第7話

「だから、どうして閣下はそう無茶をなさるのですか………」


頭痛を堪えるように額を人差し指で押さえると、魔法医師ダレンは苦々しく呟いた。

まだ35歳という年齢で国家魔法医師団の総裁に就いている彼は、その眉間にくっきりと深いシワを刻み目を眇めて私を見ている。

ベッドに座ったままその様子をチラリと見た私は、再び眠るフェアルに目を向けた。


湯を使い身綺麗にはなったが、その顔色はとても悪く、真っ青を通り越して真っ白だ。折れそうなほど華奢な身体も相まって、目を離すとすぐに儚くなってしまいそうで恐ろしい。

手を伸ばして顔に掛かる前髪をそっと払う。

確か17歳になるはずだが、露わになったその顔は酷く線が細い。そのせいか、男なのに『羞花閉月』と評したくなる繊細な美貌となっていた。


「……それほど大事にしていながら、何故無理に魔力を奪ったんですか」


呆れたようにため息をついたダレンは私の隣に立つと、同じ様にフェアルに目を向けた。


「本人の承諾なしに魔力を奪う事が、どれほど身体に負担をかけるのか、貴方が一番ご存知でしょうに」


ダレンの苦言を聞き流しながら、フェアルの額に当てた手を滑らせると掌ですっぽりと頬を覆う。親指を動かし赤みのない唇に触れた。

浴室で魔力を奪うために口付けた時には、赤みがあり艶かしくもあったのに……。


「……いていて、問い詰めてしまった。そのせいで混乱した彼の中で魔力が暴れそうになって、奪うしかなかったんだ」


「ああ……、アーティファクト、ね」


フェアルが身に着けていたアームバングルには、その魔力を身体の中に封じ込める作用がある。あの状態で魔力が暴走すれば、身体が内側から引き裂かれてしまう。

ーーだから、奪った。


すりっと唇を指で撫でる。

奪うための口付けだ。命を救うための応急処置といってもいい。

だがその唇は驚くほどに………。



ーー甘かった……。


乾燥して荒れたその唇は想像を遥かに上回るほど甘美で、つい我を忘れて貪ってしまっていた。

はっと正気に返ったのは、ゴッソリとフェアルの魔力を奪った後のこと。

ダレンの言う通り、承諾のないまま魔力を奪うと相手の体力を著しく損なう。


分かっていた。

分かっていたが、自分を止めることができなかった……。


視線を、色のない唇から細い右腕へと流す。

誰がどういう意図で付けたかは分からないが……。

彼の命を損なわせるモノをいつまでも付けさせておくほど、私は温厚でも気が長くもないのだ。


「フェアルが付けているアーティファクトを取り外せ」

「無理です」


間を置かずに即答したダレンを思わず見上げる。片目を眇めると、ヤツは軽く両手を上げ苦笑いした。


「睨まないで下さい、閣下」

「理由を言え」

「それは、彼自身が外す事を望んでいないからですよ」


キッパリと言い切る顔に迷いはない。


「何故そう言える?」

「考えてみて下さい。彼がこの屋敷に来て何日経ちます?その間、私も貴方も何度も彼と対面しました」


私から視線を外すと、フェアルに目を向ける。


「ですが、私達は彼に呪具が付けられている事に気付かなかった」


そう指摘され、私もフェアルを見た。

私もダレンも、この帝国屈指の魔法師だ。その私達が気付かなかった、その意味………。


「アーティファクトは、使用者の命を奪いながら稼働します。本人が嫌嫌身に付けているなら、命が奪われる事に無意識にでも反発するはずです。そしてそれは気配として確実に私達に伝わるはず。でも、それがなかった」

「望んで身に付けている、と?」

「望んでかどうかは分かりません。その判断材料がありませんから」


言葉を切ったダレンは、小さくため息をついた。


「ただ嫌がってもいない。それから考えられるのは、余程親しい人から付けられた、もしくは彼が自身が呪具と知って尚、身に付けてなければならないと感じたから……でしょうか」


親しい人……、か。

フェアルを迎え入れるにあたり、一通り彼の身辺調査をした。アステル王国での彼の扱いは、筆舌に尽くしがたいくらいに酷いものだった。その彼に、親しい人がいるはずもない。


とすれば、呪具を身に付けなければならないと、彼自身が思い込まされた可能性の方が高い。

ぐっと奥歯を噛み締める。


「今できることは、彼自身が呪具を外しても大丈夫だと思える環境を作る事と関係性を築くことですよ、閣下」

「………………………」


噛んで含めるような物言いに、苛立つ気持ちもある。

しかし、それ以外にこの呪われたアーティファクトをフェアルから取り除く術がないのも事実だ。

私はチラッとダレンに視線を流した。


「ならばフェアル自身の意思で、アーティファクトを外す事を望むように仕向けよう。その時、もう一度お前を呼ぶ」

「御意」


恭しく頭を垂れる魔法医師を冷ややかに眺めながら、忙しく思考を巡らせ今後の算段を立てるのだった。



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