ルーム

谷岡藤不三也

第1話

「ルーム」




 小六の頃、漫画に魅せられ、近所の仲良かった友達誘って、初めて漫画を描いた。

 俺が絵を描いて、友達が話を作って、クラスメートを動物にたとえたドタバタ劇。

 賞に投稿し、ハガキを貰えた時は嬉しかった。


 中学に入ると、部活のほとんど体罰のような指導に耐えるのに必死の毎日だった。

 顧問は、普段の授業じゃ生徒を見下しており、こうやれば懐かれるだろうという舐めた態度で生徒と接している。が、顧問の考えとは裏腹に、そういった意識はほとんどすべての生徒に見透かされており、全く尊敬されていない。部活では常に高圧的で、罵って圧迫して追い込むことだけを精神を鍛えることと履き違えているような反面教師としては有能な人だった。

 その頃の俺は、部活や、普段の学校生活のストレスを発散するように、漫画にゲームに映画に音楽に、ひたすら浸かっていた。とりわけ音楽にハマっており、CDを毎日借りていたほどだった。

 そんなある日、部屋の掃除をしていた時に、例の漫画を投稿した際に貰ったハガキを見つけ、漫画を描く楽しさを思い出した。小説を書いているらしいクラスメートを誘い、また漫画を作り始めた。

 ああでもない、こうでもないって言い合いながら作るのは楽しかった。

 楽しかったから、漫画を描こうとはもう思わなくなってきた。

 相方がネームを書き、俺がコンセプトアートのようなものを作る。

 ここまでで十分だった。

 けれども、次第にその矛盾点を突っ込まれるようになってきた。

 なぜ頑なに原稿を描こうとしないのかと。

 これまではネームのレベルが達していないことを本人も自覚しており、俺のそれっぽい指摘を真に受けて都度直してきていたが、いよいよストレスも限界まで来たということだろう。

 なんでも一本完成させてみなければ先へは進めないという彼の主張も一理あるが、でも俺は別段先へ進みたいとは思っていない。

 ぶっちゃけ批判されるのも怖いし、このくらいにもなってくると、自分の絵のレベルもわかってくる。今まで散々相方の話を批判してきた分の仕返しを食らうんじゃないかとも思っていた。

 そしてなにより、俺としてはこのままずっと完成途中で楽しいままがいい。

 つーか、彼が何を言ってこようと、俺が絵を描かなければ完成しないのは事実。俺の方が立場は優位。何を言ってきても結局泣き寝入りの体制は整っていたのだ。

 だが、それだけじゃ印象が悪いので、異議申し立てを受けるたびに、お前の本気が見たいんだとか、それっぽいこと言ってみたり、別のネタを提案して気を逸らして、また一からネタを作らせてみたり、そもそもこれはどういうテーマだったかとか足踏み議論をふっかけてみたり、などなど色々な方法で誤魔化しを試みてみた。

 そして相方は、愛すべきことにこんなことで誤魔化されてしまうやつだった。

 バカなやつだなあと思ってた。愛すべきバカ。

 どうやら漫画家になりたいみたいだが、他に絵を描いてくれる友達もいそうにないし、かと言って、相方の絵のレベルは絶望的。今更絵の練習をしようとも思わない限りは問題ない。

 俺の楽しいはこのまま続く。


 そんなこんなで高校受験。

 友達少なそうで、しかも別に行きたいところもなさそうだった相方は、案の定俺と同じ高校を受けた。どうやら高校生になってもまだ一緒に漫画を描きたいらしい。こんな俺とまだ、ねえ。

 自己採点は俺より低かった。なのにあいつだけ受かった。

 なんであいつだけ受かってんだよ。

 俺は第二志望の高校へ進学した。

 無事第一志望の高校へ進学した相方のことを少し妬ましく思っていたわけだが、その気持ちもすぐ晴れた。

 どうやらあいつは高校で、部活も友達作りも上手く行っておらず、いつの間にやら、「漫画」が心の拠り所になっていたらしい。高校生活何にも上手く行ってないけど、俺には「漫画」があるから大丈夫ってな具合に。

 だからこそ、あいつの俺への依存は更に深くなったし、でもだからといって原稿を描く気はさらさらなく、あいつの度重なる原稿の催促を、部活や学校生活が充実していて忙しいというアピールで切り抜けていった。

 彼女もできた。ネット上でではあるが。交友関係も学内外問わず広げていった。あいつは俺にずっとチャット送ってきてる。

 俺だけが充実していき、あいつは何にもできずに三年間が終わって行く。バカだねえ。まさか「親友」に貴重な高校三年間食い潰されるとは思ってもみなかっただろうね。

 彼は卒業文集に何を書いたんだろうね。


 そんなこんなで大学受験。

 さすがに大学は俺と同じところとは言ってこなかったが、受験期にも関わらず、とにかく遊びの誘いをしてきたのを見るに、どうやら彼はハナから現役合格を捨てているようだった。

