魔女の王
鷹城千萱
プロローグ
───世界は魔物で溢れている。
既に数多の国が滅ぼされており、このままでは俺の住むこの国も長くないだろう。
そこで国王は国中の男を集め、勇者の適正が高い者を、魔物を束ねる「魔王」の討伐に向かわせることにした。それで選ばれたのがこの俺、カイというわけだ。
「勇者かー...実感沸かないけどなんか凄いことになっちゃったな」
俺は元々孤児院育ちの一兵卒であったが、何故か適正が高かった為に急遽勇者として祭り上げられてしまった。
「それにしても国のヤロー、命かけて遠征するってのに支援が仲間1人だけとか流石に冷たすぎないか?もっとこう、金とか武器とかあるじゃん」
愚痴が止まない中、俺は王城へと向かった。
そこでその「仲間」との顔合わせがあるらしい。
「おおよく来た、救国の英雄よ!」
髭を蓄えた皇帝が仰々しく出迎えてくれた。普通なら誉れなんだろうけどあんまり嬉しくない。
「紹介しよう、この者がお前の新しい仲間じゃ」
そう言って「仲間」が俺の前に出てきた。
黒髪のツインテールにぱっちり開いた金色の瞳、整った顔立ちに黒のコートが似合う小柄な身体。そして───
「勇者様!今日から貴方の仲間となりますルアと言います!お役に立てるよう精一杯頑張ります!よろしくお願いします!!」
超元気っ子だった。この手の人は嫌いじゃないけど一緒にいると疲れるんだよなー...まあ熱意はありそうだしお役には立ってくれるだろう。
「おう、よろしくなルア」
「はい!!」
「仲良くなれそうで何よりじゃ。出発は明日の朝じゃ、それまでに準備しておきなさい」
「「はい(!!)」」
いよいよ明日。渋々勇者になったとはいえ、いざその日が来ると多少は浮き足立ってしまう。
「頑張りましょうね、勇者様!」
「お、おう...」
やっぱりちょっと苦手かもしれない。
王城を出たあと、俺とルアは少し歩きながら話をした。
今までどう生きてきたとか、連携の為の情報交換とか。
どうやら過去には触れてほしくないようでなかなか答えてくれなかったが、凄く純真で良い奴なのは伝わった。
何だかんだ上手くやっていけそうだと思いながら彼女と別れ、自腹(ここ重要)の剣など最低限の荷物を支度して床に着いた。
翌朝、俺とルアは大勢の国民に見送られながら、魔王の城を目指して旅立った。
王都を出たあたりで、ルアが不意に話しかけてきた。
「ねえ勇者様、勇者様はやっぱり魔王のこと倒したい!って思いますか?」
「変なこと訊くんだなお前、そりゃ倒すまで帰れないんだから倒したいに決まってる」
「なるほどー、それじゃあ...」
「今ここで倒してみなよ、勇者クン?」
そう言った途端、ルアの雰囲気ががらりと変わった。
どこか禍々しい空気を漂わせ、ぱっちりしていた瞳はいやらしい薄目になっている。
「ど、どうなってる...!?」
「君は運が良いね、旅に出て数十分でもう使命を果たせるんだからさ」
「ど、どういうことだ...!?」
「今ので分からないなんて余程ニブチンなんだね君は...仕方ない、ハッキリ言ってあげよう」
「───私がその魔王なのさ」
「...お前が、魔王...!?」
「そうさ。どうだい、ビックリしたかい?ちびりそうかい?」
「...なーんて信じるわけないだろ。お前アレだろ?法が効かない街の外に出た途端下剋上するタイプの冒険者だろ?よくいるんだよなーそれ」
「むっ、バカにしないでくれ。私こそ本物の魔王!魔を統べる王、魔統王なのさ」
「だ、だせえ...」
とりあえずこいつは絶対魔王なんかじゃない。話に聞いていたおぞましい容姿とは似ても似つかぬ華奢な体だ。しかし、
「ホントだって、どうして信じてくれないかな」
その瞳は嘘を吐いていなかった。
ヤバいやつだ。こいつ本気で自分のこと魔王だと思ってる。皆そういうのは子供の頃に卒業してるんだぞ。
「わかった、つまりお前は魔王なんだな?参った降参だ、俺の命だけは助けて国へ還してくれ」
「やはり信じてないね...いいだろう、証拠を見せよう」
そう言うとルアは右手を天にかざした。そうするや否や彼女の頭上に雷雲が立ち込め、間もなく雷が直撃した。
煙が晴れたあとにそこに立っていたルアは色々と変わっていた。
俺より少し小さかった背丈が俺と同じくらいになり、服も全身黒一色のローブに変わっていた。頭には小さな王冠が載っていて、そして何より...
