第9話 コンソメスープ(顆粒だし)

「お、おい。どうした? 料理長?」

「いや……」


 おじさんの問いにも料理長はただじっとポトフを眺め、ボロボロと大粒の涙を流し続けている。


 なんとも微妙な空気になり、しばらくその様子を見守っていると料理長はようやく二口目を口に運ぶ。


「……ああ、うめぇなぁ。こんなスープがあるのか」


 料理長は三口目、四口目を口に運んでいく。


 それほど感動してくれているところを申し訳ないが、そのスープにはコンソメの顆粒だしを使っているので、そこまで飛びぬけて美味しいということはないと思う。


 もちろんちゃんと作ったほうがいいが、ゼロからコンソメスープを作ろうと思ったら少なくとも半日は必要になるのだから仕方がない。


「ああ、美味かった。女性の専属料理人をしているあんたが普通の男なはずなかったよな。俺が悪かった。このスープ、まだあるのか?」

「ありますよ。ちょっと待っててください」


 俺は亜空間キッチンに戻り、スープの入った鍋を持ち帰る。


「ああ、まだこんなにあるのか。なあ、それを俺に売ってくれないか? このスープを研究したいんだ。そうだ! 登録料がいるって言ってたよな? なら大銅貨十枚出す! これが俺に出せる限界だ。足りないってんなら」

「あ、いえ。十分です」

「ありがたい! 恩に着る!」


 こうして俺は大銅貨十枚を手に入れた。大銅貨の表面には五十と書かれている。


「じゃあ、これ、登録料ってことで」

「ああ、たしかに」


 俺はそのうちの一枚をおじさんに手渡した。


「あの、ところでちょっと聞きたいんですけど……」

「ん? なんだ?」

「ここで使われているお金について教えてもらえませんか?」

「ああ、そうか。ショータは旅人だったな。よし、じゃあこっちに来てくれ」

「はい」


 俺はおじさんについて厨房を出ようとして、ふと料理長のほうを振り返る。


「あの」

「ん?」

「そのスープ、コンソメスープっていいます。レシピは色々ありますけど、玉ねぎ、ニンジン、セロリ、ニンニクあたりの野菜と、鶏ガラと牛肉を長時間じっくり煮込んで作るんです」

「っ! いいのか!? 秘伝じゃないのか!?」

「いえ、そういうわけじゃないです。でも教えたんで、厨房の汚いのをなんとかしてください。これじゃあお客さんが病気になりますよ」

「わ、分かった。いや、分かりました!」


 ふう。これで良し。この汚い厨房だけはどうしても許せなかったんだよな。


 こうして厨房を出て、俺はおじさんとカウンターに戻ってきた。カウンターの向こうに回ったおじさんはじゃらじゃらと硬貨を出してきた。


「これがアニエシアで俺らが使ってる硬貨だ」


 そう言って見せてきたのは大銅貨のほかに四種類の硬貨だ。


「大銅貨はさっき見たな。んで、こっちが銅貨、これが小銅貨だ。小銅貨一枚で一ブロンズ、銅貨は五ブロンズ、大銅貨は五十ブロンズってことになってるが、ブロンズを使うような店だと釣りは出ねぇ。釣りが出るのは女性が行くようなとこだけだ」

「え? なんでですか?」

「ショータは付き人やってるから感覚が麻痺してるんだろうが、普通は計算なんてできねぇんだよ」

「な、なるほど……」

「じゃ、次だ。これが小銀貨でこっちが銀貨だ。他に大銀貨、金貨、大金貨があるが、額が大きすぎるからここじゃ扱ってねぇ」

「そうなんですね」

「ああ。で、銀貨のほうは小銀貨が一シルバー、銀貨が五シルバー、大銀貨は五十シルバーだ」

「1シルバーは何ブロンズなんですか?」

「五千だ。ちなみにそこの酒場でエールは一杯銅貨一枚、オーツ麦粥も銅貨一枚だ」

「そうなんですね」


 どれも五ブロンズか。仮にこれを五百円だと考えると、一シルバーは五十万円という計算になる。


 なるほど。それならこの窓口で扱わないというのも納得だ。


「金貨のほうは女性が絡めば飛び交うが……ま、ここで見ることはねぇな」

「分かりました。ちなみに金貨のほうはゴールドですか?」

「そうだ」

「じゃあ、一ゴールドは何シルバーですか?」

「五百だ」

「ということは、大銀貨十枚で金貨一枚ですよね?」

「そのとおりだ。ああ、やっぱ女性の付き人は頭が違うんだなぁ……」


 おじさんはそう言うと、感心した様子でうなずいている。


 と、冒険者ギルドに剣を持った体格のいい男たちが入ってきた。


「おっと、もうこんな時間か。ショータ、悪いが客の相手をしなきゃいけないんでね」

「分かりました。色々ありがとうございました」

「いや、こっちこそ。あんな美味いスープ、もう一生食えねぇだろうからな。いい話のネタができたぜ」


 おじさんはそう言うと、ニカッと笑ったのだった。


◆◇◆


 その後、宿泊所に戻ってきた俺を陽菜が出迎えてくれた。


「お帰り、祥ちゃん」

「ただいま」

「早かったね。何かあったの?」

「実は――」


 俺は事の顛末てんまつを説明した。


「へ~、そんなことがあったんだ」

「うん。お金もちょっと稼いだけど、なんだか全然足りなそうなんだよね」

「え? なんで?」

「だって、いつまでもタダで泊めてもらい続けるわけにはいかないでしょ?」

「それはそうだけど……」

「だからさ。ちょっと料理で稼ごうと思ってさ」

「料理で?」

「うん。とりあえず簡単な料理だけでもかなり珍しいみたいだし、いけるんじゃないかなって思うんだよね」

「そうなんだ。じゃあ、あたしも手伝うよ」

「いいの?」

「もちろん。二人で頑張ろうよ」


 陽菜はそう言って明るく微笑んだ。


 う……可愛い……。


「あっ! また顔が赤くなってる! 祥ちゃーん♪」


 陽菜はニヤニヤしながら俺の腕を取り、胸を押し付けてくる。柔らかい感触となんとも言えないいい香りに理性が崩壊しそうになるが、なんとかそれを押しとどめる。


「祥ちゃん、耳まで真っ赤だよー?」

「わ、分かった。分かったから……」

「へへへー」


 文句を言いたくなるが、楽しそうな陽菜に俺はすっかり毒気を抜かれてしまい、心を落ち着けようと深呼吸をする。


 ……あ! しまった! また陽菜のいい香りが!


 ぐあああああ!


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 次回更新は通常どおり、2024/02/12 (月) 18:00 を予定しております。

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