第16話
「フェアル、こっちに」
手招きされてレグラス様に近付くと、彼は流れるような仕草で僕の肩を抱き、ペン軸が並べてある硝子のショーケースの前に誘った。
「どういうタイプが好きなんだ?」
「どういうタイプ?」
ペン軸ってそんなに種類があるの?
大抵そこにある物を使ってたから、正直好みなんて分からない。
ショーケースを覗き込んでみると、様々な木を使った物や樹脂を固めて細工された物、琥珀をあしらった物、繊細な硝子製の物、色も形も様々だ。
「フェアル様は指先の力が強くていらっしゃるので、素材で申しますと耐久性の高いキングウッド製や魔法で強度を付けた硝子製などがお勧めですね」
僕の後ろから付いてきていたガラガントさんがショーケースの扉を開けて、いくつかペン軸を取り出しベルベットが張られたトレイに並べた。
「掌や指のサイズからいうと、このくらいの太さの軸が持ちやすいかと思います。後はお好みになりますので、これを基準に太い細いのご指示を頂けたらお品をお出ししますよ」
「持ってみるといい」
二人に促されて、こわごわ手を伸ばす。
四本並べられたペン軸の内、目を奪われたのは全体が淡く薄い水色の硝子製のものだった。
どういう製法で作られたのか全く想像できないけれど、軸の中心に濃い青が波のようにうねっていて美しい。
本でしか見たことがないけれど、海みたいだなって見惚れてしまった。それに何だか優しい感じがして心が惹かれる。
「それが好きか?」
耳のすぐ横で声が聞こえて、僕はびんくん! と反射的に身を窄めてしまった。そろりと視線を動かすと、身を屈めたレグラス様が僕の背後から肩越しにトレイを覗き込んでいた。
ーー好き?
もう一度ペン軸に目を向ける。じっと見つめて……。
僕はぱっと振り返り、レグラス様の顔を見上げた。
僕の行動を察知したらしいレグラス様が、何も言わずに僕を見下ろしている。そのアイスブルーの瞳を、じぃぃぃっと凝視してしまった。
ーーこの色だ……。
この、一見冷たくも見える色に、いつの間にか安心感を抱くようになってたんだ……。
そう気付いて、僕は小さく頷いた。
「ええ……。これが好きです」
真っ直ぐ見つめたまま答えると、一瞬目を見開いたレグラス様はすっと視線を逸らした。
「ーーーーそうか」
「……閣下もテレることがあるんですねぇ……」
しみじみと呟いたガラガントさんの言葉に、「そうなの?」とレグラス様の顔を覗き込もうとして、彼の大きな手で目を覆われて阻まれてしまった。
この感じ、この間もあった気がする。
確か、「怖くないか?」って問われて、「怖いかどうかはわからないけど、撫でてくれる手は好き」って言った時もこんな感じだった。
あの時も、レグラス様は照れてたんだろうか?
内心で首を傾げていると、ガラガントさんがため息をつく気配がした。
「閣下、睨まないでくださいよ。さ、フェアル様は、ペン軸はそちらで宜しいですか?」
未だ視界はレグラス様の掌で覆われたままだったけど、取り敢えずコクコクと頷いた。
「はい、これがいいです」
「承知しました。ーー閣下? サイズ違い、お出ししましょうか?」
「…………。出さなくていい、もとから買うつもりだ。一緒に包んでくれ」
「承知しました」
くすくす笑いながらガラガントさんが離れていく靴音がする。
包装するのかな? と耳をピクつかせて音を拾っていると、目を覆っていた手が漸く外された。
窓から差し込む陽の光がちょっと眩しく感じて目を細めていると、レグラス様はピクつく僕の耳を柔らかく指でひと撫でして、肩を抱いたまま違うショーケースへと誘った。
肩に置かれたレグラス様の指に、ほんの僅かだけ力が籠もる。
「……素直な君は大変愛らしいと思うが、あんまり無防備だと襲われるぞ」
「襲われる?」
学院でってことかな? だから周りをしっかり警戒しなさいっていうことだろうか?
ーー暴力沙汰になったら、体力のない僕は確実に負ける。だから忠告してくれたのかな。
コクリと頷いていると、ガラガントさんが離れた場所から呆れたような声を出した。
「閣下が理性を総動員すれば大丈夫なんじゃないですか?」
「煩いぞ、ガラガント」
ピシャリとレグラス様が言う。
……あれ、なんの話? 学院での注意事項の話じゃなかったの?
不思議そうな顔でレグラス様を見上げると、彼は僅かに眉間にシワを寄せて「気にするな」と首を振っていた。
その後は、速乾性のインクやインク滲みが少ない紙を使用したノート、学業に必要なアレコレを選んでいるうちに時間が経ち、気付けば陽も傾き始めていた。
今朝僕が寝坊したから始動が遅かったのもあるけど、楽しい時間って本当にあっという間に過ぎるんだな。
購入した品物を馬車に積むと、そのまま乗り込み屋敷に帰ることになった。
「レグラス様、制服も文具もありがとうございます」
「気に入った物があって良かった」
レグラス様が少し目を細めて僕を見ている。
ついつい気にはなるものを観察するように見てしまうのは
目付きこそ鋭いレグラス様のこの目つき、大体微笑みの代わりになる事が多いみたいだ。
レグラス様も全く笑わないわけじゃないけど、大抵は口の端を持ち上げてるくらい。
でもこのお顔の時は機嫌がいい感じなんだ。
きっとトーマさんやガラガントさんら同期生と会えて嬉しかったんだろう。
もしかしたら、今なら僕のお願いも叶えて貰えるかも……。
そう思った僕は、少し畏まってレグラス様に声をかけた。
「ーーレグラス様?」
「どうした?」
「あの……一つお願いがありまして……」
そっと小さく告げると、彼は「問題ない」とばかりに頷いた。
「僕、ずっと独学だったんです。学院での授業についていけるか心配なので、一度僕の学力を見てもらえませんか?」
恐る恐る言葉を紡ぐと彼は目を見開いた。
「独特? 向こうで学院に通っていなかったのか?」
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