 俺も息抜きしたいなと思った時は付き合ったが、その時の何気ない一問一答的な問いにも彼は答えられていなかったので、いよいよ全落ちコースだなと内心思っていた。

 が、蓋を開けてみれば、俺はC判定を貰っていたのにも関わらず、滑り止めの滑り止めの滑り止めの一つしか受かっておらず、あいつは夏にはもうAO入試で合格を決めていたのだ。

 どうやら隠していたらしい。隠したまま、馬鹿な振りして俺を遊びに誘っていたということだ。

 やってくれたな。仕返しのつもりか。

 あいつのせいで、まんまと辺鄙なところへ行かねばならなくなった。

 イラつく。

 大学受験を終えてから、すぐさま俺はバイトを始め、免許も取り始めた。一方あいつはだらだらしてるだけ。

 俺は毎日ためになることしてるぜ。未来の自分へ投資してるぜ。お前はどうだ、何してる。何かできることあるんか?ええ?

 バイト先のまかない美味いんだよなーって話をしてみたら、あいつは気まずそうな顔してた。バイトしてねえことに引け目感じてたんだよな?お前は表情によく出るからわかりやすい。

 漫画も延々引き延ばし続けた。

 なんならネーム突っぱねといて、ほぼ同じ内容のノベルゲームのようなものを作って小銭稼いだりもした。さすがにもったいないんで有効活用させていただきました。まあ結局相方にバレてかなりキレられたけどね。

 とかなんとかなりふり構わず好き放題やってたら、さすがにもう連絡はしてこなくなったね。距離置きたくても置けないくらい、チャット連投して食い止めてたけど、もうさすがに限界ってことみたいだ。

 いざ別れとなると些か寂しいものだね先生。

 君の貴重な学生人生のほとんど俺に利用されて終わっちゃったね。バカだねえほんと。

 自分のこと柔軟で優秀だと思ってるだろうけど、柔軟なだけは操りやすいただの馬鹿なんだぜ。

 つか、これでもまだ良心的な方だぞ。世の中には金ふんだくったり、洗脳してくるやつだっていんだ。また別の誰かに利用されないよう祈っちゃいるよ。


 あいつにまんまとはめられて、ボーダーフリー入っちまったが、でもこんなところに染まる気はねえ。仮面浪人して、ちゃんとしたいい大学入り直して、ちゃんと勉強して、ちゃんと遊んで、お前にはできねえ充実を満喫し、歯車じゃねえやりがいのある、率先して何かをやろうと思える会社に入って、誰かのためになる仕事して、金それなりに稼いで、家庭作って幸せになるわ。残念だったな。

 お前なんかはどーせサークルにも入れてねえんだろ。大学に居場所作れてねえんだろ。つか普通に辞めてそうで笑う。

 俺はこのまま先いくぜ。お前みたいなカスに一瞬足引っ張られた程度じゃこけねえんだよ。

 じゃあな、永遠にさようなら



「馬鹿がよ。文字風情が。そーやって論破したつもりになって気持ちよくなってりゃいいんだよ。どうせ部屋も出れねえニートなんだろうからな。他にマウント取れるようなところないんだもんな」

「ってやべ、もう配信の時間じゃん」

「…は?今日中止かよ。死ねよ。これだから社会不適合者は」

「この漫画つまんねーよなー。自分らが頭いいとでも思ってんだろうな。二人で描いててこの密度かよ。誰でも思いつく。俺の方がまだ描けるわ」

「あーマジで描こっかなー暇だし。…へー月末締め切りかー今日二十六って、タイミング悪。いや逆に時間たっぷりか?」

「どんなんがいっかなー。でもあれか、まだ日数あるし、その間インプットガンガンやって、そっから一気に描くのがいいか。そうしよ。うん。確か明日くらいに一気見あるし。ちょうどいいわ、ラッキー」

「お、まーたこいつ炎上してやがる。バカだなーキモチー」

「うわ、出て来た顔写真。こいつここ就職したんだ。あは、無理な笑顔作ってんなー。ミュージシャン志望だったのにねー君。どんな気持ちで毎日働いてんだろ。でもあれだな、あのてーどじゃプロなんて無理だよな。再生数もよくて千くらいだったし。身の程弁えてるわ」

「つまんねーなー。どっかに夢叶えて応援させてくれるやついねーのかよ。見世物になってるやついねーのかよ」

「あーだる。更新してねーかー使えねーなーアイドルだからって出し渋ってんじゃねーよ」

「…つまんな。二倍速でいいや。他にマジでねーの動画。同じやつ見るほど虚しいことねーぜ」


「六輔(ろくすけ)~」

「なにー」

「そろそろご飯食べるー?」

「あーそうだな……」


「────食べなくていーや」

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