第2話
チュン、チュン、チュン。
(柔らかくて温かいなぁ)
目を開けるとメルの顔が目の前にあって驚いてしまう。
(そうか。昨日はメルを助けたんだっけ)
彼女の顔を見つめる。すやすやと眠っている姿は子供みたいで、なんだか可愛かった。僕は体の向きを変え、天井を見る。これから彼女をどうすればいいのかと思いにふけっていた。
「おはようございます」
左側からやさしい声が聞こえた。
「メル。おはよう」
彼女は笑ったあと、うつ伏せになり顔を隠した。
◆
「ギルドに行ってくるから、メルはここにいていいよ」
「えっ、またダンジョンに行くんですか?」
「今日はミーティングの日だから、ダンジョンへは行かないよ」
僕とメルはパンを食べる。いつも一人だったから、メルと一緒に朝食をとることで心が温かくなっていくのを感じた。
「じゃあ、行ってくるね」
「気をつけてください。カイ様」
「うん。気をつけるよ」
◆
僕はギルドへ向かう。中に入るといつものテーブルにパーティーメンバーが集まっていた。
「カイ、遅刻だぞ」
「すみません」
「あとでみんなにエールな」
「ははは」
僕は後頭部を掻いた。
「でな」
僕は椅子に座りミーティングに参加する。
「「紅蓮の鎧」と共同戦線を張ろうと思ってな」
どうやら、またダンジョンアタックをするみたいだ。
「十層のボスを倒すのにメンバーが厚い方がいいと考えてな」
「あっちが提案してきたんだろ」
リックがリーダーに言った。リックは半年ほど僕より誕生日が早く、年上にもはっきりと意見を言う、僕にとって兄貴みたいな存在だ。
「オレは反対だ。信頼おけるヤツらじゃないと組めん」
「報酬が均等割だとしてもかなりオイシイぞ」
「昨日、八層で撤退したろ。上手くいくとは思えん」
「向こうが囮を増やすらしいから何とかなるぞ」
(囮か……)
「しかしまあ、奴隷を買うとは「紅蓮の鎧」はオレと違って金持ってんだな」
「そりゃそうだ。俺らすぐ女に使っちまうからな」
「まっ、囮がいてもオレはいかないぜ」
「カイはどう思う?」
リーダーとリックのやりとりを聞いていて、僕はリック寄りの考えだった。
「ボスを倒してクリアするのは難しいと思います。連携も取れないと思うので」
「バカだなぁ。俺ら連携を取ってると思うか?」
(確かに来る敵来る敵を、前衛四人で脳筋アタックしているからな)
「向こうの連携もあると思うので」
「三対二か……」
しばらくの間誰も言葉を発さない。沈黙を破ったのはリックだった。
「「紅蓮の鎧」と一緒に三人で行けばいいと思うぞ。オレとカイは残る」
「そうか」
リックの一声で方針が決まる。僕とリック以外がダンジョンアタックすることになった。
◆
「カイ、何頼む?」
「いつものやつで」
「相変わらずだな。他のやつを頼んでみればいいのに」
ミーティングが終わったあと、リックに誘われたので、昼食を一緒に食べることにした。
「でな、お前に聞きたいことがあるんだが」
「なんだ?」
「お前が奴隷会館に行ったという噂を聞いたんだがそれは本当か?」
「……おおぅ。行ったぞ」
「女の奴隷買ったのか?」
僕は何て説明すればいいかわからなかった。
「ほう、そうかそうか。貯めた金をようやく使ったんだな。そりゃいいことだ――
それで、いくらしたんだ?」
僕は手の指を二本見せる。
「金貨二枚って、お買い得じゃん」
「二十枚」
「二十! おま、金貨二十枚も払ったのか?」
「うん」
「はぁ、普段使ってないから相場が分からないんだよ。馬鹿すぎる」
僕は金貨二十枚を使ったことは全然後悔していない。
「あっ、もしかしてエルフを買ったのか?」
「えーっと、エルフではなく」
「なく?」
「ハーフエルフだよ」
リックはガックリと肩を落とした。
「エルフなら、精霊使えるだろ。そんなに金使うなら、エルフ買えよ。まったく」
「いいんだ。納得しているから」
「ほほう。お前が納得するなんて、さぞかし美人なんだろうな」
(当たっている)
「あっ、巨乳か」
(それも当たっている)
「まあ、いいか。オレの金じゃないし。ん?」
「どうした」
「そいつのメシはどうするんだ?」
「あっ」
「まったく。几帳面なんだか、ぬけているんだか――メシ来たら早く食うぞ」
リックは周りのことも考えて行動できる人だ。僕は近視眼的なので、見習いたい。
「あいつらがアタックしている時も、ここに来い。新人の助っ人をしながら近場のクエストをこなそう」
(リックはこういうときも、後進を育てることを考えているんだよな)
「わかった」
「じゃあ、新人を助っ人をするって紙を貼り出しておこう」
昼食が食べ終わり、リックはギルド受付に行って、クエストボードに貼る紙を作っていた。
「カイは先に帰っていいぞ」
◆
「ただいま」
僕は帰ってきて部屋の扉をあける。
「おかえりなさい。カイ様」
「これ、メルの分のお昼」
「うわぁ、ありがとうございます!」
僕は机をメルに譲り、ベッドに腰掛ける。
「メルさ」
「はい、なんですか?」
「メルは精霊と契約したことはある?」
「精霊ですか……やったこと無いです」
「じゃあ、今度契約の仕方を調べよう。もしできればメル自身で身を守ることができるから」
「わかりました。カイ様、私のことを考えてくれてありがとうございます」
僕は笑顔で返し、メルの食事の様子をぼんやりと見ていた。
◆
「カイ様。今日は日差しも入って暖かいですね」
「そうだね。メル」
午後、僕はメルとまったりとした時間を過ごしていると、扉をノックする音が聞こえた。
(誰だろ? リックかな)
「はい、どちら様ですか?」
「オレだ。オレ、オレ」
(リック。それセリフは詐欺師が使うものだよ)
僕が扉を開けると、
「よっ」
「おつかれ。クエストボードの件は大丈夫?」
「あぁ、ちゃんと貼ってきたぞ」
「リックありがとう」
「女子限定でな」
(お前、ふざけているのか?)
