together

谷岡藤不三也

第1話

「together」




 佐和康太郎(さわこうたろう)と仲良くなったきっかけは、小学校の修学旅行のバスの隣。

 彼は漫画原作者を目指しているらしく、絵が上手いクラスメートに手当たり次第声をかけて、一緒に漫画を描かないかと誘っていた。その流れで、俺も一度誘われたことはあったが、その時は断った。

 けれども、このバスの中で予想以上に仲良くなってしまって、且つ面白いやつだなと思ったのもあって、結局一緒に漫画を描くことにした。

 行きのバスで仲良くなったので、修学旅行中は、ずっと漫画のアイデアの話をしていた。湯水のごとくあふれ出てくるアイデアの数々に胸が高鳴った。素直にワクワクした。

 結構描いたと思う。出版社の新人賞に出したりもした。まあ当然落選だったが、何より楽しかった。

 佐和はとにかく漫画と恋愛に対しての熱量が凄まじく、一緒にいて退屈しないやつだった。短い期間ではあったが、修学旅行以降の小学校六年生の期間は、俺にとって特別な思い出となった。

 しかし、中学になると、クラスが別になったのもあってか、疎遠になっていった。絵は好きだったから、たまに描いたりはしていたが、漫画を描くことはなくなっていった。

 ただ、疎遠になっただけで、仲が悪くなったわけではなく、通学路や廊下で会ったら普通に話するし、たまに連絡も取りあうし、高校になってもその距離感は変わらなかった。


 佐和と再び頻繁に連絡を取り合うようになったのは、大学に入ってからだった。

 サークルに入るわけでも、バイトをするわけでもなく、何すっかなあと暇してたところに、あの時のように漫画を一緒に描かないかと誘われたのがきっかけだった。

 一本仕上げて、大学一年の夏休みに持ち込みに行った。

 これが社会科見学みたいで楽しかった。どの出版社も内装が無駄に綺麗だった。

 ただその一方で、現実みたいなのも否応なく突きつけられた。編集者の実態のようなものも垣間見れたし、担当になるとかならないとかそういう話が一切出なかったのを見て、ああ、漫画家って職業の選択肢はなさそうだなと、なんとなく悟った。

 まあこんなもんだよなと思っていた一方で、佐和の方は結構ショックだったみたいだ。本気で漫画家になりたいと思ってたんだな、こいつ。

 さんざん酷評された後、その鬱憤を晴らすかのように編集者の悪口を言いあいながら帰った。

 でもそれに懲りずにそれからも漫画は作り続けた。持ち込みではなく投稿のみにシフトはしたが。残念ながら賞を受賞することは叶わなかったが、初めて担当編集がついてくれて、それは嬉しかったかな。


 俺と佐和の漫画に対するモチベーションは、年々ズレていった。

 あいつは直接言ってこなかったが、恐らく大学を休学か、辞めて、漫画一本で行こうって思ってるようだった。前々から大学のシステムに対して不平不満漏らしてたし、何かしら脱大学的動きをしていても全然不思議じゃない。でも俺はそこまで漫画に賭ける気はなかった。

 丁度暇だったし、昔のノリを楽しみたかっただけなんだよね。

 ゼミやら就活準備やらで忙しくなってくると、当然漫画描く時間はなくなってく。

 でもあいつは、そういうことしてないから、その時間感覚がわからない。だからあいつの中では、原稿が遅れてるイコールサボってる、やる気ないって変換されて、イライラが募ってったみたい。

 定期的に原稿の催促とか、打ち合わせしてる時の口調からもそれは伝わって来た。

 でも、ぶっちゃけこっちだってイライラはするよ。

 お前が何をどう選択しようと構わないが、お前のその価値観、生活リズム、諸々常識を当てはめて欲しくねえわ。

 こういう理由でなんか言われた時は、一応悪かったって謝るようにはしてるけど、忙しいからわかってくれとも申し添えるようにはした。

 俺だってゼミとか就活で忙しいし。こっちだっていつまでも付き合ってられるわけじゃねえから。お前と違って漫画だけ描いてりゃいいってわけじゃねえんだわ。別に漫画家になりたいわけでもねえしさ。なれそうだったら、なってもいいかなとは思ってたけど、無理してでもなろうとはさらさら思ってない。

 友達だから言わないけどさ。ちょっとだるい時あるぜ。持ち前の熱量が悪い方に働いてる。

 だらだらリーマンになんのかとか、決まり文句みたいに言うけどさ、趣味でもいいだろ。仕事して趣味に生きるのがなんでダメなの?

 好きなことを仕事にしたいだろって、俺別に漫画が特別好きってわけじゃないし。

 つか普通にゲームやってる方が楽しいんだけど。

 義理より自分の人生の方が大切だ。


 お互いに対して少しずつ不満が募って行き、そしてそれを公に言いあうこともなかったからか、段々と連絡の頻度は減って行った。

 最後のやり取りは、数か月前の、

「次の作品どうする?」

「悪い、忙しいからもう手伝えないかも」

「おけ」

 普段なら食い下がって来そうなものだけど、送られてきたのはこの二文字だけだった。

 そしてそこから連絡は一切来ず、遂に昨日連絡先が消えた。

 だからどうってわけでもなかった。消えていくのなら別にそれはそれでさようならってだけで。

 ただ、最後に出した漫画の賞の結果だけは伝えとこうと思って、遥か昔に登録したメアド使って「今回も落選したよ」とだけ連絡したが、返信は来なかった。

 やる気ないの見透かされて切られたのか、それとも病んだのか死んだのか。

 真相はわからないけれど、でも、彼の実績が出ないことへの焦り?不安?を感じるたびに、俺の心が冷えていったのは事実としてある。

 いつの間にやら、彼の漫画に対する熱量も、ウケ狙いの浅い打算に置き換わってしまっていた。

 そうなってしまっては、もう漫画を一緒に描くことによるワクワク感を感じることはできない。

「お前から熱量取ったら、なーんも残んねえぞ」

 そう言って、静かに、俺も彼の連絡先を消した。


 ────趣味としてなら、お前と一緒にまた漫画描きたかったよ。

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