「...この劇的な変化で一番最初に気になるのが胸の増量なのかい?変態勇者クン...」
「それは誤解だ!あと言うほど劇的じゃないぞ」
マジである。正直他の変化が地味すぎて胸にしか目が行かなかった。哀れ童貞。
「...分かった、信じる。お前は人外の力を持った魔王なんだな?」
「胸が決め手ってのがなんか腑に落ちないけど...分かってもらえて何よりだよ」
「何故魔王の私がこんな真似をしているのか、と気になっているだろう?特別に教えてあげよう」
魔王ルアは勝手に1人で喋り始めた。
「魔王討伐のための勇者は定期的に現れるけど最近のは皆骨がなくてね、こうして仲間として近づくことでハンデを与えてるんだ。昨日だって不審だっただろう?君にばかり喋らせて私の素性は全く明かさなかった」
「そ、それは...お前がなんか話したくなさそうな雰囲気だったから」
「おや、あの時点でもうそんなに気を遣ってくれてたのかい?優しいんだね、君♪」
なんだろう、凄いイラっときた。
「本題に戻ろう。つまり私は強すぎて暇で暇で仕方ないんだ。倒してくれないか?」
「!お前、倒されたいんだな...望み通りにしてやる!」
そう言うや否や俺はルアに斬りかかった。なんせ魔王なのだ、ここで倒せば一生遊んで暮らせる。
「おっと、案外割りきりが良いんだね。私に惚れてて手出しできないものかと」
「今までのどこに惚れる要素があったんだよ!」
無駄な言い合いをしつつ何度も剣を振るったが、全く当たらない。あちらの余裕ぶりを見るに、多分あっちは俺の動きを全て読んでいる。本当に魔王のようだ。
数分後、俺は息切れして地面に突っ伏していた。
「もう終わりかい?まあよく頑張った方だと思うよ、お姉さんが褒めてあげよう」
「お姉さんって...お前いくつだよ...」
「うーん、ざっと5000歳くらいかな?百の位はよく覚えてないね」
「5000!?ば、ババあああああ!?」
「レディの歳をいじるとは流石にマナーがなってないね...お仕置きだよ」
グーで殴られた。杖より先に手が出るタイプらしい。
「わかったわかった!悪かったよ!」
「分かればいいのさ♪さて、本題に戻ろう」
「お前が魔王って話だろ?だったらもう勝ち目ねーじゃん、降参するから帰っていいか?」
「本当に君は端から端までゲスいね...もっとこう、恐れ慄いたりしてくれないのかな?」
「なんだお前、そういう見栄は張りたいのか?なら言ってやるよ、サイキョーカナワナイコウサンー」
「もう!いいよ、いずれ理解らせてあげる...とりあえず今は『勇者のお供』として同行させてもらう。断ったらどうなるか...わかるよね?」
「わかってるよ、殺すとか言うんだろ?」
「いや、たっぷり弄ばせた上で国中で犯されたって言いふらすよ」
「社会的に!?勘弁してくれ、まだ結婚してないのに」
「君の接し方で堕ちる女性がいると思ってるのかい?余程の売女だよそれは」
「うるさいうるさーい!第一弄ばせるとか言ってるけどホントか?どうせ処女とかなんだろ」
「...」
まずい、今まで何だかんだ軽口を叩いていたルアが急に黙った。これは死ぬかもしれない。保母さん今までありがとう、約束通り最期は美女に看取ってもらえるよ...
「...その、処女とか恥ずかしいから、やめて...」
ルアは顔を赤らめてそう言った。
!?!?!?
おかしい、さっきまであんなに性について分かった口を利いていたこいつが突然乙女な顔をして乙女な台詞を吐いている。もしかして...
「...マジで処女なの?」
「...(コク)」
ルアは小さく頷いた。
「5000年も生きてるのに?」
「...だ、だって、長生きしてても全然出会いないし...」
驚いた。不敵に見えるこいつにそんな弱点があるとは。
「OKわかった、ならこうしよう。俺はお前の秘密を喋らない。代わりにお前も俺を社会的もしくは物理的に殺そうとするな」
「!?私は魔王だよ?そんな対応な条件を呑むわけ...」
「皆さん聞こえますかぁーーーーーー!!皆さんが畏れている女魔王様の経験人数はゼぐへっ」
またグーでやられた。実に良い拳だ。格闘家にジョブチェンジしたらよいのではないか。
「...わかった、条件を呑もう。ただし!私のほうが圧倒的に強いということを忘れないでね」
一旦の落ち着きを見せたことでルアはまた最初の不敵な笑みを取り戻していた。
「わかってますよ、魔王様」
「ならいい。それじゃあ旅を続けようか、勇者クン?」
魔王がそんな暇なことをしていていいのだろうかと思うが、彼我の戦力差がハッキリした今はこれ以上問い詰める余裕はない。
「はいはい、じゃあ行くぞ」
こうして、勇者と魔王の冒険が始まった。
魔女の王 鷹城千萱 @Tikaya_Hawks
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