第24話 雨宿り
『ジュリア』
ギルフォードが囁く。
大人のじゃない。子どもの頃の彼だ。
顔立ちはあどけないけれど、その眼差しは大人びている。何もかも知っているような、見透かされているような。
ジュリアは月のように美しい彼の目が好きだ。ぶっきらぼうな口調だけど、ジュリアを大切に想ってくれている彼の優しさが好きだ。
ギルフォードに手を引かれ、同じように子どもの頃のジュリアは山荘の中を歩く。
大人たちは眠っている。この時間をギルフォードは待っていたみたいだ。
みんなが眠ってら出かけよう――ギルフォードがこっそり囁いてくれたから、ジュリアは眠気と戦っ
た。そして迎えに来たギルフォード一緒にこうして足音を殺しながら歩いている。
『どこに行くの?』
『……したいことがあるんだ』
『おじさんとおばさんには内緒で?』
『うん。……嫌?』
『ううん、いいよ。ギルがしたいんだったら、私もしたいっ』
『ありがとう』
大人が寝静まったことに行動していることにワクワクしているのが伝わってくる。
ギルフォードが嬉しそうだと、ジュリアも嬉しい。
ギルフォードの声で名前を呼んでもらうと、胸がドキドキする。
ずっとそばにいたい、と思う。
父はギルフォードは悪魔の子だから近づいてはいけないと言うけれど、こんなに優しい人が悪魔のはずがない。
『ここ』
そこはリビングだ。静まり返って、外からフクロウの声が聞こえてくる。
ギルフォードと向かいあうと、手を差し出してくる。
『?』
『両手を握って』
言われた通り握る。
『僕はジュリアのことが好きだ。世界中の誰より好きだ』
『私も、ギルのことが大好きだよっ』
ギルフォードは笑うと、いつも大人びてるのにとても幼く見える。でも本人はそれが嫌だから人前では滅多に笑わないようにしてる。
『これから僕の言うことをよく聞いて――』
◇◇◇
「――……っ……」
目を開けると、カーテンの隙間から注ぐ日射しに、目を細める。
寝巻からドレスに着替えてリビングに行くと、すでにギルフォードは起きていて、紅茶を飲んでいた。ジュリアも紅茶を貰い、朝食に白パンを食べた。
夢を見たあとのせいか、リビングが妙に気になってしまう。
あのあと一体ジュリアたちを何をしたのだろう。いや、あのことはそもそも実際に起こったことだろうか。それとも記憶を思い出せないことに罪悪感を抱いたジュリアが勝手に作りだした、ありもしない出来事なのだろうか。
捏造された記憶だったらどうしようも思って、ギルフォードに言い出せなかった。
ギルフォードに期待をもたせて、がっかりさせたくはない。
「今日はどうする?」
「散策がしたい。今日一日しかないんだから。また何か思い出せるかもしれない」
「分かった。行こう」
ギルフォードはジュリアが昨日プレゼントした耳飾りをつけてくれていた。それだけのことなのに胸の奥がウズウズして、落ち着かない気持ちになってしまう。
昨日は山を下りるルートを進んだが、今日は逆に登っていく。
行軍で鍛え上げた脚力とはいえ、ドレスでは山登りというわけにはいかないから、緩やかなハイキングコースを進んだ。
ジュリアの手には剣。森の中には熊や猪がいるらしいから、用心するに越したことはない、と持参した。もちろん魔導士のギルフォードがいるが、足手まといにはなりたくない。 せせらぎが心地いい川を渡り、美しい滝を眺め、野生動物を鑑賞しながら谷を渡る。
しかしジュリアの記憶を刺激してくれるものとは、なかなか出会えなかった。
「さすがに子どもの足でここまで来るのは難しいんじゃない?」
「俺が覚えたての飛行魔法で、お前を運んだ。まだその時はテレポートの魔法は難しくて使えなかったからな」
一生懸命ジュリアのために魔法を使ってくれたことを想像すると微笑ましい気持ちになって、口元が緩んだ。
「ありがと」
ジュリアが礼を言うと、ギルフォードは顔を背けた。
「……礼なら、あの時、これでもかって言ってもらったよ」
「そっか」
その時、ぽつぽつと雨が降り出す。
最初は少し感じる程度だったが、みるみる大粒の雨に変わっていく。
山の天気は変わりやすいと言うが、今の今まで晴れていたはずなのに。
「あそこで雨宿りしよっ」
ジュリアは、大きな岩陰を指さす。
「そんなことより山荘に戻ったほうがいいだろ」
ギルフォードがジュリアの手を掴もうとしてくるが、手を引っ込める。
「何してる。ずぶ濡れになりたいのかっ」
「雨が上がるまで待とうよ」
「やまないかもしれないだろ」
「じゃあ、その時は魔法で帰ればいいでしょ。こうして雨に打たれるのも旅行の醍醐味じゃない?」
「……まったく、意味がわからん」
ぶつくさ言いながらもギルフォードはあっさりジュリアの言葉に従い、岩陰に避難する。 ますます雨の勢いは強くなる。
雨宿りに選んだ場所場所は狭いから、自然と肩が触れあった。
服が体に張り付いているせいで、触れあうと、ギルフォードの逞しい腕の感触を意識してしまい、思わず距離を取ってしまうが、ギルフォードはそうはさせまいとするかのように肩を抱いてくる。
「震えてる。寒いんだろう」
「で、でも……っ」
「山荘に帰るのを拒否したのはお前だ。これで風邪を引かれても困る」
「鍛えてるんだから、そんな簡単に風邪なんて」
「黙ってろ」
雨に濡れ、いつも以上に、彼のまとう香りが強く匂い立つ。
心臓が今にも壊れてしまいそうなくらい早鐘を打ち、呼吸が乱れてしまう。
彼の逞しい体格と、高めの体温。それだけで互いの体が濡れていることなどどうでもよくなってしまう。
――全身が熱い。頭がおかしくなりそう……。
これではまるで、ジュリアこそ魅了魔法に憑かれているようだ。
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