第24話
俺にはもう楠森が何を考えているのか見当も付かなかった。
俺は小学生時代楠森に告白し、『柄が悪い』という理由で振られており、楠森は俺のことが嫌いなんだとばかり思っていたし、俺自身そんな理由で振られたせいで楠森のことなんて大嫌いだった。
それなのに、今日一日の楠森の言動は明らかに俺に対して好意を抱いている人間のそれにしか見えない。
昔は柄が悪いと吐き捨てた俺に対して『少しは好青年になったんだ』と評価を改めるような発言まほをしてみたり、明らかに綾原から誘いを受けようとしている俺を自宅に誘ったり、今だってマウントを取るように俺から告白されたことを暴露したり--。
楠森が何を考えているのかはわからないが、今わかっているのはこの混沌とした状況になんとか収集をつけなければならないということだけである。
「へっ、へぇ。そうなんだ。同じ小学校だって言ってたもんね--」
「ちょっ、それマジ永愛君⁉︎」
楠森の言葉にたどたどしく返答している綾原を置き去りにして、鈴村が食い気味に訊いてきた。
「……恥ずかしいけど事実だ」
「えーっ、何それそんな女の子とまた高校になって出会うなんて運命じゃん! ドラマか何かでしかそんな話聞いたことないよ。憧れちゃうなーっ」
鈴村は俺が思っていた以上に恋バナが大好物なようで、相変わらず微妙になった空気を一瞬にして吹き飛ばしてくれた。
微妙な空気を吹き飛ばしてくれたことには感謝しなければならないが、根本的な問題が解決したわけでわはない。
夢川先生からの指示で綾原をオトそうとしている俺にとって、小学生の頃の話とはいえ、俺が楠森に告白したという事実を綾原に知られてしまったのはかなりの痛手になるだろう。
「ちょっと、アンタ空気読まなさすぎ」
「え、空気? 何それ?」
鈴村は空気が読めないどころか空気の存在自体を知らないらしい。
なんとも羨ましい人生を送っているなこいつは……。
「その時は断っちゃったけど、今なら……」
「……え?」
そう言いながら俺の方にチラッと目配せをしてくる楠森は、その先の言葉を告げないまま話し始めた。
「ごめんなさい。せっかく呼んでもらったのに場を荒らすようなことをしてしまって。先に帰らせてもらうわね」
「えっ、もう帰っちゃうの⁉︎」
「コラ、空気を読めって言ってるでしょ」
「だから空気って何⁉︎」
そして俺は何をすることもできないまま、楠森はファミレスから立ち去ろうと席を立った。
「くっ、楠森さん!」
その時、楠森に声をかけたのは綾原だった。
「色々とびっくりはしちゃったけど……。私もムキになってごめん。また明日からよろしくね」
「……ふふ。どうやら強敵のようね。それじゃ」
綾原に声をかけられた楠森は、爽やかな微笑みを見せてから店を後にした。
本来であれば俺が楠森を引き留めなければなかった。
このまま楠森を帰宅させてしまえば綾原たちと楠森との関係は最悪の状況になっていただろうから。
しかし、楠森を引き留め声をかけたのは綾原で、自ら楠森との関係が悪化しないようにしたのだ。
綾原の楠森に対するイメージは最悪だっただろうに、それでもなお綾原は自分が悪かった部分は悪かったと認め、楠森との関係が悪化しないように努めた。
やはり綾原は綾原だな。
語彙力が皆無で申し訳ないが、今のは最上級の褒め言葉である。
「……永愛、アンタ帰って」
「……は?」
古里は楠森が帰宅した途端、俺に帰宅するよう促した。
あまりにも突然すぎてわけがわからなかった俺は、なぜ自分が帰宅せねばならんのだともちろん食い下がった。
「だから帰ってって言ったの」
「なっ、なんで突然そんな--」
「いいからっ‼︎」
「はっ、はいぃっ⁉︎」
普段誰からの威圧にも怖気付くことのない俺だが、初めてみる古里の眉間に皺がよったすごみのある表情に気圧された俺はそれ以上食い下がることができず、即座に店を後にした。
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