玲子はもうこの本を手にすることはないのだろうか

仲瀬 充

玲子はもうこの本を手にすることはないのだろうか

 藤堂義彦は福岡県の地方都市の学習塾で現代社会や政治経済を教えている。24歳独身、一人暮らしなので自宅マンションに友達を呼ぶこともある。

「一人で来ればいいのにまた連れて来たか」

友人によってはそんな皮肉を言いたくなることがある。義彦には取り憑いている霊が見えるのだ。霊感が強いせいで通勤途上にも気になるスポットがある。小高い丘のふもとの公園にある公衆電話ボックスがそれだ。もっとも不気味に感じるのは義彦だけではないらしく少女の幽霊が出るという噂が立っている。


 仕事納めの12月29日、義彦は帰宅途中で公園の電話ボックスのところまで来ると耳鳴りがしだした。同時に電話ボックス内の受話器がカタカタと小刻みに動いた。義彦は誘われようにボックスに入り、受話器を手に取った。

「ご希望の年月日をダイヤルしてください。お帰りは1か月以内に」

メッセージの後はツーという発信音のみ。霊も見える義彦はこの程度の怪異現象には驚かず受話器を戻した。


 義彦が福岡市内の大学に通っていたころ同じ教育学部に高見裕子という女友だちがいた。4年生の夏休みに意を決して恋人としての交際を申し込んだ。すると彼女は大阪に就職している1学年上の先輩と既に結婚の約束をしているという。義彦は自分の間抜けさを恥じ、申し込みを撤回した。それから半年、年の瀬も押し詰まりアルバイトも正月休みに入った12月の30日、義彦と裕子は帰省にあたって同じバスに乗り合わせることにした。義彦の実家は佐賀で裕子は岡山だが博多駅までのルートは共通だ。ところがバスに乗ってから聞くと裕子は帰省ではなく兵庫県の有馬温泉に行って年末年始を過ごすという。婚約者との初めての泊りがけの旅行と聞かされた義彦は嫉妬とも未練ともつかない切なさを覚えた。だからと言ってどうしようもなく黙り込んだのだが裕子のほうがバスを降りたあと博多駅のコンコースで誘った。

「藤堂君も一緒に来ない?」

冗談にしてもおかしなことを言うものだ、義彦は笑って顔の前で手を横に振り佐賀行きの改札をくぐった。


 2年前のあのときのことが今になって義彦は猛烈に気になりだした。

「藤堂君も一緒に来ない?」

あれは裕子の本心だったのではないか。そうでなければシチュエーション的にあまりにも不自然だ。自分と婚約者のどちらを生涯の伴侶に選ぶか、裕子自身、決めかねていたのではないか。そう考えると居ても立ってもいられない焦燥感に駆られた。筒井康隆の『時をかける少女』というSF小説を思い出した。確か主人公が近い過去と現在を行き来するストーリーだった。自分もあの2年前に戻ってみたい。昨日の電話ボックスのかいが偶然とは思えなくなった。


 翌30日、義彦は公園の電話ボックスに入った。

「ご希望の年月日をダイヤルしてください。お帰りは1か月以内に」

2年前の12月30日になるようダイヤルボタンをプッシュし終わった途端、まばゆい光に包まれた。光が消えると義彦は部屋の中にいた。見回すと学生時代に住んでいたアパートだった。懐かしがってはいられない、帰省の用意をしてすぐに出た。バス停に玲子が立っている。座席に隣り合わせて座ると裕子は2年前と同じく婚前旅行の予定を語った。しかし義彦は2年前と違って黙り込みはしなかった。

「僕は裕子ちゃんを失いたくない。君の婚約者と話をさせてくれ」

裕子は目をぱちくりさせたが何も言わずに頷いた。


 神戸駅に出迎えた裕子の婚約者室田清は義彦を見てとまどった顔をしたが、とりあえず3人で近くの喫茶店に入った。事の成り行き上、裕子に同道したわけを義彦が話した。それを聞き終えると室田が口を開いた。

