2 ソーラーパネルと初配信と彼女の事情②



「ふっふっふ。聞いて驚け、見て笑えっス。

 あたしたちがやっているのはASAKATSU。

 そう、あたしたちは失われた100年ロストエイジ時代に一世を風靡し、全盛期の総人口は一億に及ぶと謳われた伝説の職業――Vtuberなんスよ!」


 誇らしげな笑みを浮かべ、声高に言い切る黒髪少女。

 ブイチューバ―、耳馴染みのない言葉だ。とはいえそれ自体に驚きはない。

 恐らく目の前の彼ら――いや、管理人の玲奈は仕事愛好家というやつなのだ。ベーシックインカム制度により労働から解放されたこの世界で、わざわざ昔の仕事を掘り起こそうとする変わり者がいると聞いた事があった。

 そして所有者・・・たる玲奈の命令を受けて、残りの二人が働いている、と。

 

 なるほど、だからあんなに生き生きしていたわけか。

 人間の所為でここに来て、それでも尚彼らの期待に応えようとして。


 ――ほんと、馬鹿みたいだ。


「そう。それじゃ、頑張って」


「あ、うん。応援ありがと――って、ちがああうっ。

 何でそのまま回れ右しようとしてるんスかっ。ここは『Vtuber!? なにそれ詳しく』って目ぇキラキラさせて聞くところじゃないんスか!?」


「ひゃっ。……び、びっくりしたのですよ」


:見事なノリツッコミktkr

:一瞬スミヤビが出てるじゃんww

:ヒナタちゃんを怖がらせるとは万死に値します

:可愛い子の悲鳴は万病に効くんじゃあ^^~~


 嫌悪感と共に彼女から視線を外せば、テーブル上の旧式ノートパソコンに何かの文字列が躍っているのが見えた。

 ブイチューバ―とやらに関わる何かだろうか。正直、全く以て興味が湧かないだが……やっぱり俺も手伝わなきゃ駄目、なんかね。

 そこのところどうよ、管理人?


「? ……えと、もし良かったら付き合ってあげてほしいかな。

 ずっと二人でやってきて、寂しい思いをしてきたみたいだから」


「……それは、命令?」


「ううん。純粋なお願いだよ。

 寮のみんなが仲良くしてくれたらいいなっていう、ささやかな願い」


「はあ」


 はにかむように笑う彼女に、嘆息が漏れる。


 最悪だ。これで従うしかなくなってしまった。

 鈍重な両足を無理やり動かして、彼女たちが座るソファーの横に立つ。金髪少女のまん丸な瞳が俺を捉えた。


「えへへ、よろしくなのですよ」


「……。それで、ブイチューバ―って?」


「おおっ、よくぞ聞いてくれたっス。

 Vtuberを語るには、まずとある動画共有サイトの存在を知る必要があるんスよ。

 アキさんはかつて――21世紀以前では今より遥かに多くのサイトやSNSがあったのはご存じっスよね?」


「まあ、それくらいは」


:お、メン限始まった?

:トラッキング越しにも分かるウキウキさよ

 長くなるぞぉ、これは

:総員、傾聴!!

:(`・ω・́)ゞ

:(ノシ 'ω')ノシ バンバン

:……ところで、メン限って一体?

:さあ?

:さあ?


 黒髪の彼女が問いかけてきた言葉は、この世界の常識ともいえるものだ。


 約80年の2055年に起こったAI革命。それは人類に望外な恩恵を齎すだけではなく、混乱の種もばら撒いた。人間の知性を遥かに超える人工知能が反政府組織等の手にまで渡り、サイバー空間における攻防が激化したのだ。

 元来、サイバーセキュリティ対策はいたちごっこと称されるように、攻撃側が圧倒的に有利だ。連日のように開発される戦術T技術T手順Pに防御側が対応できず、主要なサイトの大部分が閉鎖、あるいはデータ損失を余儀なくされた。

 そうした混乱は22世紀初頭に導入された巡回AIによって一応の終息を見せたが、後に残ったのは失われた100年ロストエイジと呼ばれるデータ的空白期間とガチガチに統制されたインターネット。

 結果として、人類はそれまで積み上げてきた歴史と自由を失ったのだ。

 何とも哀れな話である。


「なら続けるっス。

 ご存じの通りそれらサイトの多くはネットの藻屑と化したっス。でも、実は細々と生き残っていたサイトもあるんスよ。

 その内の一つがこのYourtube。人類の可処分時間の半分を奪い、全ての娯楽を支配したと謳われる伝説の動画共有サイトっス。噂によれば、自身の動画が再生されることで得られる収益だけで生活したYourtuberと呼ばれる存在がいたとかいないとか。そしてその中でも特にアニメ調のアバターを使って配信した人たちが、今あたしが真似っこしているVtuberっス。

