困惑(※ギルフォード視点)

 ジュリアの足音が遠ざかっていく。


「く……っ」


 食いしばった歯列から、呻きを漏らす。

 書斎のソファーに仰向けに寝そべっていたギルフォードは、ジュリアの声を聞いただけで自分の心臓が早鐘を打つのを意識してしまう。


 たしかにあの巻物には魅了魔法の術式が書かれていた。しかし純粋な魅了魔法ではなかった。術式には手が入れられ、別の術式も複雑に弄られていた。

 実際、この屋敷にテレポートしてからメイドと擦れ違ったが、ジュリアに感じたものは微塵も感じなかった。


 ギルフォードも不審に思ってわざわざ呼び止め、自分の目の前に立つよう言った。

 結果は同じ。いつも通り。何ら特別な想いなどこみあげない。

 だからあれは、魅了魔法ではない。それならどうしてジュリアを前にした時、自分は我を忘れるような衝動に襲われ、抱きしめ、あの形のいい耳元で愛を囁き、あまつさえ口づけをしたいと強く焦がれたてしまったのか。


 心を落ち着かせようとしたいのに、目を閉じると、瞼の裏にジュリアの姿がありありと浮かび上がる。

 彼女のまとう甘い香り、抱きしめた時の柔らかく、武骨な軍服の下にあるとは思えないほどに華奢な体。

 全てがギルフォードの体を熱くさせる。

 こうして思いだすだけで、ジュリアが欲しくなってしまう。


 ギルフォードはさっきからそんな浅ましい衝動を必死に抑えつけていた。

 こんな気持ちを抱くことは、魔法の効果であっても忌むべきことだ。

 ジュリアは、ギルフォードに興味などないのだから。

 一体自分はジュリアに対してどんな過ちを犯したのか、どれだけ考えても分からなかった。


 でもジュリアはあのことを無かったことにしている。

 最初は恥ずかしがっているだけだと思ったが、違った。

 だから遠ざけた。それでもジュリアは昔の関係を取り戻したいと平然と言って、交流を持とうとしてくる。


 どういうつもりなのか。それほど苦しめたいと思っているのか。

 しかしジュリアがそんな歪んだ性格でないことは幼馴染だからこそ分かっている。


 だからこそ、混乱してしまう。混乱は困惑に、やがて怒りに。

 そんなタイミングで、こんな訳の分からない魔法に囚われるなんて皮肉だ。


 ギルフォードは自らに睡眠魔法をかける。そうでもしなければ眠れそうになかった。

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