「話はよく分かりました。今度は僕が裕子をどんなに愛しているかを語る番でしょうがそれはもう必要ない気がします」

室田は隣りの裕子を見た。

「最終的には裕子、君が決めることだ。どうする? 僕は君の気持を尊重するよ」

室田は視線を義彦に戻した。

「藤堂くん、もし裕子が君を選んだら僕は大阪に引き返します。予約したホテルは君たち二人で使ってください、支払いは僕が済ませます」


 義彦は室田の潔い態度を見て「負けた」と思った。喫茶店に入って席に着くとき、裕子が室田の横に座った時点で勝負はついていたのだ。裕子に辛い選択を口にさせてはならない。

「裕子ちゃん、僕はやっぱり来るべきじゃなかった。佐賀に帰るよ」

義彦は荷物を持って立ち上がった。

「室田さん、裕子ちゃんを頼みます」

室田も立ち上がり義彦に手を差し出した。


 義彦は神戸から福岡に戻ったがアパートでなく電話ボックスがある公園に直行した。あたりに人がいないことを確かめてボックスに入りボタンをプッシュした。まばゆい光に包まれて義彦は元の世界の12月30日に戻った。仕事は1月3日まで休みだがとても実家に帰る気分ではない。元旦も寝正月を決め込み、昼近くにマンション1階の郵便受けから年賀状を取ってまたベッドにもぐりこんだ。1枚1枚見ていくと室田裕子からも来ていて夫婦と赤ん坊の3人家族の写真が印刷されている。それを見て義彦はひらめいた。一種の賭けだった。ドキドキしながら裕子にメールを送る。

「年賀状出せずにごめん。かわいい2世誕生おめでとう。旦那さんも初めて見たけどイケメンだね。今年もよろしく」

返信はすぐにきた。

「夫までほめてくれてありがとう。今度紹介するから大阪に来ることあれば子供の顔を見がてら寄ってね」

義彦がワープしたのは存在しない過去になっていた。その空しさが裕子と添い遂げられなかった喪失感をより強烈なものにした。


 悶々とする中で新年の業務が始まった。授業の合間に義彦は主要大学の入試問題を分析していたのだが思わず「これだ!」と声を上げたくなった。高校3年時に戻って東京の一流私大を受験するという一石二鳥のワープを思いついたのだった。当時の学力では無理だが今ならその年次の入試問題が過去問として存在している。合格が確実な上に裕子との出会い自体も発生せず今の喪失感から解放されるはずだと義彦は考えた。さっそく公園の電話ボックスに向かった。ダイヤルボタンで6年前の1月上旬の日付けをプッシュした。試験は1月下旬だが事前に願書提出の必要がある。ワープした先は高校3年時だから佐賀の実家だった。両親と1か月近く同居し持参した過去問集を解いているうち入試の日が来た。義彦は母親に見送られて東京へった。受験科目は英語、国語、地歴の3教科でマークシート方式。対策は万全だから英語、国語を終えた。最後の地歴はもともと得意科目なので眠気さえ催すほどの余裕で解答していった。ところが最後の設問の答をマークしようとしたところ、解答欄がなかった。点検すると最初の答を2問目の欄にマークしている。全ての解答を一つずつずれた欄にマークしていたのだ。青ざめた義彦がマークし直すために消しゴムで解答を全て消し終わったとき、試験終了のチャイムが鳴った。


 東京から佐賀の実家に戻った義彦は呆然としたまま日々を過ごした。国語、英語が満点でも地歴が0点では合格はおぼつかない。体調もおかしくなり喘息ぜんそくになったように息苦しい。義彦は実家を出て福岡の例の電話ボックスへ向かった。今回もまぶしい光に包まれ、目を開けると義彦は公園近くの自宅マンションに戻っていた。カレンダーを見るとワープ前の日付けのままだった。義彦は佐賀の母親に電話をかけた。正月に帰らなかった言い訳や近況報告をしながら義彦はさりげなく言った。

