第76話
「はい…………ところでマスター、ソフィアたちですが、まだ謝りに来てませんよね?」
ソフィアたちは案内した部屋から一歩も出てこない。こちらから移動は制限していないが、自粛している。
食事はヴァイオレット、ソラン、老師が持っていってるから不便はしてないようだけど。
「そりゃ気まずいからな。けどこのままってわけにもいかない……仕方ない、こちらから出向くか」
これから共に戦う仲間になるのだから嫌な事は今のうちに解決しておきたいし、俺も秘密主義がすぎた。
部屋を出て三人の部屋に行ってドアをノックする。
「どうぞ…………ユースケ様⁉」
「うーす。いつまでもしょぼくれてんじゃねえよ。これ食うか?」
持ってきたのはケーキ、食の水準の低いこの世界でデザートを食える機会は父のパーティーの時くらいだ。そこでも果物を切り分けた程度だったし。そんな世界の住民にこのケーキは悪魔的な誘惑だろう。
一回ヴァイオレットと口喧嘩になったときも、ケーキをあげるとすぐに機嫌を直してくれたから良いチョイスなはずだ。
「これは?」
「ケーキって言う俺の故郷のデザートだ。甘くて美味いぞ」
ソフィアにはショートケーキ、フィーにはチーズケーキ、ピクリナにはチョコレートケーキを皿に乗せて渡す。
俺はモンブラン。
「…………甘い」
「美味しいよぉ……」
「そうだろ。実は今日は三人に謝りに来たんだ。俺はお前たちが家族を人質に取られているのに気づいていながら敵を騙すために黙ってお前たちを利用した。本当に済まなかった」
俺が頭を下げると三人は慌てだした。
「そんなっ、元はと言えば裏切ったのは私達です」
「謝るのはフィーたちの方」
「ごめんなさい」
三人が土下座をして謝ってきた。今回は裏切られたけど根本的には優しくていい子たちなんだ。
そんな純粋な彼女たちを捨て駒のように利用したジョーカーに怒りも湧いてくるが、これも戦術と言えば戦術。そういった面ではジョーカーもなかなかできるやつだ。
うちの陣営でそういった狡いことを思いつけるのは、老師やヴァイオレットくらいなのでぜひ彼も俺の配下になってもらいたいところだ。
「だったらお互い様ってことで水に流そう。それじゃ俺は仕事に戻るよ。まだいくつかケーキが入ってるから分けて食べてくれ」
俺が部屋を出るまでは一応我慢してたようだが、出てドアを閉めた途端黄色い歓声が上がった。聞こえてるぞ。
ケーキ気に入ってくれたみたいで何よりだ。今まで彼女たちは少し大人ぶった態度(実際、実年齢は大人)だったが、見た目相応のはしゃぎ様に少し可笑しくなった。
「ふふっ」
「良き采配でしたの。これであの娘っ子共もユースケ様に忠を尽くすでしょうな」
「老師、あれが俺の本心だよ。尽くすとか尽くされるとかじゃない。仲間ってのは当たり前に協力しあうもんだ。俺もあいつらも仲間だからな。もちろん老師もだぞ」
「ならば我が主は仁君であられる。重畳重畳」
ドアのすぐ横に気配も出さずに立っていたゴ老師と話しながら移設した司令室に入る。
「ユースケ、あたしに渡す物はないかしらぁ?」
ヴァイオレットがソフィアたちの部屋が写ったモニターを、こんこんと爪で叩きながら言った。
ヴァイオレットめ、モニターで俺とソフィアたちのやり取りを見てたな?
「はいはい。これだろ?」
「わーい、ケーキだー」
要求しといて無邪気に喜ぶな。
「老師も食うだろ?」
「老体に甘味は毒ですじゃ」
「多少ならば薬さ。てかダンジョンマスターって病気になるのか?」
「のろいならともかく、自然な病気にはならないわよ」
自分のケーキをどれにするかムムムと唸りながら吟味していたヴァイオレットは、顔を上げてそう言った。
「ほっほほ、冗談ですじゃ。それでは儂はこの緑色のやつを頂けますかの」
抹茶ケーキか。なんかイメージ通りだな。
「老師、そろそろこちらも攻勢に出ないと、ジョーカーに多少怪しまれると思うのだが、どうすれば良いと思う?」
ケーキを口に運びながら老師は目を瞑り、開くと指を3本立てた。
「今思い浮かぶ策は3つ………………最も上策なのは第二迷路の敵戦力を前からは第三迷路のモンスター、後ろは第二迷路の最高戦力で挟み撃ちにして全滅させ敵主力を誘い出す。次策はこのまま現状維持。思い切って敵ダンジョンへ攻め込むのは下策ですかの」
「だったら上策を取ろう。ヴァイオレット」
「異議なしよ。さっさと敵主力の実力も見たいしね」
結論付いてからの行動は迅速で、第三迷路のヒューマンスライム、モンスタースライムと第二迷路のタンクスライム、ゴーレムスライムたちの活躍によって敵の第一陣は壊滅し、残党も速やかに狩り尽くした。
この二日後、数体のネームドモンスターが混じった軍団を投入してきたが、ヒューマンスライムとヴァイオレットのデスパラディンたちによって全滅した。
こちらの被害は軽微だ。
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