第17話
レグラス様のその顔に、続けるはずだった言葉をぐっと飲み込む。
ラジェス帝国に来てからレグラス様にはお世話になりっぱなしだ。だというのに僕は浅学で、独学で得た知識も役に立つかどうかも分からない人間だ……。
見元保証人となったことをレグラス様が後悔していたらどうしよう……。
彼を見続ける事ができなくて視線を落とす。
帝国の学院に入るには身元保証人は必ず必要なんだろうか?
もしアステル王国の獅子の一族って身分でどうにかなるなら、レグラス様に身元保証人から外れてもらっても構わない。
ーーでも……。
僕は決めたじゃないか。
レグラス様が与えてくれるものは、遠慮なく享受しようって。
そしてちゃんと独立できたら、しっかり恩を返そうって。
だったら俯いてばかりじゃダメだ。
膝の上に置いていた手をぐっと握り締め、落ちた視線につられて俯いていた顔を上げた。
「レグラ……」
口を開いてその名前を呼ぼうとした時、伸びてきた彼の手が僕の手に重なった。大きくて温かなその手に包みこまれて、僕は口を噤んでその手に目を向けた。
「フェアル、大丈夫だ」
「ーーえ?」
「君が望む通り学力は見よう。だが学院は色々なプログラムがある。個人の能力に応じて授業を選択できるから心配する必要はない」
「…………」
どうやら学院での学び方も、アステル王国とラジェス帝国では随分違いがあるみたいだ。
その事に、僕はほっと安堵の息をついた。
勿論、基礎的な知識が足りているかって心配はあるけど、レグラス様の手の温かさを感じていると、それも何とかなるんじゃないかなと思えてくる。
ーー本当にレグラス様は不思議な人だ……。
胸の奥の奥がじんわりと温かくなって、緊張で強張っていた顔も知らず知らず緩んでいた。
「ーーありがとう、ございます」
ため息をつくように言葉を紡ぐと、レグラス様は重ねていた手を外して、ツンと僕の鼻の頭を指の背で突いた。
「そんな可愛らしい顔をするなら、よく見えるように顔を上げてからにしてくれ」
「ーーか……顔?」
思わず顔を上げてぱちくりと瞬くと、レグラス様は鼻先を突いた指で頬をすりっとひと撫でした。
「自覚なしか……。頬を染めて、随分愛らしく笑っていたぞ」
「笑う? 僕が?」
意識してなかったけど、笑ってたの? 僕が?
レグラス様に撫でられた頬を自分の掌で覆う。
「ああ。これからは取り繕う必要はない。無理をせず、君らしく在れば、それでいい」
「僕らしく……」
ちょっと考える。僕らしいってどういう状態だろう……。
こてりと首を傾げていると、レグラス様は柔くその目を細めて見せた。
「考える必要はない。気持ちのまま在れば、それが即ちフェアルらしいということだ」
「気持ちのまま?」
「難しいか?」
「……少し」
困惑が顔に出ていたのかレグラス様に問われ、僕は正直に頷いた。
「まあ、私達はまだ顔を合わせて日も浅い。先ずは互いを知るところから始めるか」
そう言うと、レグラス様はぽんっと僕の頭に掌を乗せた。
屋敷に戻ると待ち構えていたサグとソルに迎えられた。レグラス様とは玄関ホールで別れて、そのまま与えられた部屋へと連れて行かれる。
部屋でシャツとスラックスの楽な格好に着替えると、サグがにこりと微笑んだ。
「お出かけは楽しかったですか?」
「はい! とっても!」
人族の国で不安もあったけど、アステル王国出身の人に会えて安心できたし、品物をあれこれ見ながら欲しいものを選ぶのも楽しかった。
コクコクと頷くと、脱いだ服をメイドに渡していたソルが「ふはっ」と笑い声を洩らした。
「余っ程楽しかったみたいたな」
「楽しかったです。馬車から見る街並みも綺麗だったし、お店もお店の方も、とても素敵でした」
「そりゃ良かった。無表情な閣下と一緒だから緊張したんじゃないかって心配してたんだ」
「ソル!」
ソルの遠慮ない物言いに、サグが嗜めるように名前を呼ぶ。
二人を眺めて、僕はこてんと首を傾げた。
「レグラス様は、そんなに無表情ってわけじゃないと思うんですけど……」
「え?」
「あ?」
僕の言葉に、同じ顔の二人が「不可解」て表情でこちらを注視してきた。
「確かに分かり易い方ではないとは思うけど……。僕が緊張しなくて済むように気を配って頂きました」
「フェアル様相手ですからね」
「フェアル相手だからなぁ……」
僕だから、なんだろ?
よく分からない納得をしている二人を困って眺めていると、そんな僕に気付いたサグがコホンと咳払いをした。
「すみません。さ、フェアル様、お疲れでしょう? 晩餐までまだお時間があります。少し横になってお休み下さい」
「え? 僕は大丈……」
「大丈夫ではありませんよ。お顔に疲れが出ています」
「疲れた状態で食事と消化不良起こすぞ。明日胃もたれ起こしたくなければ、大人しく休んどけ。時間になったらちゃんと起こしてやるからさ」
サグとソルに言われてしまって、仕方なくベッドに横になる。
そんなに疲れてる気はしないんだけどって思ってたけど、横になったら速攻寝てしまっていた。ちょっと恥ずかしい。
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