「福岡は住みやすいけど東京の友だちからの年賀状を見れば僕も上京したかったなって思うよ」

すると母親は言った。

「それならそうしてもよかったのに。あんた、志望校を決めるときそんなこと一言も言わなかったじゃない」                                

義彦は電話を切った後、人生のワープは車のカーナビに似ていると思った。違った道に外れても結局は予定されたルートに戻されてしまうのだ。もうワープするのは止めよう、そう思った矢先に福岡地方に中規模の地震が起きた。そのせいで公園の丘の斜面が土砂崩れを起こした。出勤途上で電話ボックスが倒壊しているのを見て義彦は諦めがついた。


 3月に入ったある日、義彦は帰宅途中で公園内の市立図書館に立ち寄った。かんの戻りでこのところ冬のような寒さが続いている。館内の暖房で体が温まるまでの時間つぶしに書架を見て回っていると『時をかける少女』が目に入った。自分はさしずめ「時をかけた青年」といったところかと思いながら本に指をかけようとすると横からも同時にすっと白い手が伸びてきた。

「あ、すみません」

先に声を発したのは制服姿の女子高生だった。

「どうぞどうぞ。僕は特に読みたいわけでもないんで」

義彦はその子に本を譲って図書館を出たのだがどうにも落ち着かなかった。かわいい顔をした子だったが表情が硬く暗かった。霊は取り憑いていなかったが得体のしれない雰囲気をまとっていた。数日後、義彦はまた寒さしのぎに図書館に寄ったが、今度は玄関を出るときにこの前の女子高生とすれ違った。二人は顔を見合わせてお互いにちょっと頭を下げた。義彦が家に向かって歩いていると女子高生が小走りで追いついてきた。

「この前の本、今返却してきましたからよかったら」

「そう、ありがとう。じゃ、今度来たときにでも借りようかな」

女子高生の家も同じ方角らしく、二人は並んで歩く形になった。

「図書館にはよく来るの? 受験勉強かな?」

「ええ、まあ……」

話が弾まないまま電話ボックスの跡地にさしかかった。崩れた土砂はきれいに取り除かれていたが電話ボックスは撤去されて跡形もない。通り過ぎようとすると女子高生が立ち止まった。自分だけ立ち去るのも薄情に思われそうで義彦も足を止めた。

「前はここに公衆電話ボックスがあったね」

義彦がそう言うと女子高生はしゃがみ込んで電話ボックスがあった辺りに片手をついた。

「どうしたの? 気分でも悪い?」

女子高生は立ち上がりながら誰に言うともなく呟いた。

「帰れない……」

義彦は女子高生の目を真正面から見つめた。

「君、もしかして……」


 女子高生は山本玲子という名の高校3年生で、先日卒業したが国公立大の受験が済むまでは学校に通って補講を受けるとのことだった。義彦は仕事帰り、玲子は学校帰りに図書館で会って他人には漏らせない話をするようになった。

「大学1年生の夏休みに入ってワープしたんです。半年前の高3の2月の時点に」

「すると本当の君は大学生で今は過去に来ているんだね。不思議な感じだなあ。でも何で?」

「高3のバレンタインデーの日から付き合い出した男子がいたんです。でも何日もたたないうちに振られました」

「何かあったの?」

「思い当たることがないからはっきりさせたかったんです。ずっと引きずってて大学生活も充実しないので」

「ワープして理由は分かったの?」

「バレンタインデーの数日後に私の同級生の子が彼に話しているのを立ち聞きしてしまいました。『玲子と私と二股かけてるの?』って」

玲子はうつむいた。義彦は催促せずに待った。

「彼の返事はこうでした。『本命はもちろん君だよ。だけど玲子ちゃんがチョコをくれたとき、あんまり思い詰めた顔してたんで断りそびれちゃって。でも君が疑うならもう彼女とは会わないようにするよ』って」

泣き出しそうな表情になった玲子は席を立って図書館を出た。二人で帰り道をたどりながら電話ボックスがあったところまで来ると玲子が歩みを止めた。

「彼の言葉にショックを受けた半面、スッキリもして元の世界に戻ろうと思ったんです。でも地震でこんなことになってしまって……。『時をかける少女』を借りたのもワープ前の世界に戻れるヒントみたいなことが何か書かれてないかと思って」

