第2話

 僕はメルと一緒に奴隷会館を出る。


「いいんですか? こんな素敵な首輪まで買ってくれて」

「いいんだよ。メルに似合うものを付けてほしかっただけだから」

「ありがとうございます。カイ様」

「大丈夫だよ。あっ、そうだ。メルの分の宿をとろうと思うんだけれど、希望ある?」


 メルは首を傾け悩んでいる。


「私、カイ様と同じ部屋に泊まりたいです」

「はい?」

「カイ様はお金を使い過ぎです。だから新しく宿を取らなくても大丈夫です」

「おいおい、僕ら男と女だぞ」

「私はカイ様の奴隷です」


(神よ。僕はどうしたらよいのでしょうか)


 結局、答えが出ないまま、僕の間借りしている宿に着いてしまった。


「ここに住んでいるんですね」

「一週間だけね」

「じゃあ、引っ越してきたんですね」

「いや、冒険者はいつ死ぬかわからないから基本一泊が多いんだよ。僕は一週間分借りているけれどね」


 メルを連れて、二階へ。鍵を取り出し、部屋の中に入った。僕の部屋に置いてある物は少ない。教典などの勉強するための本と着替えくらいだ。


(今日はがんばった。メルも救うことができたし)


 僕が机の上で荷物を整理していると、後ろからきぬずれの音が聞こえた。


(なんだろう、あっ)


 振り返るとそこには、腕と手で大事な所を隠している一糸纏いっしまとわぬメルがいた。美しい曲線に肌は白い陶磁器のような輝き、まるで女神の彫像のようだ。


(綺麗だ――って何で裸なんだよ!)


「メル! 何してんだよ!」

「えーっと、夜伽ってこれでいいんですよね?」

「はい?」

「奴隷の先輩が、主人の前でまず裸になれと」

「それはいいから服を着てくれ」


(神よ。罪深き僕をお許しください)


「カイ様、服を着る前に聞きたいことがあるのですが」


(はぁ)


 僕は頭を抱えながら、メルの質問を聞くことにした。


「夜伽というのは裸になった後、何をするものなのでしょうか?」

「メル。答えるから、とりあえず服をきてくれ」


 僕はテーブルの上の整理を再開する。


「カイ様。終わりました」


 僕は振り返りメルを見て、服を着ているかどうか確認する。


「とりあえず椅子に座って」

「わかりました」


 彼女を椅子に座らせ、彼女の質問に答える。


「夜伽というのは、女性が男性の言うがままに一緒に寝ることだ」

「一緒に寝ればいいんですね?」

「詳しくいうと子作りをするんだ」

「子作り――えーーーっ!」


 彼女は目を見開き驚いた。


「それは本当ですか?」

「ああ、ホントだよ」


 彼女は胸の前で腕を交差させ青ざめた。


「ごめんなさい。私、夜伽は……」

「そんなことは望んでいなかったから大丈夫だよ」

「よかった」

「えっ」

「カイ様じゃなかったら、知らずに辛い思いをするところでした」

「そうか」


 少しの時間、沈黙が流れる。


「そうだ。ベッドはメルが使ってね」

「なぜです?」

「それはメルが疲れているから」

「それはカイ様も同じです」


 メルとどちらがベッドを使うか話し合っていた。


(堂々巡りだ)


「ああ! わかった、わかったよ。二人でベッドを使おう」

「二人で?」

「添い寝しようって言ったの!」

「は、はい、お、お願いします」


 僕はメルと一緒に横になる。疲れていたのか、いつの間にか眠りについていた。


 ◆


 チュン、チュン、チュン。


(柔らかくて温かいなぁ)


 目を開けるとメルの顔が目の前にあって驚いてしまう。


(そうか。昨日はメルを助けたんだっけ)


 彼女の顔を見つめる。すやすやと眠っている姿は子供みたいで、なんだか可愛かった。僕は体の向きを変え、天井を見る。これから彼女をどうすればいいのかと思いにふけっていた。


