TS闇深少女はVtuberになりたくない

水品 奏多

1 ソーラーパネルと初配信と彼女の事情①



『……どこまで話しましたっけ?

 ああ、そうそう。ここナインエリアが創設された経緯でしたね。

 今から約100年前の21世紀前半、我が国は急速な人口減少と高齢化に悩まされていました。

 逼迫する地方財政と縮小する経済活動。そんなのっぴきならない状況を打開するために提唱されたのが――』


 微かな振動と走行音が響くバスの中。

 添乗員ガイドAIの長ったらしい解説を聞き流して、俺は窓の外へと視線を投げた。


 周囲に広がるのは、雑然と並ぶソーラパネルの群れ。

 設置面積は確か30平方kmにまで及ぶのだったか。山岳地帯を切り開いて作られたそれらが朝日を反射して煌々と輝いていた。


 第九特別行政特区――通称ナインエリア。かつてはこの国の大動脈として四六時中稼働し、今はただの廃棄物置き場と化した場所。

 AIたる彼(彼女?)に説明されずともその存在は知っていた。当然、そこに送られる意味も、だ。


『と、もう目的地についてしまいましたか。

 それでは。どうかお客様に素敵な明日がありますように。私共一同、またのご利用をお待ちしております。

 ま、ここには私以外のガイドAIはいないんですけれど』


「はあ」


 はっはっはっ、と気障ったらしい笑い声が響く無人運転席の横を通り過ぎる。

 

 素敵な明日、ねえ。

 どうやらこいつの設計者は随分と良い・・性格をしているらしい。


 辟易とした思いでバスを降り、正面の建物を見上げる。

 一面のソラーパネルの中にポツンと佇む一軒の半球ヘミスフィア型集合住宅。

 青白色の丸い壁にドーム状の屋根、一列に弧を描いて並ぶ窓という見慣れた外観だ。彼の言葉からして、ここが俺の新しい住処だろう。


「えーと。あなたがアキちゃんだよね?」


 背後でドアが閉まると同時、近くの人間が話しかけてきた。

 白いワンピースに身を包み、ブロンズの髪を腰まで伸ばした日本人の少女。

 外見年齢的には10代後半位だろうか。口元に浮ぶ締まりのない笑みもあって、のほほんとした印象を受ける。


「そう、私がアキ。お前は?」


「僕の名前は南園みなみぞの玲奈。ここの管理人をやらせてもらってるんだ。

 何か困った事とかがあったら、基本的に僕を頼ってくれたら大丈夫だよ。よろしくね、アキちゃん……って、あ。アキ君って呼んだほうがいいかな?」


「別に。どっちでも」


「わかった。それじゃああいだを取ってアキさんって呼ばせてもらうかな。

 よろしく。そしてようこそ。第九特別行政特区八番荘――キュウハチ荘へ。僕たちはアキさんを歓迎するよ」


 そう手を差し出してくる彼女に嘘は見えない。

 俺みたいな色物いろものが来て喜ぶなんて、余程の変人なのか、あるいは理想におぼれた偽善者か。どちらにしろ碌なものじゃないな。


 嫌悪に似た諦観と共に、無言で顎を引く。

 管理人は眉をピクリと動かして息を漏らすと、気まずそうに頬をかいた。


「えーと、ごめんね?

 本当は他のみんなと一緒に出迎える予定だったんだ。でも二人とも今日は時間が合わなくて……」


「はあ」


「あ。いや、二人とも普段は凄く良い子たちなんだよ?

 ただちょこっとだけ癖が強いっていうか、好きなことに一直線すぎるっていうか……うん、まあそんな感じ」


 弱々しいフォローを重ねてくる彼女を横目に、キュウハチ荘へと歩く。

 管理人たる彼女が玄関扉中央のカメラに顔を寄せれば、かちゃりと開錠音が響いた。虹彩認証――人それぞれ固有のパターンを持つ虹彩を認識して、対象を判別する認証方式だ。


「それじゃあ……入るよ」


「?」


 何故か緊張した様子でドアを開ける管理人。

 中に広がったのは、現代住宅としてごく一般的な室内だった。

 白色LEDに照らされた、清潔感に満ちた玄関。家の中央へと繋がるドアは乱雑に開け放たれており、隙間からは大きなソファーに座る二人の人影が見えた。


 ダボダボなTシャツを着た黒髪の少女と幼い背丈をした金髪少女だ。

 見覚えがある容姿から察するに、俺と同じ存在だろう。つまりは廃棄処分を待つだけのガラクタ。

 そんな少女たちが浮かべる表情を見て、俺は思わず息を呑んだ。

 

 ――二人とも楽しそうに談笑していたから。

 それもテーブル上のカセットコンロでマシュマロを焼いて。


「お。ようやくおでましっスか。

 ほら、なに突っ立っているんスか。リスナーのみんなも待っていたんスよ? さっさとこっちに来るっス」


「うむうむ。早く来るのですよっ」


 黒髪の方が此方に視線を寄越し、ひらひらと手招きする。その横で金髪の少女が楽しそうに肩を揺らした。

 二人ともあたかも旧知の仲かのような雰囲気を醸し出しているが、俺たちは完全な初対面。当然約束なんてものがあったはずがない。

 意味が、分からなかった。彼女たちが笑顔を浮かべているのも、出迎えそっちのけでそんなことをしているのも。そして何より――


 俺、こんなアホそうなやつらと一緒に暮らさなきゃいけないの?



「え、普通に嫌」



「なんでぇ!?」


 つい口に出してしまった本音に、黒髪少女がオーバーな仕草で膝を付く。

 あー、やっちまった。……まあでも別にいいか。どうせただの同居人過ぎないんだし。

 そう開き直る俺の横で、管理人が若干声を震わせながら笑った。


「まあまあ二人とも。アキさんも混乱してると思うし、先に何をしてるかだけでも教えてあげたら?」


「む。確かに、大事なことを言ってなかったスね」


 ――まずは自己紹介じゃないんかね?

 そんな指摘を挟む間もなく、黒髪少女はあっさりと体勢を戻すと(ない)胸を張った。


「ふっふっふ。聞いて驚け、見て笑えっス。

 あたしたちがやっているのはASAKATSU。

 そう、あたしたちは失われた100年ロストエイジ時代に一世を風靡し、その総人口は一億に及ぶと謳われた幻の職業――Vtuberなんスよ!」


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