「電話ボックスがまた設置されるまで待てばいいさ」

義彦は玲子を促して歩き出した。玲子の家は公園を出て義彦のマンションに向かう途中にあった。


 電話ボックスでのワープについて玲子はいろいろなことを知っていた。

「試してみたんですが未来へはワープできませんでした。過去も電話ボックスが設置された時点までしかさかのぼれないみたいです。最初のうちはほんのちょっと前の過去に何回かワープしてみました。でも恐いのでそのたびにすぐ戻りました」

少女の幽霊が出るという噂はそのせいだったのかと義彦は合点がいった。

「僕は2回ワープした後はもうやらなかった。幽霊が出るという噂もあったしね」

義彦としては軽く流したつもりだったが玲子は聞きとがめた。

「幽霊? それって道祖神のたたりじゃないんですか?」

「道祖神?」

「父が言ってました。あの電話ボックスを設置するとき近くにまつってあった道祖神に気づかずに業者が損壊して撤去してしまったそうです。今度の土砂崩れもそのたたりじゃないかって」

「よくは知らないけど道祖神は道の通行に関する神様だろうから、それであの電話ボックスが過去への通路のパワースポットになったのかな」

お互いの秘密を共有した義彦と玲子は急速に親しくなり、毎日のように図書館で待ち合わせた。塾の講師をしている義彦は玲子の受験勉強の手助けにはうってつけだった。あるとき、玲子が勉強を終えて広げていた参考書を閉じようとした。義彦はスーツの内ポケットからしおりを数枚取り出してそのうちの1枚を参考書に挟んでやった。

「これ、うちの塾のPR用のしおり。あっ、でも君が受験に失敗してうちの塾に来ればいいなんて思ってないからね」

慌てる義彦を見て玲子はふふっと笑い、もらったしおりに「Y.T」と義彦のイニシャルを書いた。義彦は玲子の笑顔を初めて見た。帰り道では玲子のほうから手を差し出し、二人は手をつないで歩いた。


 玲子が元の世界に戻らないまま大学生になったら交際を申し込もう。義彦はそう決心したのだが明るさを取り戻しつつあった玲子の様子がおかしくなった。

「最近、元気ないね。入試はうまくいって後は発表を待つだけだよね?」

「何だか体調が悪くて食欲がないんです」

玲子が図書館に姿を見せなくなったので義彦は胸騒ぎがして玲子の家を訪問した。インターホンを押して名乗ると母親が出てきた。

「あなたが藤堂さん?」

そう言って母親は険しい顔をした。しかしその険しさは藤堂に向けられたのではなく玲子の病状のせいのようだった。

「玲子がいつもお勉強を教えてもらっているそうで」

見舞ってやってくださいと母親は藤堂を玲子の部屋に案内した。玲子はベッドから大儀そうに上半身を起こした。

「図書館に来ないから心配になってね、大丈夫?」

「息が苦しくて大丈夫じゃないみたいです。こんなことになるんだったらワープなんかするんじゃなかった」

玲子の苦しそうな息づかいを聞いて義彦は不意に電話ボックスのメッセージを思い出した。

「お帰りは1か月以内に」

義彦は自分のことを振り返った。大学生だった頃へのワープは1日限りだった。裕子との失恋の痛手は大きかったが体調に変化はなかった。しかし大学受験に向けてのワープは戻るまでに1か月近くを要し、今の玲子と同じように喘息ぎみになった。義彦は玲子の手を取って勢い込んで言った。

「玲子ちゃんはこっちのいつの日付けにワープしたの?」

「バレンタインデーの前の日だから2月13日です」

「明後日で1か月になるじゃないか!」

明日の夜に連絡するからと言って義彦は玲子のスマホの番号を確認して玲子の家を出た。


 マンションに帰り着いた義彦がネットであれこれと検索して寝たのは夜中だった。義彦は夜が明けるのが待ち遠しかった。朝になると義彦はNTTに勤めている学生時代の友人に電話をした。