「おはようございます」


 左側からやさしい声が聞こえた。


「メル。おはよう」


 彼女は笑ったあと、うつ伏せになり顔を隠した。


 ◆


「ギルドに行ってくるから、メルはここにいていいよ」

「えっ、またダンジョンに行くんですか?」

「今日はミーティングの日だから、ダンジョンへは行かないよ」


 僕とメルはパンを食べる。いつも一人だったから、メルと一緒に朝食をとることで心が温かくなっていくのを感じた。


「じゃあ、行ってくるね」

「気をつけてください。カイ様」

「うん。気をつけるよ」


 ◆


 僕はギルドへ向かう。中に入るといつものテーブルにパーティーメンバーが集まっていた。


「カイ、遅刻だぞ」

「すみません」

「あとでみんなにエールな」

「ははは」


 僕は後頭部を掻いた。


「でな」


 僕は椅子に座りミーティングに参加する。


「「紅蓮の鎧」と共同戦線を張ろうと思ってな」


 どうやら、またダンジョンアタックをするみたいだ。


「十層のボスを倒すのにメンバーが厚い方がいいと考えてな」

「あっちが提案してきたんだろ」


 リックがリーダーに言った。リックは半年ほど僕より誕生日が早く、年上にもはっきりと意見を言う、僕にとって兄貴みたいな存在だ。


「オレは反対だ。信頼おけるヤツらじゃないと組めん」

「報酬が均等割だとしてもかなりオイシイぞ」

「昨日、八層で撤退したろ。上手くいくとは思えん」

「向こうが囮を増やすらしいから何とかなるぞ」


(囮か……)


「しかしまあ、奴隷を買うとは「紅蓮の鎧」はオレと違って金持ってんだな」

「そりゃそうだ。俺らすぐ女に使っちまうからな」

「まっ、囮がいてもオレはいかないぜ」

「カイはどう思う?」


 リーダーとリックのやりとりを聞いていて、僕はリック寄りの考えだった。


「ボスを倒してクリアするのは難しいと思います。連携も取れないと思うので」

「バカだなぁ。俺ら連携を取ってると思うか?」


(確かに来る敵来る敵を、前衛四人で脳筋アタックしているからな)


「向こうの連携もあると思うので」

「三対二か……」


 しばらくの間誰も言葉を発さない。沈黙を破ったのはリックだった。


「「紅蓮の鎧」と一緒に三人で行けばいいと思うぞ。オレとカイは残る」

「そうか」


 リックの一声で方針が決まる。僕とリック以外がダンジョンアタックすることになった。


 ◆


「カイ、何頼む?」

「いつものやつで」

「相変わらずだな。他のやつを頼んでみればいいのに」


 ミーティングが終わったあと、リックに誘われたので、昼食を一緒に食べることにした。


「でな、お前に聞きたいことがあるんだが」

「なんだ?」

「お前が奴隷会館に行ったという噂を聞いたんだがそれは本当か?」

「……おおぅ。行ったぞ」

「女の奴隷買ったのか?」


 僕は何て説明すればいいかわからなかった。


「ほう、そうかそうか。貯めた金をようやく使ったんだな。そりゃいいことだ――

それで、いくらしたんだ?」


 僕は手の指を二本見せる。


「金貨二枚って、お買い得じゃん」

「二十枚」

「二十! おま、金貨二十枚も払ったのか?」

「うん」

「はぁ、普段使ってないから相場が分からないんだよ。馬鹿すぎる」


 僕は金貨二十枚を使ったことは全然後悔していない。


「あっ、もしかしてエルフを買ったのか?」

「えーっと、エルフではなく」

「なく?」

「ハーフエルフだよ」


 リックはガックリと肩を落とした。


「エルフなら、精霊使えるだろ。そんなに金使うなら、エルフ買えよ。まったく」

「いいんだ。納得しているから」

「ほほう。お前が納得するなんて、さぞかし美人なんだろうな」


(当たっている)


「あっ、巨乳か」


(それも当たっている)


「まあ、いいか。オレの金じゃないし。ん?」

「どうした」

「そいつのメシはどうするんだ?」

「あっ」

「まったく。几帳面なんだか、ぬけているんだか――メシ来たら早く食うぞ」


 リックは周りのことも考えて行動できる人だ。僕は近視眼的なので、見習いたい。


「あいつらがアタックしている時も、ここに来い。新人の助っ人をしながら近場のクエストをこなそう」


(リックはこういうときも、後進を育てることを考えているんだよな)


「わかった」

「じゃあ、新人を助っ人をするって紙を貼り出しておこう」


 昼食が食べ終わり、リックはギルド受付に行って、クエストボードに貼る紙を作っていた。


「カイは先に帰っていいぞ」


 ◆


「ただいま」


 僕は帰ってきて部屋の扉をあける。


「おかえりなさい。カイ様」

「これ、メルの分のお昼」

「うわぁ、ありがとうございます!」


 僕は机をメルに譲り、ベッドに腰掛ける。


「メルさ」

「はい、なんですか?」

「メルは精霊と契約したことはある?」

「精霊ですか……やったこと無いです」

「じゃあ、今度契約の仕方を調べよう。もしできればメル自身で身を守ることができるから」

「わかりました。カイ様、私のことを考えてくれてありがとうございます」


 僕は笑顔で返し、メルの食事の様子をぼんやりと見ていた。

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