第8話 冒険者酒場の料理長
陽菜を宿泊所まで送った俺はおじさんと一緒に酒場の厨房の入口にやってきた。
おじさんは扉を開き……って、ちょっと待て! なんだこの信じられないほど汚い厨房は!
食中毒とか大丈夫なの!?
「おーい! 料理長、いるかー?」
「ああ? なんだ? うるせぇな……」
厨房の奥から声が聞こえてきた。
「いるみたいだな。行くぞ、ショータ」
「はい……」
気乗りはしないが、お金は返さないといけない。
おじさんに連れられ、汚い厨房に足を踏み入れる。
するとその隅に汚いベッドが置かれており、そのベッドの上に上体を起こした小汚いおっさんが頭をポリポリとかいていた。
まさか、こいつが料理長なのか?
「料理長、もう昼だぞ?」
「ああ? いいじゃねーか。それよりなんだ? ん? 誰だ? そいつ?」
「こいつはショータだ。登録料の分、ここで働いてもらおうと思ってよ」
「またか? どうせ逃げんじゃねぇのか?」
「いや、こいつは女性の方の付き人らしくてな。荷物を落として身分証が無くなったんだとよ」
「はぁ。こんなのが女性の?」
料理長と呼ばれた汚いおっさんは不躾な目で俺をジロジロ見てくる。
「ま、いいや。で? お前は何ができるんだ?」
いや、そんな言い方をしなくても……。
「料理ができます。一応色々勉強しているつもりですけど……」
「色々、ねぇ……」
またもや不躾な目で俺をジロジロと見てくる。
なんとも居心地が悪いので、ちょっと話題を変えてみた。
「あの、ここの看板メニューはなんですか?」
「あ? メニューなら表にあっただろ? 見てないのか?」
「いや、一番よく売れる自信のあるメニューは何か聞いたんですけど……」
「自信? はぁ。面倒くさいな。まあいい。一番売れるのだとエールだな」
「え? エール?」
「あ? エールを知らないのか? お前もよく飲むだろう?」
ん? エールって、たしかクラフトビールのことだっけ?
「すみません。お酒はまだ……」
「あ? なら普段は何を飲んでんだ?」
「ええと、お茶とかジュースとか……」
すると料理長はものすごい目で俺を
「ええと?」
「……まあいい。じゃあ、お前なんか作ってみろ」
料理長はそういうと、面倒くさそうにそう言った。
「どれを使ってもいいんですか?」
「ああ」
「じゃあ……」
俺は厨房に行き、何があるかを確認してみる。
鍋や包丁はさすがに一通りあるようだ。
「あの、食材はどこにありますか?」
「あ? その辺にあるだろ」
「勝手に開けますよ」
「ああ、好きにしろ」
そう言われ、俺は棚を一つずつ確認していく。
あ、ソーセージがあった。
……なんだかちょっと臭うんだけど、これ、本当に大丈夫?
他にもカチカチになった干し肉、見るからに古いニンジンやニンニク、乾燥ハーブ、表面が乾いたディジョンマスタード、そしてジャガイモを発見した。
食材の状態が悪いのも気になるが、それよりも気になるのが、ゴキブリがたくさんいることだ。
ここ、絶対集団食中毒を起こしたことあるでしょ? なんなら今晩起きても不思議ではない。
俺がげんなりしていると、料理長は小馬鹿にしたような口調で俺を煽ってくる。
「おいおい。もしかしてこんな低俗なところじゃ料理できねぇってか? 女性の陰に隠れて甘い汁吸ってきたお坊ちゃんは違うねぇ」
さすがにこれにはちょっとイラっとしたので言い返す。
「いえいえ。俺は一応料理人を目指してるんで、どうしてちゃんと掃除しないのか気になっていただけです」
「ああ? うるせえ! 掃除は下っ端の仕事だろうが!」
「え? どういうことですか?」
「下っ端が仕事しねぇで逃げるからこんなことになってんだ。俺のせいじゃねぇ」
……これってもしかして、こいつが新人に掃除とかを押し付けるせいで新人が逃げ出してるってこと?
でも、その下っ端がいないなら自分で全部やるべきなんじゃないのかな? それでもし食中毒を起こしたら、苦しむのはお客さんなわけだし。
「はぁ。よく分かりませんけど、俺はここで料理はしたくないんで、自分のキッチンで料理を作ってきます。ちょっと待っててください」
「は? お前何を――」
料理長は何かを言いかけたようだが、俺はもう亜空間キッチンにやってきていた。
さて、何を作ろうか?
ソーセージがあったってことは、ソーセージを使った料理がいいかもしれない。
となると……。
◆◇◆
調理を始めようと思ったところで鍋と盛り付ける器がないことに気付き、俺は汚い厨房に戻ってきた。
「うわっ!? お、お前どこから……」
「ちょっとキッチンに行ってました。それより、お鍋とお二人の分の器を借りますよ」
「はっ?」
俺は厨房に置いてあった木の器を拝借し、再び亜空間キッチンに戻る。
そして三十分ほどで調理を終え、俺はおじさんと料理長に器を差し出した。
「ソーセージと野菜のポトフです。今回の野菜はジャガイモとニンジン、ブロッコリー、玉ねぎです。コンソメスープで煮込みましたので、熱いうちにどうぞ」
「あ、ああ」
二人は恐る恐る器を受け取り、おじさんのほうはすぐに口をつけた。
「おい! ショータ! これ、美味いな! こんなん食ったことねぇ! それになんだか元気が湧いてくるぞ? どうなってんだ!?」
おじさんはハイテンションになり、熱々のポトフをものすごい勢いで食べていく。ちなみに元気が湧いてくるのはこのポトフに付与されている弱い体力回復効果のおかげだ。
「ショータ! お前は天才だ! どうしてお前みたいなのが女性の、しかもあんなとびきりの美人の付き人をやっているのかって思ってたんだが、こりゃあヒーナ様が何が何でも手元に置きたいって思うはずだ!」
一方の料理長はというと、一口食べたまま固まっている。
「あの……どうでしょうか?」
料理長は無言のまま、じっとスープを眺めている。
「あの?」
すると徐々に料理長の目が潤んでいき、やがてボロボロと大粒の涙を流し始める。
えっ? ちょっと待って? どういうこと?
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次回更新は通常どおり、2024/02/11 (日) 18:00 を予定しております。
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