「藤堂か、こんな朝早くからどうした」

「すまん、ちょっと知りたいことがあって。公衆電話の電話番号は公開されてないみたいだから教えてほしくてね」

「なんでだ?」

眠そうな声ながらも友人は不審がった。

「授業のネタに使いたいんだ。電話番号の下4ケタには縁起の悪い42(死に)とか49(四苦)とかは付けないそうだが、その浮いた番号は公衆電話に割り当てるんだろう?」

「よく知ってるな」

「ネットで調べたのさ。うちの近所の公園にあった電話ボックスはこないだの地震で撤去されたがその番号なんかも分かるかな」

「出勤したら調べてみるがお前も物好きだな」

義彦は友人からの電話を塾で首を長くして待った。玲子の命がかかっていた。


 その日の夜遅く義彦が玲子の家の前まで行くと寝静まっているようで家じゅうの明かりが消えていた。玄関先で義彦は玲子に小声で電話した。

「玲子ちゃん、僕を信じて今から言うとおりにしてほしい」

そう切り出した後、スマホを持ってすぐに外に出て来るように告げた。しばらくして玄関のドアが開いた。玲子は閉めたドアにもたれかかり、立っているのもやっとの状態だ。義彦は玲子を背負って公園に向かった。そして電話ボックスがあった地点に玲子を立たせた。義彦は玲子のスマホに友人から聞いた電話番号を入力し玲子に戻した。聞き覚えのある音声が流れた。

「ご希望の年月日をダイヤルしてください」

荒い息をついていた玲子だが、それを聞くと目を見張った。

「藤堂さん、どういうことですか?」

「いいから、君がワープしたときの元の世界の年月日を早く! もうすぐリミットの今日が終わる!」

玲子は震える指でスマホの画面をタップした。入力が終わると同時に目もくらむような光が二人を包んだ。義彦は玲子を強く抱きしめた。玲子がふらついたせいもあるが、それよりも玲子と運命を共にしたかった。まばゆい光は一瞬で消えた。義彦一人がその場にたたずみ、玲子の姿は見えなかった。


 玲子が元の世界に戻って以来、義彦は仕事に身が入らない。玲子はずっと半年先の未来で生き続けるのだろうか。自分のことを思い出して会いに来てくれることはないのだろうか。そんなことばかり考えて日々を過ごすうちに桜が咲き桜が散った。4月の半ば、出勤途中に義彦が玲子の家の前を通りかかったときのことだった。大学に登校するところなのか、見送る母親と一緒に玲子が玄関から出て来るのに出くわした。義彦は足がすくんで立ち止まった。玲子と母親はちらりと義彦を見たが何の反応も示さなかった。自分の場合と同じだと義彦は思った。玲子がワープして来た痕跡は消えてしまったのだ。


 仕事帰りに義彦は久しぶりに図書館に立ち寄った。館内には学生もちらほらいるが玲子の姿は見えない。いたとしても現在の玲子にとって義彦は一人の見知らぬ他人に過ぎない。義彦は書架から『時をかける少女』を抜き出してカウンターに行った。すべてはこの1冊の本から始まったのだ。

「おたずねしますが、この本は今でも人気があるんでしょうか」

司書は義彦が持参した本にバーコードリーダーを当てて言った。

「昔、テレビドラマや映画にもなった作品ですね。でもこの1年間は貸し出しの記録はありません。お借りになりますか?」

「いえ、けっこうです。ありがとうございました」

義彦は司書から本を受け取り書架に引き返した。元の位置に戻すとき横からふっと白い手が伸びてきそうな錯覚にとらわれた。玲子はもうこの本を手にすることはないのだろうか。しばらくの間背表紙を見つめていた義彦はスーツの内ポケットを探った。塾のPR用しおりを取り出すと自分のイニシャルを小さく書いた。そして『時をかける少女』を抜き出してしおりを挟み、再び書架に戻して図書館を出た。

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