「本当にそれで貼ったのか?」
「違った。十歳以下の女の子だった」
(お前なぁ)
「ウソだ。ウソウソ。ちゃんと野郎限定にした」
(女の子はいいのか?)
「男子だけでいいの?」
「ああ、女が入ると気を使うんだよ。討伐に失敗するとゴブリンなどに犯されちまう」
「そうか」
「ああ、差別と言われようが関係ない」
「わかった」
「ところで、お前の愛しき彼女はどこにいるんだ?」
(彼女じゃないんだけどなぁ)
「奥にいるよ。会ってみたいんだろ」
「正解」
僕はリックをメルの所まで連れていく。
「彼女がメルだ」
「へぇー、なるほど。納得がいった」
「納得?」
「二十枚のことだよ」
僕はメルにリックを紹介する。
「メル。彼がパーティーメンバーのリック」
「初めまして……」
「おう、綺麗な嫁さん」
「だから、メルとはそんな関係じゃないんだって」
「そうか? オレの勘だと。お前の嫁になるぞ」
(リック。頼むからそれ以上言わないでくれ)
「じゃ、嫁さん。こいつ堅物だけれど、よろしくな」
メルの目が泳いでいるように見えた。
「は、はい」
「リックさぁ、メルをからかわないでくれよ」
「ははは、わかったよ。お邪魔虫はこれにて退散しますわ」
そう言って、リックはウィンクしたあと、部屋を出ていった。
(ああ、そうか。メルが昨日の囮だったことは、リックは気づいていないんだな)
「メルは昨日のダンジョンでリックの姿を見た?」
「逃げるのに必死でよく覚えていません」
「そうだよね」
「あのとき、よく私のことを助けようと思いましたね」
「助けられる可能性があったから行動したまでだ。ホーリーアローが強化されていたことには驚いたけれど」
「そうですか……あの、カイ様」
「なに?」
「私の話を聞いてくれますか?」
メルは自分が奴隷になってしまった経緯を話してくれた。母親とひっそり暮らしているところに野盗が現れたそうだ。母親は殺され、自分は攫われて奴隷商人に売られたのだと。奴隷会館に着いた翌日に「紅蓮の鎧」に買われ、ダンジョンに連れていかれたそうだ。
「母親は人間に殺されました。私も人間の囮になって殺されかけました。正直まだ、人間に嫌悪感があるのです」
「ん? 僕は?」
「カイ様は別です。命の恩人ですし、他の人の奴隷になったら、辛く苦しい思いをしたはずでしたから」
彼女の憂いに満ちた横顔が、不謹慎にも美しいと思ってしまった。
「もう私の故郷はありません。行く当ても無いので、カイ様の近くにいさせてください」
「わかったよ。でも僕、理性が効かずメルを襲うかもしれないよ」
「襲われるのはイヤですが、カイ様を信じます」
◆
〈ケケケ。これは襲いがいがあるぞ。無理矢理服従させるのだ〉
〔いけません。あなたは神に仕える者。奴隷といえど悲しい思いをさせてはいけません〕
〈はっ? なに言ってんだ。金貨二十枚だぞ。襲っても問題ないだろ〉
〔いえ、問題です。彼女を苦しめていいのですか?〕
〈大丈夫だよ。襲いまくればそのうち慣れる。奴隷なんだから問題ない〉
〔神はそんなことを望んではいません〕
(あああ、天使と悪魔がぁぁ)
◆
「――ま、――いさま」
(ハッ!)