 Vtuberはほんとにすごいんスよっ。年齢も立場も境遇も関係ない。アバターという仮面を被れば、誰にだってチャンスがあるっ。あたし達でも、もう一度表舞台に立てる」


「……そう」


:長い長いww

:あかん、新人ちゃんとの温度差が……

:そら(オタク特有の早口で捲し立てられたら)そう(無口にもなる)よ

 

 表舞台に立てる、ねえ。

 やっぱり思った通りじゃないか。


 段々と上擦うわずる彼女の声とは裏腹に、俺の心の中を冷たいものが沈んでいく。

 と、黒髪少女は続けざまにPCの画面を指さした。


「ほら、ここを見て下さいっス。

 あたしたちに似たキャラクターが4人ほど映っているでしょう?

 これがアバター。造形モデリングAIと3Dトラッキング技術を使って、本人の体を元に自動生成した3Dモデルを現実の映像の中に埋め込んでいるんスよ。まあ、やろうと思えば別のモデルにする事もできるんスが――ともかくっ。

 こうやって自分とは別の誰かになれきれるのがVtuberってわけっス」


「ふーん」


:所謂、ARってやつだね 懐かしっ

:俺が子供の頃はパソコンすら無かったのに、凄い進歩よなあ

:↑おじいちゃん、ご飯はもう食べたでしょ

:推定年齢150歳以上のおじいちゃんリスナーか……

:ありえない話じゃないのが怖いところよ


「そして、ここの画面横に流れている文字がコメント。

 この配信を見ている人――リスナーたちが書き込める、自由なチャットって感じっス。Vtuberの配信は彼らのやり取りも醍醐味なんスよ。

 ほら、みんな。アキさんに面白い挨拶をするっス」


:急な無茶ぶり来たww

:おいーす、アキさん見てるぅ~~?

:リスナーだけにリッスントゥミー なんちゃって

:↑私刑

:↑お前だけは許さん

:あれ、急に冷房入った?


「?? リッスントゥミーって何なのです?」


「……」


 疑問符を浮かべる金髪少女の横で、黒髪少女が「ね、面白いでしょうっ」と言わんばかりに鼻を膨らませた。


 さりとて彼女の話を最後まで聞いても、Vtuberとやらの楽しさは欠片も理解できなかった。

 リスナーの誰かも言っていたが、VR全盛期の昨今にAR技術を持ち出すなんて時代錯誤も甚だしいし――大体、配信ならば偶像アイドルAIで事足りるじゃないか。

 人の手を介さないあちらでは、24時間常に誰かしらが生放送していたはずだ。

 もっと優れたコンテンツが他にあるのに、時代遅れの骨董品ロートルにいつまでもしがみ付くなんて無意義だ。リスナーとかいうおちゃらけた奴らも同じ、意味が分からない。

 道具は、一度役目を失ったらそれで終わりなのだ。今更足搔いたって、何にだってなれやない。


「……っ」


 そんな暴言が飛び出そうになって、慌てて止める。


 ……はあ。何を熱くなっているんだ、俺は。

 こいつらが何をやっていようと関係ない。今はただ、この時間が早く終わることだけを考えていれば十分だ。


「それで、お前たちの名前は?」


 代わりに通過儀礼的な質問を投げかける。

 というか今まで相手の名前も知らなかったとか一体どうなってんだよ。


 人知れず失望を募らせる俺の前で、二人の少女がぎこちない動きで立ち上がった。

 

「……よ、よく気づいたっスね、あたしたちが自己紹介してないと。

 あたしの名前はミヤビ。ここキュウハチ荘では玲奈と並んで一番の古株っスから、遠慮なく頼ってくれていいっスよ?

 それでこっちが――」


「ヒナタはヒナタっていうのですよ。

 え、と……えんりょなく頼って、ね?」


:ヒナタちゃんprpr

:そして俺がミヤビちゃんたちのパパです

:↑誰だよ、お前

:あ? ヒナタちゃんはワイの娘なんだが?


 そうして、二人――ミヤビとヒナタは初対面を思わせる呑気な顔で笑ったのだった。





「……ところで、何でマシュマロなんか焼いてるの?」


「ふっふっふ。実はこれもあたしが発掘した伝統の一つなんスよ。

 遥か昔、Vtuberたちの間ではリスナーから貰った質問をマシュマロに見立てて食べる配信が人気だったとか、そうじゃなかったとか……」



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