時。仕事にはもう間に合わない。

 やけにリアルな夢だった。まるで俺がそのことを体験したかのように。

 亡くなった妻に供養をする。今日は仕事を休んで彼女との思い出に浸ろう。

 連続殺人事件に巻き込まれて亡くなった妻。今はもう落ち着いたが、昔はこの事件を思い出すたび、涙が溢れ、嘔吐が止まらなかった。

 こめかみに手をあて、洗面所に向かい、顔を洗う。鏡で髪型をセットしようとした瞬間だった。視界の端にナニカが見えた。

「あなた、ただいま。」

 ああ、知ったような真っ黒な穴が目の前に迫っていた。

 視界にノイズが入り、またもや俺は気を失った。

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声色 砂葉(saha/sunaba) @hiyuna39

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