ハルノツキ、ナツノカゲ

いととふゆ

第1話 春の月

 ――名前を呼ばれた気がするが、私だろうか。

 帰りのホームルームが終わり、教室を出て、ひとり廊下を歩いている私に声を掛ける人……。

 男子の声だから、クラスメイトで友達のではない。彼女は私のことを「」と呼ぶし。じゃあ、誰だ。担任か。いや、もう聞き間違いだ。他の誰かを呼んでいるに違いない。

きりしまさん」

 聞き間違いではなかった。

 後ろから聞こえた声の主が目の前に現れた。息を弾ませている。


 ――椎名……君。

 

 彼が私に何の用? クラスの目立つ男子がクラスの目立たない女子に何の用?

「ごめんね、急に呼び止めて。今帰り? 俺、知ってる? 同じクラスの……椎名」

 私はこの状況に驚いてただ頷くしかできなかった。

「あ……っと、単刀直入に言うとね」

 単刀直入という言葉にドキッとした。え? まさかと思うけど。

「佐野って知ってる? 隣の七組で俺と同じ中学だったんだけど。背が高い……」

 は? 告白じゃないみたい。そりゃあそうか。

 それで、佐野……君って誰? 

「知らないよね。奴がね、霧島さんのこと気になってるらしくて。よかったら仲良くしてやって」

 椎名君は私の返事を待たずに言った。

 それって本当? 知らない人から? からかわれてるの?

 

「えーっと……」

 言葉を繋げないでいる。

「急に言われても困るよね。いつか、みんなで遊びにでも行こう。じゃあ、また明日ね」

 椎名君は振り返って教室に戻って行く。

 

 突然の出来事に私は心臓をバクバクさせながら、廊下を歩き、階段を降り……。

 

 椎名君に話しかけられた。顔を間近で見てしまった。教室で見ていてきれいな顔だと思っていたけど、ニキビがわりとあった。でもかっこいい。

 佐野君ってどんな子だろう。椎名君と佐野君と遊びに行く日が来るの? 本当に?     

 冷やかしなんじゃ……。

 

 気づいたら電車に乗っていた。下駄箱で靴に履き替えた過程も、ICカードをピッとして改札を抜けた過程も思い出せない。


 家族と夕飯を食べていても、お風呂に入っていても、頭の中は椎名君と顔も知らない佐野君のことでいっぱいだ。

 その日はなかなか寝付けなかった。

 ベッドから起き上がり、部屋の窓を開けた。夜空に三日月が浮かんでいた。

 

 ——私にもツキが巡ってきたのだろうか?



*うたがいと期待のこころ春の月*

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る