「カイ様どうなされたのですか?」
「な、なんでもないよ」
「そうですか」
「うん」
「カイ様。今日で奴隷三日目なので、奴隷らしい振る舞いができず、何かと失礼をするかと思いますが」
「そんなの気にしなくていいよ。奴隷解放するつもりだったんだから」
「そうですか」
「そうだよ。メルと一緒にいるだけで心が癒されるんだから」
そう言うと彼女は俯き、僕はクサイセリフを言ってしまったのだと感じてしまった。
「いや、あの、その、とにかく故郷にいたときみたいに普通にしてくれればいいから」
「……はぃ」
そのあと、僕らは書店に行き、精霊との契約に関する本を探す。夕食は気に入っている食堂に行き、この日の夜もメルと一緒にゆったりとした時間を過ごした。
◆
「宿を移すんですか?」
「うん。二人で住むには狭いからね」
「カイ様。私、奴隷なので気にしなくても大丈夫です」
「奴隷とかの問題じゃなくてさ」
「狭くても平気です」
(僕が平気じゃないんだよ)
◆
昨夜
(うーん。よし、読み終わった。明日は頭から読み直しだな)
僕は教典を読み終わり、背伸びをした。ベッドの方を見るとメルがスヤスヤと眠っている。
(最近いろんなことがあったし、疲れているんだな――んっ!)
よく見るとメルの寝巻がはだけて、双丘がかなり露出している。
〈ケケケ。寝巻を剥がして、山頂をいたずらしようや〉
〔いけません。そんなことをしたら歯止めが効かなくなります〕
〈いいんじゃね? こんな格好で寝ているのが悪い〉
〔よくありません。神もそんなことは望んでいません〕
〈ほー、子孫繁栄を望んでいないと〉
〔そ、それは……〕
〈だったらいいじゃん。本能に任せれば〉
〔それでもダメなものはダメです。彼女を傷つけてしまいます〕
〈そうか? なあ、やっちまおうぜ、カイ〉
〔ダメです。我慢して、カイ〕
(あああ、天使と悪魔がぁぁ――ん?)
僕は気づいた。メルの閉じた瞼からひとすじの涙が流れているのを。そして唇の動きも。
「おかあさん……」
(そうだよな。母親と死別して、そんなに時間が経っていないもんな)
その姿を見て、僕はメルに掛かっていた毛布を掛け直し、彼女の頭を撫でた。
(大丈夫。僕がメルのことを支えるから)
◆
「とにかく、宿を変えるよ。主人の言うことを優先してくれ」
「わかりました、カイ様」
「うん。わかればよろしい。ベッドが二つあって広い部屋に移るよ」
「カイ様。ちなみにそのお部屋のお値段はどのくらいするものなんですか?」
「ここの二倍以上のところを考えている」
「二倍!!」
「当たり前だろ。ベッドが増えるんだから」
「そんな、私のためにお金を使わないでください」
「必要経費だ」
(僕の理性を保つための)
「そうですか……。余りにも高すぎるところしかなかったら、今までと同じで大丈夫ですからね」
僕はメルと一緒に新しい宿を探す。すぐに手頃な宿が見つかり、メルとそこへ移ることにした。
新しい宿に移ったあともギルドに行き、リックと新人冒険者のサポート依頼が来るのを待った。
「来ないな」
「そうだね」
「ジョブをランサーって書いたのがマズかったのか。
「リックってランサーなの?」
「そうだぞ。槍ばかり使っているだろ」
「ああ、そう言われてみればランサーの可能性があったのか」
「だろ。はぁ、こんなことならお前のこと神官って書かずに
(いや、神官が正しいと思うぞ。
「ちなみに依頼料はいくらで書いたの?」
「銀貨十枚だ」
「……それって高いと思う」
「適正価格だと思うんだけどな。命がかかっているから安いもんだろ」
「新人冒険者がそんなにお金持っていると思う? 持っていないと思うんだけれど」
「……だな」
結局、一週間経っても、僕らにサポートをお願いする新人は現れなかった。
そしてダンジョンへ行った、リーダー達も帰ってこなかった。
◆
「そうなんですか……」
「ああ。もう先輩達はこの町に帰ってこないだろう。だからリックとこの町を離れようかと話し合っていたんだ」
「そうですか……」
「それで、どこに行こうか悩んでいるんだよ。メルは行きたい場所ある?」
「カイ様」
「ん?」
「もしよければ、父に会いたいのです。母が亡くなったことを伝えたいので」
「そうか。ちなみにお父さんの名前は?」
「わかりません。エルフだということしか」
「そうすると、エルフの森に行って手掛かりを探すことになるのか……」
メルは不安そうにこちらを見てくる。
(瞳が綺麗なんだよなぁ)
「わかった。お父さんを探してもいいか、リックに聞いてみるよ」
◆
「モチ! 嫁が言ったんだろ、OKだ」
こうして、僕らはエルフの森を目指し、新しい旅に出るのであった。
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